【非公式ガイド】池袋・ロマンス通りの歩き方

筆者撮影

池袋北口を出て少し歩くと、そこに現れるのが「ロマンス通り」である。

名前だけ聞けば、パリのシャンゼリゼ通りか、はたまた少女漫画の舞台かと思うだろう。薔薇のアーチでもくぐれば、白馬の王子様が待っているのではないか。

そんな甘い期待を胸に足を踏み入れると、目に飛び込んでくるのはスケボー少年たちの華麗なトリックと、風俗店のネオン看板である。ロマンスとは一体何だったのか。

だが、これがいいのだ。スケボーのウィールが路面を削る音と、客引きの声が交差する通り。若者のストリートカルチャーと、大人の夜の文化が、なぜか喧嘩もせずに同居している。

このカオスな共存こそが池袋北口の懐の深さであり、「オシャレ」と呼ばれる所以なのかもしれない。少なくとも、退屈とは無縁の通りである。

不思議なことに、知人の石川和男さんと飲むとなると、なぜか毎回このあたりに吸い寄せられる。池袋には東口にも西口にも、いくらでも店はある。もっと落ち着いた店も、もっとリーズナブルな店もあるはずだ。

しかし、我々の足は申し合わせたように北口へ向かい、気づけばロマンス通りの雑居ビルに吸い込まれている。これはもはや本能か、あるいは呪いか。おそらく、この通りには人を引き寄せる磁力のようなものがあるのだろう。

一次会は楽しく過ぎる。酒が回り、話が弾み、気分が良くなったところで、あの悪魔のささやきがやってくる。「もう一軒行きましょう」。この言葉に抗える人間を、私はまだ見たことがない。

案内されるのは、若い女性がにこやかに迎えてくれる店である。座る。飲む。話す。楽しい。時間を忘れる。そして会計。二万円。座っただけで二万円である。

椅子に二万円の価値があったのかと冷静に問われれば、正直わからない。自宅のソファなら無料で座れる。ファミレスなら飲み放題込みで二千円もあれば足りる。

だが、ロマンス通りの椅子には、ファミレスのそれにはない何かがある。それが何かは言語化できないのだが、たしかにある。たぶんある。あったと思いたい。

帰りの電車で財布の中身を確認しながら、「もう二度と来ない」と心に誓う。しかし、石川さんから次の誘いが来ると、またふらふらと北口に向かっている自分がいる。

学習能力の欠如と言われればそれまでだが、これもまたロマンス通りの磁力のなせる業だと思えば、少しは格好がつく。

ロマンス通り。財布には厳しいが、人生には優しい街。そして何より、翌朝の後悔すら笑い話に変えてくれる、不思議な通りである。

そんなロマンス通りを愛してやまない石川さんの新刊が出た。彼とは十年以上の著者仲間だ。気がつけばお互いにいい歳になった。だが、ロマンス通りで飲むときだけは、いつまでも変わらない。これからもよろしくお願いします。

要領がいい人が見えないところでやっている50のこと』(石川和男 著/明日香出版社)

……ちなみに、二万円の椅子に座らずに済む「要領のいい飲み方」は書いてあるのだろうか。今度聞いてみたい。次稿では、ちゃんと講評まで書きたいと思う。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)