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「自由闊達なカルチャーこそがイノベーションを生む」という声もあれば、「明確な規律と構造がなければ組織は成長しない」という意見もある――組織づくりと人材育成において、多くのリーダーがこの二つの価値観の間で悩みます。
今回は、一見すると対照的な二つの企業文化、リクルートの「自由な社風」と識学の「構造化された組織」の本質に迫ります。
リクルート出身で、現在は識学のコンサルタントとして活躍する山本 裕輝氏に、両社の哲学に共通する点と異なる点を解き明かし、効果的な組織運営の秘訣を伺いました。
なぜリクルートは多くの起業家を輩出し続けるのか。そして識学のメソッドは、どのように組織を変革するのか。この対話から、成功する組織の本質的な要素が浮き彫りになります。
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山本 裕輝(やまもと ゆうき)氏
株式会社識学 福岡支店長。リクルート出身。株式会社識学入社後は、東京、名古屋、福岡エリアの担当として約5〜6年にわたり、全国200社以上の企業コンサルティングを経験。リクルートで培った経験と識学のメソッドを融合させた独自の視点で、特に人材育成と組織構造の最適化に関する深い知見を有し、多くの企業の業績向上に貢献している。
玉村 嘉隆(聞き手) フリーランスSEOコンサルタント
Webマーケティング支援会社にてCTOを担当。現在独立してフリーランスのWebマーケティングコンサルタントとして活動中。
起業家を生み出すリクルートの文化
玉村:まず、山本さんご自身がリクルートで経験された職場環境やカルチャーについて教えていただけますか。
山本氏(以下、敬称略):リクルートには、良い意味での「おせっかい文化」が存在していました。新人が入社すると、様々な業種から転職してきた先輩たちがそれぞれのやり方やノウハウを積極的に教育してくれます。これにより、新人は多様な知識を自分のものにできる。これは非常に良い文化だったと感じています。
玉村:リクルートが、これほど多方面で影響力を持つ人材や企業を輩出し続けている理由は何だと思われますか。
山本:一つは、社内制度として新規事業をプレゼンする場があることです。企画が通れば新しい事業として展開できるため、普段の業務に加え、「世の中にこんなサービスがあれば」と考える文化が根付いています。特にホットペッパーやじゃらんのように、生活に密着したサービスが多いため、社員一人ひとりが「もっとこうだったら生活が豊かになるのに」と考える機会が日常的にありました。そうしたアイデアを上司に提案できる場が整っていることが、大きな要因だと思います。
玉村:リクルート出身者が既存事業と競合するビジネスを立ち上げることもありますが、社内で問題視されないのでしょうか。
山本:働いていた領域を参考に、競合となり得るサービスを展開される方は少なくありません。もちろん、リクルートにとって脅威ではあるでしょう。しかし、優秀な人材を輩出し、後発でもマーケットを変える便利なサービスが生まれることは、「リクルートに所属すれば多方面で活躍できる人材に成長できる」という強力なブランドイメージに繋がります。結果として、採用面で「リクルート」というブランドが強化されるため、長期的に見ればプラスに働いていると捉えています。
玉村:なるほど。野心を持った人材が挑戦できる土俵を用意することで優秀な人材が集まり、さらに「おせっかい文化」によって個々の力を足し算ではなく掛け算にしていく。それがリクルートの繁栄を支える仕組みになっている、ということでしょうか。
山本:おっしゃる通りですね。卒業後も続く強固な繋がりや、OB・OGが世の中で活躍しているという事実も含めて、まさに「人」という観点においてリクルートが強力にブランド化された社風・文化であることを、卒業した今も実感しています。
「機会は自ら創る」と「役割を果たす」は矛盾しない
玉村:リクルートの「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉は、識学の「役割と指示を明確にする」アプローチとは違うように見えます。この点はいかがでしょうか。
山本:まず、リクルートでは会社の制度として、新しいビジネスのアイデアをコンテスト形式で発表する機会があります。これは「自分がどうなりたいか」という目標に対し、自ら機会を創り出す行動です。
一方で識学がお伝えしているのは、給料をもらう以上、会社から求められる最低限の役割を果たさなければならない、ということです。これは個人の目標とは別に、会社から与えられたミッションです。つまり、「自分がどうなりたいか」のために機会を創ることと「会社から求められる役割」を果たすことは、切り分けて考えるべきであり両立するものです。
