
画像:ファミコンがゲームの世界を変えた。 © Nintendo
コンテンツ庁を設置する。
林芳正官房長官が日経新聞のインタビューでこう語った。自民党の総裁選を意識してか何かしら目新しい政策を掲げたかったのだろう。
コンテンツ庁の発想は林氏のオリジナルではなく、過去には経団連が「Entertainment Contents ∞ 2024」という提言でコンテンツ省(もしくは庁)の設立を主張している。
クールジャパンというワードはすでに定着して久しい。
世界に誇る日本のゲームやアニメを国が支援する、素晴らしいことじゃないか、そう思う人も多いかもしれない。ただ、過去の実績を見ると国の介入はむしろ失敗する可能性が高い。
経済学者の池田信夫氏はXでコンテンツ庁の発想を以下のように切り捨てた。
日本のゲームやアニメがなぜ世界を制覇したか、わかってるの?
役所が相手にしなかったからだよ。ファミコンなんて、スーパーマリオは通産省の統計にも入っていなかった(玩具の扱いだった)。
同じ時期に通産省が570億円投入した第5世代コンピュータは、何も生み出せずに終わった。
日本のゲームやアニメがなぜ世界を制覇したか、わかってるの?
役所が相手にしなかったからだよ。ファミコンなんて、スーパーマリオは通産省の統計にも入っていなかった(玩具の扱いだった)。
同じ時期に通産省が570億円投入した第5世代コンピュータは、何も生み出せずに終わった。 https://t.co/egY5NiqTLg— 池田信夫 (@ikedanob) September 26, 2025
この指摘の通り国を挙げた経済政策の多くは失敗している。コンテンツ庁の発想に近いもので言えば、国が出資するクールジャパン機構(株式会社海外需要開拓支援機構)は383億円の累積赤字を叩き出している。
日本をけん引するコンテンツ産業は公的支援が一切無縁な場所で、異能異才、そして異端の人たちによって発展してきた。
その一つがドラゴンクエストだ。
「ドラゴンクエスト」はこうして生まれた。
池田氏は先に挙げたポストについて、自身のブログで過去のこんなエピソードにも触れている。
NHKで1980年代にゲームソフトの番組を作成した時に「スーパーマリオ」の宮本茂氏、「ゼビウス」の遠藤雅伸氏、そして「ポートピア殺人事件」の堀井雄二氏に取材をした、みんな変わり者だったがゲームが大好きということは強烈に感じられた、今思えばそれがゲーム産業が成功した秘訣だろう、と。
ポートピア殺人事件の堀井雄二氏とは、後のドラゴンクエストのゲームデザイナーである堀井氏に他ならない。
ドラゴンクエストの出発点は住宅情報誌を発行する会社であったエニックスが、ゲーム業界への異業種参入を目論んで突如開催したプログラムコンテストだった。
エニックス主催のゲーム・ホビー・プログラムコンテストは1982年に開催された。奇しくもファミリーコンピューター、ファミコンが発売される1983年の前年だ。
このコンテストで準優勝したのがのちにチュンソフト(現スパイク・チュンソフト)を設立し、ドラゴンクエストのプログラマーとなる、当時高校生だった中村光一氏だ。
同じくコンテストの入賞者でフリーライターとしてコンテストを取材していたのが堀井雄二氏で、エニックス・中村・堀井の三者はここで出会う。
筆者が初めてパソコンを買ったのは20歳になった頃で、タイミングとしてはヤフーBBが道端でADSLのモデムを大量に配ってはトラブルを巻き起こしていた時期だ。OSはかの悪名高いWindows Meで、それでも当時としてはパソコンを持っている人は少数派だった。
まだウィンドウズすら発売されていない時代に高校生ながらプログラムコンテストに準優勝した中村光一氏も、同コンテストに入賞した堀井雄二氏も、異能異才、そして異端と言って間違いない。
当然のことながらプログラムコンテストを主催してハイリスクなゲーム事業に異業種参入をしたエニックスもまた異端の会社といえる。
