「大統領、トランプ氏から電話です」

トランプ米大統領は15日、米アラスカ州でロシアのプーチン大統領と米露首脳会談をする直前、ホワイトハウスからベラルーシのルカシェンコ大統領と電話会談したという外電を読んだ時、「なぜ、この時、ルカシェンコ大統領と会談する必要があるのか」と首を傾げたものだ。

上海協力機構首脳会談(8月31日~9月1日、天津で開催)に参加するために中国を実務訪問したルカシェンコ大統領、ベラルーシ大統領府公式サイト

トランプ氏がソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」のプラットフォーム上で明らかにしたところによると、ルカシェンコ大統領が最近、16人の囚人を釈放したことへの感謝の意を表明するためだったという。トランプ氏は「さらに1,300人の囚人の釈放についても協議した。話し合いは非常に良好だった。将来、ルカシェンコ大統領と会談できることを楽しみにしている」と述べている。

一方、米国から突然電話をもらったルカシェンコ氏は戸惑っただろう。それとも、盟友プーチン氏からの要請を受け、トランプ氏が自分に電話してきたのだろうか、と憶測したかもしれない。間違いない点は、国際社会から孤立しているルカシェンコ氏にとって、世界最強国家の米国の大統領から直接電話をもらったことはサプライズだったが、孤立脱出のチャンス、イメージアップともなるから、ウエルカムだったはずだ。

ベラルーシはルカシェンコ大統領が長期統治している独裁国家だ。プーチン氏のロシアと同じだ。ロシアのミニ独裁国家(小ロシア)ということができる。ベラルーシでは2000年8月の大統領選後、選挙不正と長期政権に抗議する大規模デモが発生。ルカシェンコ政権はデモ参加者を摘発し拘束するなど、反政権活動家への弾圧を強めてきた。指導的な反体制派活動家は隣国リトアニアやポーランドに亡命していった。米国と欧州連合(EU)は、大規模な選挙不正と民主化運動への残忍な弾圧のため、ルカシェンコ氏を国家元首として承認していない。

ベラルーシでは、2021年以降、8人の政治犯が獄中で死亡した。約1,300人の人権活動家、野党関係者、ジャーナリスト、聖職者が刑務所に収監されている。例えば、ベラルーシ人口の10%未満を占めるカトリック教会に対し、繰り返し厳しい弾圧を行っている。2022年秋以降、ミンスクの独立広場にある主要な教会では、カトリック教徒による礼拝が禁止されている。公式の理由はセキュリティ上の欠陥という(カトリック通信=KNAのオリバー・ヒンツ記者)。

また、ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領は中東の難民(特に、イラク人、アフガニスタン人)を集め、ミンスクに送り込み、ポーランド国境経由でEU諸国に送り込もうとしている、と報じられたことがある。プーチン氏との連携で、大量の難民を欧州に送り込むことで、欧州の政治的混乱を誘発する狙いがあったといわれた。

ちなみに、第32回東京五輪夏季大会にベラルーシから参加した陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手がルカシェンコ政権への批判とも受け取れる言動をしたとして、ベラルーシ代表団から強制帰国を命令されたことを受け、「帰国すれば生命の危険がある」として政治亡命を決意。同選手は2021年8月、東京羽田空港からウィーン経由でポーランドに亡命する、といった事件が起きた。

ところで、トランプ氏がルカシェンコ大統領と電話会談したというニュースが流れると、ベラルーシの海外亡命活動家たちはトランプ大統領がベラルーシの人権状況の改善を伴わずに、欧州最後の独裁者と目されるルカシェンコ大統領を正当化するのではないかと懸念し出している。

興味深い点は、ベラルーシの国営メディアは、トランプ大統領とルカシェンコ大統領の電話会談を歓迎し、「両首脳は引き続き会談を望んでいる」と伝えていることだ。そして「ベラルーシ大統領はトランプ大統領とその家族をミンスクに招待し、この招待は受け入れられた」と報じている。ただ、トランプ氏の電話会談の直接のテーマ、囚人釈放の件についてはルカシェンコ大統領のウェブサイトでは言及すらされていない。

ベラルーシの国民はウクライナ国民とは違い、基本的には親ロシア傾向が強い。だから、プーチン大統領はルカシェンコ大統領の独裁政権を守るためにベラルーシに軍事介入する必要は少ないだろう。第2、第3のルカシェンコは見つかるが、第2のベラルーシ国民は見つからない。(伝統的に親ロシアの)ベラルーシ国民を反ロシア側にするような冒険はできないのだ。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。