玉村:会社から求められる役割が明確であるという点は、リクルートと識学の共通点と考えてよいでしょうか。
山本:そうですね。リクルート時代も、プレイヤーやマネージャーとしてのミッションは明確に定義されていました。それを果たせたかどうかで評価や待遇が決まる。ここは両社で共通しています。
玉村:役割や評価の明確さという点で、識学のメソッドと重なる部分は多いですか。
山本:重なる部分はあります。結果を出さなければ評価されない点や、それが定量的な数字で判断される点は共通です。一方で違いもあります。リクルートには定量評価と定性評価の両方が存在し、さらに上司・同僚・部下から評価を受ける「360度評価」もありました。
対して識学は、評価は100%定量的であり、評価者は直属の上司のみです。誰から評価されるべきか、定性評価が含まれるか、という点で異なっています。
玉村:識学では、定性評価や360度評価は行わないのですね。
山本:はい。定性評価が100%駄目というわけではありません。「何を頑張ったか」が明確に定義され、評価者が○×で判断できるなら問題ありません。しかし、「コミュニケーション能力」や「積極性」といった項目を5段階で評価すると、部下のアピール次第で評価が変わったり、上司の好き嫌いが反映されたりする危険性があります。
360度評価も同様です。部下や同僚は、上司や同僚を評価することに責任を伴いません。責任のない権限は、例えば管理職が上司・同僚・部下の全方位に気を配らなければならず、注意散漫になるデメリットを生みます。評価ではなく、あくまで「自己分析」として周りからどう見えているかを知るためのツールとして使うなら問題ありませんが、給与や待遇に反映させるのは危険だと考えています。
「自由な組織」と「硬直した組織」の処方箋
玉村:リクルートの「機会は自ら作る」という文化と、識学の「上司が役割や評価基準を設定する」という考え方は対照的で、一般的には前者が「自律的に動く組織」、後者が「命令で動く組織」というイメージを持たれがちです。しかし、実はこの二つの哲学には、根本的に共通するものがあるのではないでしょうか?
山本:はい、これは「優先順位」の話だと考えています。まず大前提として、リクルートであれ識学であれ、給料をもらっている以上は、会社のルールに従い求められている役割を結果で返していくこと。ここは完全に共通する土台です。
その上で違いが生まれます。リクルートの文化の素晴らしい点は、会社から与えられたミッション以外に、自分の「やりたいこと」や新規事業を提案できるイベント(機会)が大々的に用意されていることです。ただし、ここで重要になるのが、会社から求められる目標と、個人がやりたい目標の優先順位を履き違えないことです。「今の役割はやりたいことじゃない」となってしまうと、本末転倒ですからね。
一方で、識学が「自由な発想ができない」かというと、全くそんなことはありません。明確な目標と役割、最低限の指示は与えられますが、目標達成までのプロセスは完全に個人の自由です。会社の役割をしっかり果たせば評価も待遇もついてくるので、まずはそこを最優先にしましょう、というメッセージが強いのです。個人の目標を追いかけるのは、あくまで会社の役割を果たした上で、ということになります。
玉村:ということは、識学のメソッドの中でも、まず自分の役割を100%果たした上で「こういうことをやらせてほしい」と提案することは可能であり、両者の違いは実はそこまで大きくないのかもしれませんね。
山本:はい。例えば識学でも、「識学(意識構造学)という軸を世の中に広げていく」という大目的の中で、新しいサービスや事業を考えるという意味では、「自ら機会を作り出す」点は同じです。ただ、明確な違いは、リクルートの場合、今自分がいる領域外のことでも、業種・業態を問わずに提案できるという「より広い範囲での自由な発想」が求められている点です。
勘違いされやすい点について補足しますと、まず識学は「自分の役割を果たしましょう」というメッセージが第一なので、「役割遂行に集中させられるだけで、自由な発想はできないのでは」と思われがちです。一方でリクルートは、新規事業提案の文化が強いため、人によってはそちら側にばかり重きを置いてしまい、自分の「やりたいこと」を優先して、目先の「やるべき目標」を後回しにしてしまうという勘違い(優先順位の履き違え)を起こす人も中にはいるかもしれません。
やはり、どちらの組織にいても、個人と会社の目標に対する優先順位をしっかりと定められないと、本質を見誤ってしまう可能性がある、ということです。
玉村:リクルートでは「やりたいこと」に目が行きがちになるリスクもあるという話がありましたが、大前提として、会社から与えられた個人の目標(ミッション)の追求は、当然ながら徹底されているわけですよね?
