米国で民主主義に代わって神権政治を待望する声が特に保守派のカトリック教聖職者や信者たちの中で広がっている。イリノイ州シカゴにあるロヨラ大学神学教授のヒレ・ハッカー氏は「超保守派カトリック教徒が権力の要職に就き、体制の再編が進められてきた。宗教的信念に基づいて米国の民主主義を神権独裁制へと変貌させている」と指摘、米国の民主主義がここにきて大きな挑戦に直面しているという。

「オプス・デイ」属人区長のフェルナンド・オカリス・ブラー二ャ氏 Wikipediaより
「神権独裁制」(Theoautokratie)とは、特定の個人または集団が神や宗教的な権威を根拠に国家権力を独占する政治体制だ。この体制では、宗教的権威が最高権力となり、法の支配よりも神の意向が優先される。権力は特定の個人や少数の宗教的エリートに集中し、一般国民の参加や合意形成は限定的だ。
ハッカー氏は雑誌「パブリック・フォーラム」最新号(9月3日号)で、「超保守派カトリック教徒は歴史修正主義に関与し、トランプ大統領を指導者とする米国の民主主義の神権独裁制への変貌を推進してきた」と指摘。その背後には、「白人テクノロジーエリートが率いるポスト民主主義社会のビジョンがある」という。
ハッカー氏によると、「神権独裁制」を推し進めている先駆者として、①米カトリック教会司教会議、②3つのカトリック機関「オプス・デイ」、「マルタ騎士団」、「コロンブス騎士団」、③非政府組織の「ヘリテージ財団」や「NAPA研究所」、④法律協会の「フェデラリスト協会」、等々だ。
米国で「神権独裁制」を進めるグループのプロフィールを以下、簡単に紹介する(その際、関係団体の公式サイトやウィキぺディアなどを参照した)。
①米カトリック教会司教会議(USCCB)の議長ティモシー・ブローリオ大司教は特に性的少数者(LGBTQ)の問題などで保守的な立場で知られている。
②「オプス・デイ」はラテン語で「神の業」を意味する。正式な名称は、「聖十字架とオプス・デイ属人区」だ。日常生活のあらゆる状況の中で、仕事を聖化し、信仰と首尾一貫して生きることを人々に伝え、教会の福音宣教の使命に貢献することを目的とする。ホセマリア・エスクリバーにより1928年10月2日にスペインで創設された。1982年に教皇によって属人区として設置された。現在の属人区長はフェルナンデス・オカリス・ブラーニャ師。
③「マルタ騎士団」は1070年頃、巡礼者の治療を行う修道会として始まった、世界最古の騎士団だ。現在はカトリックの騎士修道会で、かつての軍事的な活動から一転、医療・慈善活動を主な活動としている。十字軍の時代には、聖地防衛の主力となり、テンプル騎士団、ドイツ騎士団と共に三大騎士団に数えられた。領土を持たない「主権実体」として国際社会で独立した地位を持ち、国連にオブザーバー参加している。現在はローマに本部を置く。
④「コロンブス騎士団」はフリーメーソンを始め、さまざまな結社に対して敵対的態度を隠さず、時には露骨な弾圧を行ってきた。カトリック世界の秩序に基づいて、世界を律しようとする強い意識がある。成立は1882年。米国のカトリック大司教もメンバーに名を連ねている。メンバーの資格として、明確にカトリック信者の男性と規定しているところが特徴。
⑤「フェデラリスト協会」は保守派およびリバタリアンの法学者、弁護士、学生などが集まるアメリカの法曹界の学会組織であり、保守的な解釈を重んじる保守主義の理念や伝統的な解釈主義を推進している。伝統的な法解釈を重視し、保守的な法制度の推進を目指す。保守派の裁判官や弁護士、法学者の育成と推薦に大きな影響力を持っている。合衆国最高裁判所をはじめとする裁判官の任命にも影響を与えている。
⑥「ヘリテージ財団」は1973年に設立された、米国ワシントンD.C.に本部を置く保守系シンクタンク。米国政府の政策決定に大きな影響力を持つ。「ヘリテージ財団」はトランプ次期大統領が当選した場合の政権移行を支援するため、「プロジェクト2025」と呼ばれるイニシアチブを主導し、大統領のイデオロギーに沿った政府職員の任命、妊娠中絶へのアクセス制限、LGBTQ+の人々の権利の抑圧、連邦政府機関の政治的目的のための大幅な再編成、厳格な移民政策の実施などを含む、広範な領域に及ぶ計画を提言した。
⑦「NAPA研究所」は、教育と地域社会への奉仕の促進に尽力する民間の慈善団体。全ての人間の生命の尊厳と結婚の擁護を信条とする同財団の価値観は、カトリック教会のそれと一致する。
以上から、超保守派のカトリック教会関係者が米国の退廃した民主主義に代わって「神権独裁制」を実現するため、様々な組織、NGO、シンクタウン、法律専門機関などをネットワークしていることが理解できる。宗教的な教義や指導者の解釈が法や政策の基準となり、世俗の法や制度は二次的なものと見なす。換言すれば、「政権分離」ではなく、「政教一致」の国体を目指している。現在では、ハメネイ師が指導するイスラム共和国のイランの聖職者支配体制だ。
米国で「神権独裁制」への待望論が社会の一部だが広がっていることは少々驚かされる。「アメリカを再び偉大に」(MAGA)を標榜し、第2期政権を始めたトランプ大統領は宗教を重視、政権内に「信仰局」(キリスト教福音派の女性伝道師ポーラ・ホワイト氏がトップ)を新設するなど、「信教の自由」に格別の関心を有している。超保守派のカトリック教会指導者はトランプ政権と強い繋がりを有している。トランプ氏の再登場は超保守派聖職者の「神権独裁」を鼓舞していることは間違いないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