アンケートはがきでつながった、すぎやまこういちとの縁。
ドラクエを大人気ゲームに押し上げた要因の一つに音楽がある。説明するまでもなくゲームミュージックの大家である作曲家の故すぎやまこういち氏が手掛けたものだ。
すぎやま氏は、前述のエニックス主催のプログラムコンテストで優勝した森田和郎の作った「森田将棋」というゲームをいちユーザーとして遊んでいた。その時に出したアンケートはがきがエニックスの目にとまった。
当時すでに人気作曲家として大活躍していたすぎやま氏もまた異能異才、そして異端の人だ。
すぎやま氏は有名な音大を出て人気作曲家へと王道を歩んでいた人……だと思っていたら全くそんな事はなく、経歴には東京大学を卒業後にラジオ局の文化放送に入社し、その後は開局準備中だったフジテレビに移籍とある。
現在は大企業として認識されているが、1950年代のまだ出来たばかりだったテレビ局は当時海の物とも山の物ともつかない謎の存在だった。今と違って大学進学率がまだ10%程度だった時代、大卒がエリートだった時代に、その頂点である東大を卒業したすぎやま氏はテレビ局で音楽番組を作っていた。相当な変わり者、異端であることは間違いない。
すぎやま氏もまた筋金入りのゲーム好きだったというが、ドラクエに関わることになった理由に異能異才、そして異端の存在として、堀井雄二、中村光一の両名と共通点があった。
ファミコンは異端からメインストリームに。
小中学生の頃にドラクエ3・4・5と遊んでいた筆者は同じくゲーム好きの友人と、俺は将来エニックスでドラクエを作る、じゃあ俺はスクウェアでファイナルファンタジーを作る、そんな会話をしていたことをよく覚えている。異端の人たちが手掛けたテレビゲームの制作は10年も経たないうちに筆者も含めた子供達にとって憧れの職業となっていた。
エニックスが全くの畑違いからゲーム事業へ異業種参入をしたように、現在では世界的なゲーム会社である任天堂もまた完全な畑違い、異業種参入だ。任天堂が花札やトランプを製造する老舗企業であることは広く知られているが、ゲーム事業の足掛かりは「ゲーム&ウォッチ」という今でいう携帯ゲーム機の爆発的な大ヒットだった。
ゲーム&ウォッチの成功を経てファミコンの開発発売へと挑戦した任天堂は、子供向けの玩具としては異例の14800円という極めて高値で販売を開始した。しかしこれはファミコンの性能を考えると極めて安価な価格設定であり、ハードを安くばらまいてソフトで利益を確保する仕組みだった。つまりは大ヒットを前提にしたハイリスクなビジネスモデルだった。
テレビゲームという一大産業は、異能異才、そして異端の人たちが手掛け、そこにリスクテイカーがお金を投じる仕組みから生まれた。
スタジオジブリというハイリスクなビジネス。
異端とリスクテイカーの仕組みはゲームに限った話ではない。アニメ制作会社のスタジオジブリもまた同じ組み合わせだ。
徳間書店の創業者である故徳間康快(やすお)氏は、宮崎駿から「長編アニメ映画を作るためにスタジオを設立してほしい」と持ち掛けられた。まだ一回しか会ってないのになんて図々しい事を言うんだと徳間氏はその時の話を回顧するが、この男は大物に違いないと判断して快諾したという。
スタジオジブリは「風の谷のナウシカ」の成功も後押しとなって設立されたが、オリジナルの長編アニメを専門に作る制作会社は世界的にもほとんど存在しなかった。スタジオジブリは異能異才、そして異端である宮崎駿氏はもちろん、アニメージュの編集長だった鈴木敏夫氏が居たからこそ設立に至ったと徳間氏は語る。
リスクテイクと書いた通り初期のジブリ映画は極めて評判が良かったものの、興行収入は必ずしもそれに伴うものではなかった。言うまでもなく、売れるまでリスクをとって継続したことが現在の世界的な大成功につながっている。