山本:もちろんです。プレイヤーであれば個人の業績、管理職であればチームの業績で評価を受けるという点は、全く変わりありません。
つまり、その「役割を果たして評価される」という基本構造においては、識学と全く隔たりはないということですね。基本的には同じだと考えていただいて問題ありません。
玉村:識学のコンサルタントとして様々な組織をご覧になる中で、例えばリクルートの文化の表面だけを真似てしまい、「自由すぎる」ことで逆に機能不全に陥っている組織と、その正反対で「硬直して挑戦できない組織」という両極端なケースがあると思います。この二つの問題に対して、それぞれどのようにアプローチをされるのでしょうか?
山本:まず、「自由」という言葉の捉え方に注目する必要があります。「自由」と聞くと、何をやるのも自由奔放でいい、と捉えてしまう従業員の方もいらっしゃるわけです。ここで「何を自由にしていいのか」という点が論点になります。
例えば、識学に自由がないかというと、そんなことはありません。明確な目標設定と、最低限守らなければいけないルールは存在しますが、目標達成までのアプローチ方法やプロセスに関しては、文字通り自由なのです。つまり、「やっていいこと」と「やってはいけないこと」の明確なルールという線引きがあるかどうかがポイントになります。
この線引きがなく「何をやっても自由だ」という捉え方をしてしまっている会社は、非常に危険です。なぜなら、社員一人ひとりの価値観や考え方、仕事のやり方まで全てが自由になってしまうと、会社としての戦略実行に余計な時間がかかります。せっかく成功している人のやり方があるのにそれを真似しなかったり、組織としての統制が取れず、結果的に遠回りになったりもするのです。そのため、こうした「自由な風潮」でうまくいかない組織への解決策は、ルールによって自由の範囲を決めてあげることになります。
逆に、硬直してしまう会社は、全ての行動がルールやマニュアルでガチガチに固められています。決められたものを決められた手順で完成させることが目的のライン作業のような業務であれば、それでも問題ないでしょう。しかし、営業トークを一言一句まで決めたり、あらゆる場面での対応を細かく規定したりすると、個人の発想や「もっとこうしたらうまくいくのに」という現場で考える機会そのものを奪ってしまいます。これが、硬直した組織の最大の弊害です。
改めて強調したいのは、「何は自由とし、何は型通りに動いてもらうのか」。この線引きをうまくルール化・マニュアル化していくことこそが、組織運営における極めて重要なポイントなのです。
玉村:硬直化した組織では、現場の声を取り入れてマニュアルを変えていくことが重要ですね。
山本:はい。識学では、ルールや規定等も「生き物」だと捉えています。一度作ったルールが、永遠に正しいわけではないからです。現場の生産性をさらに高める上で、変えなければいけない場面は必ず出てきます。そのため、現場の従業員には、ルール通りに行動する中で見つけた、より効率的なやり方や改善点を、事実情報として上司に報告していく「義務」があるのです。
最も避けなければならないのは、従業員が「ルールだから」と思考停止し、そもそも「ルールに対して意見を上げてはいけない」と思い込んでしまうことです。そうなると、ルールが時代遅れになっていることに、現場から離れた上層部は気づくことすらできなくなってしまいます。組織が硬直化しないためには、会社や生産性を上げるための改善提案は、積極的に上に声を上げていいのだという認識を、全員が持つことが不可欠です。
玉村:なるほど。識学のメソッドにおいても、現場からの改善提案は重要だということですね。ちなみに識学では、現場からの提案は具体的にどのように扱われ、サービス改善に繋がっていくのでしょうか?
