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12月19日に与党の令和8年度与党税制改正大綱が公表され、今年も住宅ローン減税の延長・見直しが盛り込まれた。なかでも注目されたのが、既存住宅を含めた住宅ローン減税の拡充である。報道では「実需支援」「若年層の住宅取得支援」といった説明が目立つが、今回の改正をそれだけで理解するのは十分とは言えない。
今回の大綱では、住宅ローン減税の適用期限を2030年まで延長する方針が示されるとともに、新築偏重だった制度設計を見直し、既存住宅についても取得支援を手厚くする方向性が打ち出された。床面積要件の緩和や、省エネ性能基準を満たす住宅への配慮など、制度の間口を広げる内容となっている。形式的には、物価高や住宅価格の上昇を背景に、実需層の負担を軽減する施策だ。
しかし、政策当局が本当に意識しているのは、個々の住宅取得というミクロな話ではなく、不動産市場と住宅政策を取り巻く構造的な限界である。
第一に、新築住宅を中心に市場を創出してきた従来モデルは、すでに限界に近づいている。建築資材価格や人件費、エネルギーコストの上昇は一過性ではなく、構造的なものとなりつつある。その結果、新築住宅価格は実需層の購買力を上回り、「新築を建て続ければ市場が成長する」という前提は揺らぎ始めている。新築供給を増やすことで市場を支えるという従来の政策手法は、現実との乖離が大きくなっている。
第二に、空き家問題の深刻化である。日本では住宅総数が世帯数を大きく上回り、空き家は全国的な社会問題となっている。一方で、新築住宅は今も供給され続け、「使われない住宅」と「新たに建てられる住宅」が併存する歪な構造が生じている。これまでの住宅政策は、建設を促すことに重きが置かれ、既存住宅をどう使い、どう循環させるかという視点が十分とは言えなかった。
第三に、スクラップアンドビルドの限界と環境問題がある。建築物の建て替えは多くの資源とエネルギーを消費し、CO₂排出量も大きい。脱炭素社会を掲げる中で、住宅分野だけが例外であり続けることは難しい。既存住宅の取得や改修を後押しすることは、住宅ストックを「使い捨て」ではなく「活かす」方向へ誘導する、環境政策としての意味合いも持つ。
さらに重要なのが、不動産市場を“冷やしすぎない”という政策判断だ。足元では、金利上昇や外国人投資、短期売買への警戒が強まり、市場には調整圧力がかかり始めている。この局面で、実需層まで住宅取得を控えれば、取引は急減し、市場全体が一気に冷え込む可能性がある。既存住宅ローン減税の拡充は、そうした事態を避けるための「緩衝材」としての役割を果たす。
ここで注目すべきは、住宅ローン減税の延長期限が2030年と明示された点だ。これは、短期的な景気対策ではなく、中長期的に住宅市場を安定させるという政策意思の表れと読み取れる。市場を過度に刺激せず、しかし萎縮もさせない。そのために実需を静かに支え続けるという発想である。
現政権の基本的な政策スタンスとも整合的だ。同政権は、不動産市場に対して投機的な動きには距離を置きつつも、市場全体を壊すような急激な規制や増税は避けている。今回の税制改正は、住宅市場を「成長させる」よりも、「壊さず、持続させる」ことを重視した結果と見ることができる。
住宅ローン減税の見直しは一見地味だが、その背後には、不動産市場、空き家問題、環境負荷といった複合的な課題にどう向き合うかという、政策当局の本音が透けて見える。
今回の改正は、住宅政策が量の拡大から質と循環を重視する段階へ移行しつつあることを示す転換点と捉えるべきだろう。






