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「老化は足から始まる」という言葉がある。
これは単なる俗説ではなく、医学的にも裏付けのある事実だ。
『脳と心が休まる 3分間おでこ瞑想:「考えすぎ」から、「今、ここ」に集中!』(藤井英雄 著)三笠書房
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その日、エレベーターが点検中だった。仕方なく階段を使った。たった3階。オフィスビルの、たった3階。
息が、上がっている。いや待て。俺、まだ42だぞ? 厄年終わったばっかだぞ? なのに3階の階段でこれ?
やばい。これ、10年後どうなる? 50代で階段上れなくなる? 60代で杖? 70代で……いや考えたくない。考えたくないけど考えてしまう。
このままだと詰む。人生が詰む。異世界転生してチート能力もらうまで待ってられない(そもそも転生条件がトラックなのは嫌だ)。
自力でなんとかするしかない。その週末、スクワットを始めた。
ただし普通のスクワットじゃない。なぜなら俺は知っている。スクワットで膝を壊す中年が、この世にどれだけいるか。フォームが悪いと膝に全部くる。膝は消耗品だ。一度壊したら元に戻らない。
ネットで調べまくった。YouTube見まくった。そして見つけた。
「椅子スクワット」。これだ。これしかない。やり方は簡単。後ろに椅子を置く。ゆっくり座る。座ったら立つ。また座る。立つ。それだけ。
いや待て、ただの「座って立つ」じゃないか?そう思うだろ? 俺も思った。でも違う。ポイントは「完全に座らない」ことだ。椅子にお尻が触れた瞬間、すぐ立ち上がる。タッチ&ゴー。これでお尻と太もも裏の筋肉がしっかり使える。
しかもこれ、膝に優しい。普通のスクワットで膝を壊す原因は、膝がつま先より前に出ること。でも後ろに椅子があると、自然と腰を引く動作になる。膝が前に出ない。物理的に出せない。
さらに、安心感がある。バランス崩しても後ろに椅子がある。転ばない。初心者にも高齢者にも優しい設計。任天堂か?
筋力がない人は高い椅子から。慣れたら低いソファー。さらに慣れたら座らずにタッチだけ。難易度調整が自由自在。まさにイージーモードからハードモードまで対応。
今は毎日50回。効果? あるに決まってる。まず、階段。3階どころか5階でも息切れしない。というか、階段が楽しくなった。エレベーター待ちの列を横目に、階段を駆け上がる優越感。これがあるから続けられる。
次に、姿勢。骨盤が安定したのか、猫背が治った。腰痛も減った。デスクワーカーにとって腰痛軽減は神スキル。
あと、冷え性。これは予想外だった。下半身の筋肉が増えると血流が良くなるらしい。冬でも足が冷えにくくなった。
でも、一番の変化は別にある。丹田を意識するようになった。スクワットするとき、へその下あたりに力を入れる。「腹を据える」という感覚。最初は無意識だったけど、続けているうちに「あ、これ丹田じゃん」と気づいた。
東洋医学では、丹田と尾骨のあたりにエネルギーの中心があるという。へその下と、お尻の奥。下半身を鍛えると、両方が活性化するらしい。
「氣」とか「チャクラ」とか言われると、うさんくさく聞こえるだろう。俺も最初はそう思っていた。でもスクワット続けていると、体の芯がじんわり温まる感覚がある。丹田のあたりが熱くなる。
俺たちは肉体を持って生きている。異世界じゃない、この世界で。頭ばかり使って、体を忘れがちだ。デスクワーク。スマホ。動画。首から下が消えたような生活。脳だけで生きているような錯覚。でも体は正直だ。使わなければ衰える。
下半身を鍛えるのは、未来の自分への課金だ。ガチャじゃない。確定で強くなれる。しかも無料。5年前の俺に言いたい。「あの日、階段で息切れしてよかったな」と。あれがなかったら、今も衰え続けていただろう。
椅子を用意しろ。毎日やれ。5回でいい。ゼロにするな。1年後、あなたは感謝する。「あのとき始めてよかった」と。異世界転生を待つな。この世界で、強くなれ。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムの形で編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)








