昨日、電車の中で隣に座ったサラリーマンが仕事術の本を読んでいた。コラムのタイトルを思わず二度見してしまった。「当たり障りなくやり過ごす仕事」——なるほど、確かに今の時代にウケそうなタイトルだ。でも中身を見ると、どうにも腑に落ちない。
特に引っかかったのが「上司の武勇伝をキラキラ輝く瞳で聞け」という部分。いや、わかるよ。確かに上司との関係は大事だし、ゴマすりも時には必要だろう。でも「キラキラ輝く瞳」って何だ、それ。アニメの見すぎじゃないか?

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現実はそんなに甘くない(というか、もっと複雑だ)
筆者は「武勇伝を聞いて仕事に役立つことはない」と断言している。これは正直だと思う。でも続けて「武勇伝をありがたく聞くことで自分の評価を上げることができる」と言っている。つまり、意味のない話を意味があるフリをして聞けということか。
これ、実際にやったことある人なら分かると思うが、そんなに単純じゃない。まず、上司だって馬鹿じゃない。あからさまに媚びを売られれば気づく。そして何より——これが重要なんだが——そういう「演技」を続けることの精神的コストを、この手の本は全く考慮していない。
具体的なテクニックも紹介されていた。「部長が課長を褒めていたと伝える」——確かに効果はありそうだ。でも、これって要するに嘘をつけということだろう? 部長が実際に何も言っていなかったらどうするのか。
というか、こういう小手先のテクニックで築いた関係って、本当に意味があるのだろうか。いや、短期的には効果があるかもしれない。でも長期的に見れば、結局はメッキが剥がれる。そして剥がれた時のダメージは、想像以上に大きい。
当たり障りなくの代償
そもそも、タイトルの「当たり障りなく」という発想自体に、実は大きな問題がある。確かに職場の人間関係は大切だ。でも、常に当たり障りないようにしていると、自分の意見や価値観を抑圧することになる。
これ、心理学的にはかなり危険だと思う。(専門家じゃないけれど)ストレスの蓄積はもちろん、自己肯定感の低下にもつながる。最悪の場合、「自分が何を考えているのか分からない」状態になってしまう。
実際、昔の同僚でこういうタイプがいた。常に周りに合わせて、決して反対意見を言わない。でも、ある日突然「もう疲れた」と言って辞めてしまった。理由を聞いても「よく分からない」と言うだけだった。
結局、何が言いたいのか(自分でも整理がついていない)
要するに、こういう処世術本の問題は、人間関係を「テクニック」で解決しようとするところにある。確かに短期的には効果があるかもしれない。でも人間関係って、そんなに単純なものじゃないだろう。
相手も人間だ。感情がある。プライドがある。そして何より、相手だって「本音」と「建前」を使い分けている。そんな複雑な存在を相手に、「この言葉を使えば攻略できる」みたいなアプローチが通用するわけがない。
もちろん、全否定するつもりはない。職場での人間関係に悩んでいる人にとって、何らかのヒントにはなるだろう。でも、こういう本を読むときは、少し距離を置いて考えた方がいい。
「キラキラ輝く瞳」で武勇伝を聞くより、普通に仕事で結果を出す方が、よっぽど確実だと思うのだが、どうだろうか。まあ、人それぞれか。でも個人的には、もう少し骨のある生き方をしたいと思う。恐れていては、何も変わらない。
尾藤 克之(コラムニスト、著述家)
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22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)







