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「鬼滅の刃」 無限城編。多くの観客が涙したのは、主人公・炭治郎の活躍ではなく、敵として立ちはだかった猗窩座(あかざ)のクライマックスのストーリーでした。
鬼として人を殺め、多くの命を奪ってきた悪役であるにもかかわらず、彼の過去に触れたとき、私たちは思わず涙を流し、心を揺さぶられました。
なぜ人は悪役にまで共感してしまうのでしょうか?
そこには、人を動かす「ストーリーの力」が隠されています。そしてその力は、物語の世界だけでなく、私たちの日々の仕事やビジネスにも応用できるものなのです。
なぜ悪役・猗窩座の物語に涙したのか?
猗窩座が涙を誘ったのは、ただ「悪役なのに意外だった」からではありません。彼の過去に触れると、その行動の裏に強い思いがあることが伝わってきます。
父を救えなかった無力さ、婚約者や師匠を守れなかった悔しさ。その積み重ねが「誰よりも強くなりたい」という必死の願いにつながり、その背景に「大切な人を守りたい」という切実な想いを生みました。
そして最後には、人としての誇りを取り戻そうともがく姿が描かれます。鬼として過ちを犯した彼でさえ、観客の心を揺さぶったのは、そこに失敗を超えてなお続く、ひたむきな思いが見えたからでしょう。
だからこそ多くの人が自然と涙し、共感してしまうのです。
失敗や悪役からも共感を生むストーリーの秘密
多くの物語は、主人公が苦労を乗り越えて成功する「王道パターン」で感動を呼びます。しかし鬼滅の刃の猗窩座が示したのは、もっと深い共感の形でした。
彼は鬼として罪を重ねた悪役です。けれども観客は、彼の過去を知ったときに感動しました。なぜなら、その失敗の裏側に「こだわり」と「原体験」、そして「利他の思い」があったからです。
「誰よりも強くなりたい」というこだわり。その出発点には、父や婚約者を守れなかった悔しさという原体験がありました。そして、その根底には「大切な人を守りたい」という利他の想いがあったのです。
つまり、彼は、こだわりゆえに失敗した悪役だったのです。それでも人の心を揺さぶったのは、その失敗が「人のための思い」と結びついていたからでした。
共感を生むストーリーとは、ただの成功談ではありません。ときに失敗や悪役であっても、そこに「こだわり・原体験・利他の思い」があれば、人は心を動かされるのです。
もちろん、事業をしていれば失敗することもあります。けれども真摯に取り組んでいるのであれば、失敗の裏にある思いや背景まで伝えることが大切なのです。
パン屋の失敗が「応援したくなる物語」に変わった理由
例えば、あるパン屋のケースを考えてみましょう。
夏の日、人気の食パンにカビが出てしまいました。朝早くから並んでくれた親子連れは、「楽しみにしていたのに食べられなかった」と残念そうに言いました。その言葉は、店主の胸に深く突き刺さりました。
この店主には「焼き立てを一番に届けたい」という強いこだわりがありました。その出発点には、病気の母が「焼き立てのパンが食べたい」とつぶやいたのに叶えられなかった、忘れられない原体験があります。
その悔しさが「焼き立てへの執念」につながっていたのです。しかし、こだわりを優先するあまり保存環境を軽視し、「安心して食べられること」という基本を見落としてしまった。まさに、こだわりが生んだ失敗です。
けれどもその背景には「美味しいパンを通して幸せな時間を過ごしてほしい」という思いがありました。
店主は、この失敗をきっかけに「安心と焼き立ての両立」を誓いました。そのひたむきな姿勢にこそ、私たちは心を動かされ、自然と応援したくなるのです。
だからこの出来事は、単なる謝罪ではなく「応援したくなる物語」として伝わるのです。
まとめ:失敗さえ応援に変えるストーリーの力
鬼滅の刃の猗窩座が示したのは、ただの成功物語ではなく、こだわりが生んだ失敗でさえ人の心を動かすということでした。
そしてそれは、私たちのビジネスにも応用できる学びです。ストーリーには、人を動かす力があります。成功だけでなく、失敗にさえ光を当てる力です。
大切なのは「こだわり」「原体験」「利他の思い」を込めて語ること。そこに人は、ただの出来事以上の意味を感じ取り、共感し、応援したくなるのです。
パン屋の例のように、こだわりが失敗を招くこともあります。しかし、その背景にある想いが伝われば、失敗は「信頼を失う出来事」ではなく、「応援を生む物語」に変わります。
猗窩座のように、失敗を超えてなお残るひたむきな思いが、人の心を動かすのです。
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木下 亮雄 株式会社ユアウィル 代表取締役
PR・マーケティングコンサルタント。中小企業や個人事業主を中心に200社以上を支援。専門家として30冊以上の法人向けビジネス誌に掲載。著書「コンサルタント・講師のためのPR戦略」
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