フランスの政治混乱は他人事ではない

フランスのマクロン大統領は9日夜(現地時間)、39歳のセバスチャン・ルコルニュ国防相を新首相に任命した。同大統領は、バイル首相の辞任後、政治的行き詰まりを回避し、批判から身を守るために、速やかに新たな首相を任命したわけだ。同大統領は、元保守派のルコルニュ氏を新首相に任命することで、左派への歩み寄りを拒否したものと受け取られている。なお、バイル氏の退陣により、わずか1年余りで2人の首相が失脚したことになる。

パリで開催された「ウクライナの安全保障」を巡る有志連合会議 2025年9月4日 在日フランス大使館公式サイトから

バイル中道右派政権は、わずか9ヶ月弱で崩壊した。バイル首相は8日、国民議会(下院、定数577)で緊縮予算政策への信任投票を求めたが、結果は賛成194、反対364と大差で拒否された。その結果、内閣は総辞職に追い込まれた。バイル氏は演説で「(借金増大の)放置が最大のリスクだ」と主張、野党側に理解を求めたが、「混乱の責任は大統領と首相にある」(社会党)といった強い反発を受けた。フランスの政情は再び混沌としてきた。

バイル氏はわずか9ヶ月の在任期間、大幅な歳出削減による国家債務抑制の試みを実施したが失敗に終わった。バイル氏の退陣により、わずか1年余りで2人の首相が失脚したことになる。

バイル首相が提示した緊縮予算案は、急増するフランスの国家債務の軌道修正だった。公的債務は国内総生産(GDP)の約114%にまで上昇し、ユーロ圏ではギリシャとイタリアに次いで債務比率が高い。緊縮財政の取り組みが遅れ、新規国債の利子負担でフランス経済に悪影響を及ぼす可能性が出てくる。バイル氏は「債務返済だけで教育費や国防費を上回り、予算の最大の項目になる恐れがある」と警告してきた。

新首相に任命されたルコルニュ氏にとって緊急課題は、2026年度予算案で議会の過半数を獲得することだ。フランスの財政赤字は現在、EUが定める対GDP比3%の上限のほぼ2倍に達している。

ルコルニュ氏は、ニコラ・サルコジ前大統領の下で保守党から政治家としてのキャリアをスタートさせた。2017年の初選挙では、共和党を離党し、マクロン氏の中道派に加わった。5年後、マクロン氏の再選につながる選挙運動を主導した。

マクロン大統領はルコルニュ氏を任命することで、富裕税の廃止や退職年齢の引き上げなどを今後も継続していく意向を明らかにしたことになるが、社会党など左派や極右から強い抵抗が予想される。

下院ではマクロン氏を支える中道勢力と保守・共和党の連立与党、野党の左派、極右の主要3陣営が激しく対立し、過半数に支持される内閣の樹立は困難な情勢。次期首相が難しい舵取りを迫られるのは必至だ。

ちなみに、マクロン大統領は国民議会を解散し、新たな選挙を実施することも可能だが、同大統領は早期選挙の実施にはこれまで消極的な発言をしてきた。選挙を実施したとしても、政情の安定は期待できないからだ。

問題は、フランスの対ウクライナ政策だ。外交は大統領の職権だが、国民経済の停滞は大統領の政治力・外交力を削ぐ。フランスは、軍事力、財政、そして兵士の訓練プログラムを通じてウクライナを支援してきた。国内の政治的混乱や政策転換によって、外交政策、ひいてはウクライナ支援問題が後回しにされる可能性が十分、考えられる。そうなれば、西側諸国とウクライナは、フランスから大きな支援を期待できない。

ちなみに、フランスの政情は、社会民主党(SPD)と連立政権を組むメルツ独政権にとっても他人事ではない。債務の増加、国民経済の停滞に直面しているドイツでメルツ政権は綱渡りの政治運営を強いられているからだ。

ただ、マクロン氏の政治的弱体化は、必然的にメルツ首相の責任を拡大させる。米国がウクライナへの支援から撤退を続ける中、ロシアの攻撃を受けているウクライナにとって、武器供与と財政支援の面でドイツは今や最も重要なパートナーと見られ出している。

なお、上記のコラムはドイツ民間放送ニュース専門局nTVのライブ情報を参考にした。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。