山本:具体的なプロセスですが、例えば、私たちが新しいサービスをスタートしたとします。経営層は「これは間違いない」という確信のもとで始めますが、いざ現場のコンサルタントがお客様に提案すると、「もっとこんなフォローがあったらいいのに」「この方がとっつきやすい」といったリアルな声が出てくるわけです。
そうしたお客様からの要望や意見が出たタイミングで、まず担当者は直属の上司に「サービスの改善点として、こういった声が上がってきました」と報告します。そして、その声が一人からだけでなく、複数のコンサルタントから同じような意見として上申されたタイミングで、会社として本格的なサービスの見直しや改良に繋がっていく、という流れになります。
玉村:声が複数から上がることがポイントとのことですが、もし担当者一人だけが「これは非常に重要で緊急性が高い」と感じた場合はどうすればよいのでしょうか。その場合、上層部に届けるには、直属の上司を説得するプレゼン能力が重要になりそうですね。
山本:おっしゃる通りで、現場が重要性を感じていても、なかなか上に声が届かないケースはあります。そうした場合、担当者にできることは二つあります。一つは、直属の上司に、持っている情報を何度も粘り強く提供し続けること。そしてもう一つは、それが自分だけの意見ではないかを確認するために、同じ立場の同僚にヒアリングしてみることです。他のメンバーからも同様の声が上がっていないか情報を集めること自体は、全く問題ありません。
玉村:そこで他の同僚から「そんなことはない」と言われれば、それは個人の思い込みである可能性も出てきますね。
山本:その可能性は十分にあります。ですから、声を上げる側にも重要な心構えがあります。その提案は、①お客様からの「事実」に基づいているか、②自分の「好き嫌い」という主観が入っていないか、③あくまで「会社のサービスをより良くするため」の客観的な意見か、という点です。この観点がなければ、単なる個人の要望が全て通るわけではない、ということを理解しておく必要がありますね。
辞めてもなお強い組織:リクルートの「卒業文化」とブランド戦略
玉村:次に、リクルートの「卒業文化」について伺います。企業支援制度などもあり、どこか「辞めること」を前提に人材を育てているようにも見えますが、企業としてなぜこのような仕組みが成立するのでしょうか?
山本:これは私の主観も入りますが、例えば契約社員の「3年半」という期間には、「この期間でリクルートの文化を徹底的に吸収しなさい」という強いメッセージが込められていると捉えています。前職や年齢に関係なく、この期間で成長することが求められるのです。もちろん、成績を残せば正社員への道も用意されていますが、一方で「卒業」も決してネガティブなこととは捉えられていません。
なぜなら、リクルートの文化を携えた卒業生が社外で活躍すればするほど、「リクルートに行けば、起業家精神を持った優秀な人材になれる」というブランド認知が世の中に広がっていくからです。優秀な人材が手離れすることは短期的にはマイナスに見えるかもしれませんが、長期的に見れば、会社の採用力を高めブランド価値を向上させるという、非常に大きなプラスの効果を生んでいるのです。
玉村:確かに、卒業生の活躍がリクルートのブランドをさらに高めている印象はあります。卒業後も、元リクルート社員同士の繋がりは強いと聞きますが、山本さんご自身もそうした経験はありますか?
山本:はい、今でもありますね。元部下や後輩からマネジメントの相談を受けたり、逆に私がリクルート出身の経営者の方に、経営課題についてお話を聞きに行ったりしています。
なぜ繋がりがこれほど強いのかというと、一つは「リクルート用語」と呼ばれる独特な共通言語の存在が大きいと思います。例えば、「TPP(徹底的にパクる)」という言葉があるのですが、リクルート出身者なら誰でも「ああ、あれね」とすぐに理解できる。こうした共通言語で仕事をしてきた経験が、卒業後も強固なコミュニティを形成する土台になっているのだと感じます。
玉村:「リクルート用語」が外部にまで波及しているのは私も強く感じます。以前、リクルート出身の方が社長の会社にいましたが、「ヨミ表」のような独特の言葉が使われていて、後からそれがリクルート用語だと知って驚いた経験があります。
山本:そうですよね。実際、『リクルート用語集』という本が書店で売られているほどですから、非常にうまいブランディングだと思います。
これは識学にも通じる部分がありまして、弊社にも「識学用語」が存在します。入社して3ヶ月もすれば、社員は自然と仲間意識からその言葉を使いたがるようになるんです。こうした共通言語がコミュニティを形成し、帰属意識を高める。リクルート用語は、その仕掛けがうまくブランディングに繋がった好例だと言えますね。
玉村:リクルートのように、辞めた人材の活躍が自社のブランド強化に繋がるという好循環は、他の日本の企業にも浸透しうると思いますか?
