迷惑インバウンド客で消えた「外国人への幻想」

黒坂岳央です。

近年、日本へのインバウンド客の絶対数が増え、SNSも盛況なことで観光地や公共交通機関において「インバウンド客によるマナー問題」が頻繁に報じられている。

ネットでは「円安が”安い外国人客”を増やしている」「これでは外国人ではなく害国人だ」といった否定的な意見をよく見る。

厳密にいえば、この迷惑外国人は全体のほんの一部に過ぎず、圧倒的大多数は大人しく旅行を楽しんでいる。また、賛否あれど、インバウンド自体は歓迎するべきことだ。

経済波及効果を含めると、もはや観光業は自動車に次ぐ第2の外貨獲得手段となっている。現状のインバウンドの盛り上がりがなければ、円安はとても今の水準で留まることはなかっただろうし、経済もさらに冷え込んでいた。間違いなく日本の国益になっているのである。

とはいえ、感情と財布は別である。やはり迷惑な外国人の姿を見てしまうと気持ちは動く。筆者も愛する我が国での横暴に対して、決して良い感情はない。

そしてコロナ禍明けからインバウンドが戻ったことで連日報じられるインバウンド迷惑外国人を見て湧いてくる感情があるはずだ。そこを独自の視点で書いてみたい。

Suchat longthara/iStock

消えた海外への憧れ

多くの日本人にとって、外国、特に欧米諸国は長らく「憧れの対象」であったはずだ。「外国人は洗練されているが、日本は遅れている」といった、長年の日本人特有の「海外コンプレックス」を助長するステレオタイプを抱いていた人々は少なくないだろう。しかし、大量のインバウンド客が押し寄せた結果、その幻想は脆くも崩れ去った。

街中で大声で騒ぎ、公共のルールを無視し、大音量で音楽を鳴らすティックトッカー、場所を占拠する観光客の姿は、日本人が勝手に作り上げていた「オシャレで上品な外国人」のイメージとはかけ離れていたからだ。

仮に日本人が公共の場でそんなことをすれば、直ちに糾弾される。だが野放しにされる彼らの姿は強烈に映ったはずだ。

筆者はこの「海外幻想の崩壊」は、一種のショック療法であったと思っている。そして、この摩擦は日本人同士の間に、不思議な連帯感を生み出したのではないだろうか。

店員が日本人だとホッと安堵したり、迷惑行為動画を前に「やはり日本の秩序や安全を再認識し、守りたいと感じた」といった内容で共感し合うなど「微細な連帯」が強まったと感じる投稿などを目にした。

国籍より社会的地位

ここまでの話を踏まえると、「日本人はマナーやモラルが高く、他国ではそうではない」という感覚に陥りそうだが、それは早合点というものだ。マナーや振る舞いの違いは、「国籍」というより、「社会的地位」が起点となっていることが多いと感じるからだ。

たとえば、5つ星ホテルのラウンジには、静かにすごし、周囲に配慮しながら過ごすビジネスマンと思しき外国人客がいる。彼らの振る舞いは、その場所の格式に見合ったものであり、国籍を問わず「洗練された客」という共通の属性を持つ。大声で騒いだり、大音量で音楽を鳴らす人は皆無であり、黙っていれば外国人であることがわからない人もいる。

その一方、安宿の客層は同じとは言い難い。筆者は元々南千住のドヤ街の簡易宿泊所に住んでいたことがあった。そこには外国人バックパッカーが泊まる安で全く異なる振る舞いをする人々がいる。日本人の日雇い労働者と思しき人たちも止まっていたが、お世辞にもマナーが良いとは言い切れない部分が少なくなかった。

この対比が示すのは、マナーや行動様式の違いは、「日本人と外国人」という国籍の壁ではなく、「高所得者と低所得者」「高い教育水準と低い教育水準」という所得・地位の壁に強く紐づいているという現実である。

そして、これは外国人に対してのみ当てはまるわけではない。豪華な旅館に宿泊する日本人客と、大衆居酒屋で泥酔する日本人客の間にも、同様の「階級とマナーのグラデーション」は存在する。

インバウンドは、国境を越えて存在するこの「人間の普遍的な格差」を、日本の目の前に突きつけたに過ぎないのだ。

インバウンド客との摩擦は、多くの不満を生んだ一方で、日本社会に大きな学びをもたらした。

それは、どこの国にもいい人もいれば、悪い人もいるという、あまりにシンプルで本質的な事実の再確認である。静かな人、騒ぐ人、迷惑な人、親切な人など人間は国籍に関係なくバラバラだ。

通常、こうしたことは留学や海外移住しなければ気づけないことだが、望まずとも日本人全体で国際交流を余儀なくされたのが、昨今のインバウンドの盛り上がりというわけである。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。