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退陣を表明した石破首相が開催中の国連総会に出席する予定だという。総会は9月12日、将来のパレスチナ国家とイスラエルが共存する「2国家解決」を支持する「ニューヨーク宣言」を、日本を含む143カ国の賛成多数で採択した。反対は米国やイスラエルなど10ヵ国だった。
22日に予定され、石破首相の出席が予想される首脳級会合では、英仏加豪などがパレスチナ国家を承認する方針とされる。本稿では、石破氏がこれに同調すべきでない理由を書くのだが、先に結論を述べてしまえば、主たる理由は目下のパレスチナ自治政府が国家の要件を満たしていないからである。
首脳級会議で承認が俎上に上るパレスチナ国家とは、ヨルダン川西岸地区(推定人口3百万余人)とエジプトに接するガザ地区(同2百万余人)及び東エルサレムからなるパレスチナ自治政府と呼ばれる地域を指す。同自治政府は、ここ20年程はマフムード・アッバスが主導しているものの、ガザ地区はアッバスと対立しているテロ組織ハマスが実効支配している。
筆者は「国家の要件」について、「台湾の独立」に関連して「モンテビデオ条約」(1934年12月に発効した「国家の要件」を定義する「国家の権利及び義務に関する条約」の通称)について何度か本欄に書いた。
その要件とは、a)永続的住民 b)一定の領土 c)政府 d)他国と関係を取り結ぶ能力(有斐閣「現代国際法講義(第4版)」)の4項目で、具体的には以下の通りだ。
- 永続的住民とは、人種、言語、文化などが同じかどうかを問わず、一つの社会を構成している個人の集合体をいう。永続的住民は、通常、国籍によって国家と結びつけられる。
- 一定の領土は、住民が定住する空間である。領土の境界は、必ずしも詳細明確に確定される必要はない。たとえば、イスラエルは政府樹立のとき領土が確定せず、またその後、領土の変更がある。
- 政府は、領土及び住民を実効的に支配する政府でなければならない。
- 他国との関係を取り結ぶ能力は、主権、特に対外主権つまり対外的に独立であることを意味する。大概主権は、条約締結権、外交使節派遣権、戦争権などの形であらわれる。
ガザ地区を実効支配し、イスラエルと戦闘状態にあるハマスを自治政府がコントロールできていないうえ、「ニューヨーク宣言」に反対した米国の大統領が、ハマスを支持してきたガザ地区の住民を周辺のアラブ諸国に移住させ、そこを「中東のリビエラ」にする構想を未だ否定していない以上、到底、上記の4項目の何れも満たしていないといわざるを得ない。
そのハマスは、米国をはじめとする多くの国にテロ組織と見做されており、日本政府も平成21年2月3日の鈴木宗男議員の質問主意書に対する回答で、「平成十五年九月三十日の閣議了解によりテロリスト等に対する資産凍結等の措置の対象となったテロリスト等一団体と認識している」としている。
目下の戦争は、23年10月7日にハマスがイスラエルを奇襲して約1200人を殺害し、数千人に暴行を加えた上、251人を人質として拉致するというテロ行為から始まった。人質の多くは解放されたが、ハマスは依然として人質48人を拘束し、うち20人が生存しているとみられている。16日にガザへの地上攻撃を再開したイスラエルのネタニヤフ首相は、当初から「人質全員の奪還」と「ハマス殲滅」を誓っている。
共和党の外交政策に半世紀にわたり携わっているエリオット・エイブラハムス氏がこの9月、『Tikvah』なるユダヤ系メディアサイトに寄せた「パレスチナ国家は永遠に存在しない。では、次は何が起こるのか?」と題する、AI和訳で24,500字に上る長文の論考に興味深い記述がある。
エリオット氏は、今般採択された「ニューヨーク宣言」は、「10月7日の攻撃を非難し、ハマスを権力の座から排除することを求める」一方で、「改革されたパレスチナ自治政府(PA)の下でのパレスチナ国家の樹立」を「信頼できる改革アジェンダ」として求めているとし、仏マクロン、加カーニー、豪アルバジーニーに対して、PAのアッバス大統領が約束した内容をこう記している。
対マクロン・・ガザを含む全てのパレスチナ領土における統治責任を全うし、抜本的な改革を行い、将来のパレスチナ国家に対する信頼性と権威を高めるため、2026年に大統領選挙と総選挙を実施すること。
対カーニー・・パレスチナ自治政府が、切実に必要とされている改革を主導することを約束しているため、カナダはパレスチナ国家を承認する意向だ(カーニー氏のCNNに対するコメント)。
対アルバジーニー・・パレスチナ自治政府大統領がこれら(対仏、対加と同内容)の約束をオーストラリア政府に直接再確認した。
が、エリオット氏は、アッバス氏によるこれらの「約束」を「笑わずにはいられない」とし、アッバス氏はファタハ、PLO、そしてPAの代表として20年近くこうした発言を繰り返して来たが、「07年6月にハマスによってガザから追放されて以来、ガザにも根本的な改革にも一歩も近づけていない」と難じている。つまり「ニューヨーク宣言」は「絵に描いた餅」という訳である。
エリオット氏はこうもいう。「2国家解決」の構想は47年の国連決議に遡る。国家を切望するシオニストらはそれを受け入れたが、パレスチナ人は常に拒否してきた、第一次大戦後も第二次世界大戦後も、そしてクリントン、ブッシュ、オバマに至るまで。パレスチナ人は常に戦争とテロを選んできた。彼らの目的はイスラエルを破壊することであり、自らの国家を築くことではない。
10月7日のハマスによりテロは、イスラム教徒や左翼団体に血への渇望を掻き立てた。彼らはハマスを応援し、イスラエルのハマスに対する戦争を「ジェノサイド」と呼んでいる。マクロン、カーニー、スターマー、アルバジーニーらは、国内の声に迎合し、彼らが望むレトリックを使っている。
存在しないパレスチナ国家の承認は全くの芝居がかっていて、パレスチナ人の助けにはならない。これは信じられないほど残忍な攻撃に対して自衛するイスラエルの、ハマスへの攻撃に対する反発として行われている。これら英仏加豪などの反応は、ほぼ完全に国内問題だと思うと。
英国には、ユダヤ国家建設に係る第一次大戦中の「バルフォア宣言」やメッカにアラブ独立支持を約束した「フセイン・マクマホン協定」についての、フランスには、パレスチナ分割に係る「サイクス・ピコ協定」についての贖罪意識が夫々あり、また加豪も英連邦の国だ。その国内事情はエリオット氏の述べる通りだろう。
そして、イスラエルのガザ攻撃はハマスを殲滅するまで終わるまい。ルビオ米国務長官も16日、「いつかはハマスの牙を抜かなければならない。そして、それが交渉を通じて実現することを期待しているが、残念ながら時間は刻々と過ぎていると思う」と、イスラエルから移動したカタールで述べた。
最後に日本の国内事情をいうなら、遠方のパレスチナ国家(やウクライナ)を云々する前に、かつては共に日本であった「台湾」の有事と「北朝鮮」の拉致被害者への対処を優先すべき、と筆者は思う。石破首相には国連で「戦後80年見解」を発する懸念もある。どうか国内でジッとしていてもらいたい。