山本:はい、十分に浸透しうると考えています。なぜなら、「〇〇社出身」という経歴は、その人の能力や価値観を推し量る強力なブランドになるからです。例えば転職市場において、「よくわからないA社の山本さん」よりも「リクルート出身の山本さん」と聞けば、何となく「情熱がありそうだ」「起業家精神を持っていそうだ」といったプラスのイメージが先行しますよね。
このように、卒業生が社会で活躍することは、どの企業にとっても自社のブランド認知を高める上で非常に有効な手段となり得ます。
玉村:確かに、トヨタのような企業文化が確立された会社の方は、その文化が心や体に染み付いていると感じます。個人の成長だけでなく、会社を辞めた後もその人が生きていく上での力になる、という側面もありそうですね。
山本:はい。ただ、その強力な「肩書き」には、一方でリスクも伴います。
例えば、もしリクルート本体が何か大きな不祥事を起こせば、「元リクルート」という肩書きの価値は一気に下がってしまう。つまり、現役の社員は、自分たちが会社の看板を背負い、先人たちが築き上げてきたブランドの上で仕事をしているという自覚を持たなければなりません。
会社の顔として、何をすべきで、何をしてはいけないのか。これを正しく理解して行動することが、結果的に自分自身の経歴や価値を守ることにも繋がるのです。
識学メソッドの実践――3年で社員3倍を実現した組織変革
玉村:次に、山本さんが識学コンサルタントとして実践されてきたことについて伺います。これまで支援された企業の中で、特に劇的に成果が上がった成功事例があれば、その要因とあわせて教えていただけますか?
山本:過去最高益を更新されたり、過去最高の組織になったというお声はたくさんいただくのですが、今回は介護事業の会社様の例をお話しします。人が人にサービスを提供する福祉系の会社様で、数字ではない部分で大きく成長された事例です。
私が支援させていただいた当初、その会社様は従業員50名ほど でしたが、約3〜4年後には150名規模にまで拡大されました。元々、その会社様には「ご利用者様のため」という素晴らしい理念がありましたが、それが非常に抽象的で、マニュアルなども理念ベースで作られていました。しかし、理念や価値観は人によって捉え方がバラバラです。「ご利用者様のため」といっても、一人ひとり取るべき接客態度は違います。
そこで、「具体的に何をすべきか」「どういうことを聞いてあげることが、ご利用者様のためになるのか」といった行動レベルまで理念を言語化し、仕組み化を進めました。さらに、評価制度も役割に応じて明確にしました。プレイヤーであればルール通りに業務をこなせば評価されますが、施設を運営するトップとなれば、施設の収支、利用者数、経費のコントロールといった部分が役割となります。その役割が果たせたかどうかという『結果』を、給与やボーナスに直接反映される評価制度へと転換したのです。
人が人にサービスを提供する事業は、どうしても属人性が高くなりますが、誰がどの立ち位置で、どんなサービスを提供すれば評価されるのか。この言語化と規程類の整備によって、組織は大きく成長されました。
玉村:すごいですね。3年間で社員数が3倍というのは、業界的に考えれば、ほぼ売上も3倍になったと考えてよさそうですね。
山本:そうですね。この会社様は、定性的な部分をうまく言語化できず、マニュアルに落とし込めないという点で悩んでいらっしゃいました。事業ややるべきことは決まっているのに、スタッフの行動やサービスがバラバラだった。そこを仕組みによって統制を図っていったことが、成功のポイントだったと捉えています。
「モチベーションは与えるものではなく、自ら生み出すもの」
玉村:識学では「モチベーションを上げる」ことを推奨しないそうですが、モチベーション管理に走りがちな経営者やリーダーにはどうアドバイスされますか。
山本:まず、モチベーションとは「本人がこうなりたいと願う意欲」であり、人から与えられるものではありません。目標を自らの力で達成した結果、内側から発生するものです。世で言う「モチベーション管理」は、その場のテンションを上げたり回復させたりしているに過ぎません。モチベーションとテンションは明確に区別すべきです。
識学では、モチベーションを「与える」のではなく、「自ら持てる人材に変える」ことを重視します。そのために、明確な目標を与え、自分の足で走らせ、達成したタイミングで正しく評価する。この繰り返しによって、「自分はもっとできる」という内発的な意欲、すなわち本当のモチベーションが生まれるのです。
玉村:なるほど。つまり、単に「できたね」と伝えるのではなく、「今までできなかったこと」や「より高いレベルのこと」を達成できた時に、それを正しく評価してあげることが、本人のモチベーションに繋がる、という考え方で合っていますか?