キングダムを生んだ家内制手工業。
もちろん、日本のコンテンツはこういった「大規模」な話だけではない。
古代中国の春秋戦国時代を描くキングダムは累計1億部を突破してなお連載が終わる気配は全くない人気漫画だが、この作品は家内制手工業(かないせいしゅこうぎょう)とでもいうようなやり方で制作されている。
そんな手法を象徴するようなエピソードがある。壁将軍の扱いだ。
キングダムは中国の歴史書「史記」をベースに書かれているが、壁(へき)という将軍の生死について作者の原泰久氏は途中で判断を変えたと説明する。
史記によれば、ある戦いで命を落とすはずの壁将軍だが、それは史記に書かれていた「壁死」という記述に基づいていた。しかしそれは「壁将軍が死んだ」のではなく「城壁で誰かしら将軍が死んだ」という話を誤訳していたのではないか?ということで、この戦では死なせないことになったと原氏は自らあとがきで説明している。
キングダムは原氏とは別にストーリーを作る原作者がいるわけではない。とはいえ、これだけ壮大で緻密な物語なら表に出ていないだけでブレーンがいるに違いないと思っていたが、こんな細かい所まで原氏が全て決めてるのかと知って筆者は腰を抜かした。
映画化、アニメ化、ゲーム化と各種メディアで大々的に展開するキングダムだが、そのオリジナルである漫画の制作過程は原氏と編集者による極めて個人的な、きわめて小規模な創作によるものだ。
大学卒業後にシステムエンジニアを経て漫画家になった原泰久氏もまた異能異才、そして異端の人だ。
国がやるべきは減税である。
ファミコン初期の市場にはゲームで一攫千金を狙う山師のような人たちが殺到した。粗製乱造のクソゲーが氾濫すれば悪貨が良貨を駆逐したアメリカのアタリショックの再来になりかねなかった。
しかしそのようなカオスな状況だったからこそ、ゲーム業界は異能異才の人たちを引き寄せる魅力を生んでいた。素人の持ち込みを当たり前のように歓迎する一方で人気がなければ即打ち切りとなる漫画雑誌もまた、異能異才の人たちを常に引き寄せている。
FPである筆者に近い業界で言えば、銀行、証券、生保のような金融機関は国による管理と厳しい規制が必要だが、コンテンツ産業は放置でいい。異端とリスクテイカーが殺到して好き勝手に事業を行うことが発展の原動力となるからだ。
大量に積み重なった屍の上に世の中を変えるような大成功が生まれる。
……これが他のビジネスとコンテンツ産業の大きく異なる部分だ。発展して欲しいのなら手を出さない事が正しい。それがウェブメディア編集長というコンテンツ産業の隅っこにいる筆者なりの答えだ。
それでも何か国が手出しをしたいのであれば、大成功をした人が馬鹿らしくならないように所得税と法人税を下げればいい。その恩恵はコンテンツ産業に限らないが、国が関与する以上は最終的には税収アップや国民の幸せな生活が目的となる。
冒頭でクールジャパン機構が400億円近い累計赤字を叩き出したと書いた通り、環境整備に徹するのであれば国がやれる支援は減税くらいしかない。特にコンテンツ産業に関しては、ということになるだろう。
【参照・参考】
- 池田信夫 blog : 任天堂の奇蹟はなぜ生まれたのか(アーカイブ記事)
- [DVD]「もののけ姫」はこうして生まれた。 スタジオジブリ
- ドラゴンクエストへの道 監修 石ノ森章太郎 エニックス
- 林芳正氏「長期的な戦略企画へ省庁再編」 コンテンツ庁設置に意欲 – 日本経済新聞
【画像出典】
- ファミリーコンピュータ | 任天堂 https://www.nintendo.com/jp/famicom/index.html
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年9月29日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。