山本:はい。その上で、その人にとって「少し難易度の高い目標」を設定してあげることも非常に大事ですね。
もし最終的な目標が高くすぐに達成できないとしても、まずは手前に一つ中間ゴールを設定し、そこまでは本人の力で走らせる。そして、たとえ途中結果であってもそのゴールを達成できた時点でしっかりと評価するのです。この「小さな成功と評価」の繰り返しが、「自分ならもっとできるかもしれない」「こうなりたい」という、本来のモチベーションを育んでいくのです。
玉村:非常によく分かります。私自身、過去に本社部門を大幅に縮小した際、一人何役もこなさなければならず、「絶対に不可能だ」と感じるほどの業務量を抱えた経験があります。しかし、いつの間にかそれをこなせるようになっていて、その時は誰かから評価されたわけではないのですが、「やればできるんだ」という実感自体が、非常に大きなモチベーションになりました。やはり「できなかったことができるようになる」というのが、一番のモチベーションの源泉なのかもしれませんね。
山本:まさしく、そうですね。そして、その「できないことをできるようにする」プロセスにおいて、絶対に欠かせないのが自分の『不足』と向き合うことです。
もし本人が自分の不足に気づけないのであれば、そこは上司が「あなたのできていないことは、これです」と明確に突きつけなければなりません。もちろん、自分の不足と向き合い、「どうすればできるようになるのか」を考えるのはストレスです。しかし、この成長に必要なストレスを乗り越えない限り、本当の成長はあり得ません。
部下の不足を指摘せず、すぐに答えを与えてしまう上司は、部下にとっては単に「楽な上司」なだけです。管理職の方々に本当に求められるのは、その場しのぎで部下のテンションを上げることではなく、明確な目標を設定し、自分の考えで走らせ達成を評価する。このサイクルを回すことこそが、部下を本当の意味で育てることに繋がるのです。
組織変革の「最初の一歩」は“姿勢のルール”から
玉村:リーダーがまず実践すべき「最初の一歩」は何でしょうか。
山本:多くのリーダーは、誰よりも頭を使って戦略を練り、部下にアドバイスをすることに時間を使っています。しかし、本当に重要なのはその前段階です。「その戦略を、部下たちが言われた通りに実行できる組織になっているか?」という点をまず疑っていただきたいのです。上司からのアドバイスを実行しない組織では、いつまで経っても成果は出ません。
そのために、識学では「姿勢のルール」を設けることを推奨しています。これは、働く姿勢やスタンスを揃えるためのルールです。ポイントは、能力に関係なく「やろうと思えば誰でもできる」ルールであることです。例えば、「挨拶をする」「報告時間を守る」「身だしなみを整える」といったことです。
このような誰でもできるはずのルールすら、個人の判断でやらなかったり徹底されていなかったりする組織では、リーダーがいくら素晴らしい戦略やアドバイスを与えても、結局は「やらない」という選択をされてしまいます。ですから、難しい戦略論の前に、まずは一体感のある「言われたことができる組織」になっているか。ぜひ、そこからチーム作りを始めていただきたいと思います。
玉村:「姿勢のルール」、非常に重要だと感じます。知人の経営者がラグビー部の顧問をしていた時、挨拶のルールを「相手が見えたら挨拶する」と具体的に決めただけで、チームが強くなっていったという話を聞いたことがあります。決められたことを全員が躊躇なく実行することが、組織を一つにする第一歩だということですね。
山本:はい。たとえ最初は意味が分からなくても、リーダーがチームや組織のために必要だと判断して設定したルールは、まず全員が足並みを揃えて徹底することがスタートラインです。
理想を言えば、みんなで成果を上げようとしている中で当たり前のルールを守らない人がいた場合、「あの人はそういうキャラだから」と許すのではなく、「やらないなら、このチームの仲間ではない」と言えるくらいの風潮があるのがベストです。「やることをやっている人」が仲間であり、「やらない人」はチームから浮いた存在になる。この状況を作ることが、リーダーにとって組織作りの「1丁目1番地」になります。
玉村:とはいえ、最初にルールを徹底させるのはかなりエネルギーが必要そうですね。
山本:そうですね。だからこそ「誰でもできるルールである」という点が非常に重要になります。
なぜなら、「誰でもできるルール」を設定することで「できませんでした」という人ではなく、「やりたくないです」という人が誰なのかを見極めることができるからです。数は多くなくて構いません。まずは3つか5つ、徹底して実行するルールを決める。それすらできない組織に、高度な戦略やアドバイスは響きません。
玉村:つまり、挨拶や整理整頓といった、やろうと思えば誰でもできることすら実行できない組織が、大きな組織改革などできるはずがない、ということですね。
山本:その通りです。その状態は「できない」のではなく、自分の都合で「やりたくない」を選択しているわけです。まずはその状態から脱却しなければ、何も始まりません。
玉村:「姿勢のルール」を導入しただけで、実際に組織が変わったというお客様の事例はありますか?
山本:はい。「姿勢のルール」が守れるかどうかは、その組織の風土や新しいことにチャレンジできる体質かどうかを見抜く、十分な判断材料になります。
例えば、営業成績が悪い会社様に、どんなに優れたマニュアルやトークスクリプトといったツールを提供したとします。しかし、普段から当たり前のルールすら守れない組織では、結局その便利なツールすら正しく実行できないのです。
また別の例では、人手不足を補うために便利な勤怠管理アプリなどのEXサービスを導入しても、誰もルール通りに使おうとしない。結果として、無駄なコストばかりがかかってしまうというケースもよくあります。「足並みを揃えて、決められたことをみんなでやる」。これができる会社とできない会社とでは、成長スピードも生産性も、そして無駄なコストの発生という点でも全く変わってくるのです。
明日から使える「評価・目標設定・会議」の技術
玉村:最後に、「評価」「目標設定」「会議」といった具体的なシーンで、リーダーが特に意識すべきことがあれば教えてください。
山本:それぞれポイントをお話しします。
まず【評価】についてです。
ここで最も重要なのは、「いつまでに、どのような状態になれば評価されるのか」という明確な定義を必ず決めてあげることです。もし目標が抽象的だと、上司は「まだできていない」と思っていても、部下は「もうできている」と認識して途中で努力をやめてしまう、といった認識のズレが生じます。また、「どうすれば高い評価がもらえるのですか?」という部下の問いにも答えられなくなってしまいます。
次に【目標設定】です。
ここでも明確な定義は重要ですが、加えてプレイヤーと管理職の評価対象を明確に分ける必要があります。プレイヤーは自分自身の成果で評価して問題ありませんが、管理職は管轄するチームや組織全体の結果で評価してください。もし管理職を個人の成果で評価してしまうと、自分の成績を優先してしまい、本来の役割である「部下育成」が後回しになってしまうからです。
最後に【会議】です。
会議では、上司が話す前に、まず部下から「事実」を吸い上げることが勝負です。例えば、「商談がうまくいかなかった」という報告があった際に、それが部下の思い込みなのかそれとも複数のお客様から言われた客観的な事実なのかを切り分けなければなりません。その上で、目標が未達なのであれば、部下自身に「具体的に何を変えるのか」という行動変化を先に言わせることがポイントです。
多くの企業では、上司が自分の推測で「こうしろ」とアドバイスをしてしまいがちですが、それでは部下は育ちません。部下の力で目標を達成できるように導くためには、まず本人から事実ベースの報告と具体的な改善策を引き出すことが、リーダーの重要な役割です。
まとめ
リクルートが育む「自律型組織」と、識学が提唱する「構造型組織」。この二つは一見すると相反する哲学のようでありながら、今回のインタビューを通じて、実は「役割を果たし、結果で評価される」という、組織の根幹において隔たりがないことが明らかになりました。
働く個人が、与えられた役割の中でどう成長の意味を見出すか。そして、組織は個人の成長をどう全体の成長に繋げていくか。山本氏の話は、そのための多くの具体的なヒントに満ちていたのではないでしょうか。






