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問題提起:再燃する核論争と日本の戦略的混乱
近年、日本国内では「核共有」「核の持ち込み容認」「非核三原則の見直し」といった議論が周期的に浮上している。とりわけ直近の高市氏の政治的勝利を契機として、これらの議論が再燃する可能性がある。
しかし、結論から言えば、これらは現時点では最適解ではない。
理想は、9条改正、「持ち込みを許す」ことだ。筆者が30年以上主張していることだ。だがいまだにそれらに反対する国民が多いように感じる。改正するまでの最善策として以下を提案したい。
理由は単純である。核抑止は、必ずしも「宣言」や「可視的配備」によって成立するものではないからだ。
核抑止の本質は、能力の誇示ではなく、相手の意思決定を不確実性によって縛ることにある。本稿は、日本が非核三原則を一切変更することなく、むしろそれを形式上維持したまま、実質的な核抑止の中核に入るための現実的選択肢を提示する。
一次的知見:ロスアラモスで見た「使いやすい核」
筆者は20年以上前、日本人としてはほぼ唯一、ヒロシマ原爆を開発したロスアラモス、サンディア、ローレンス・リバモア、パンテックスの各国立研究所を訪問する機会を得た。そこでは、当時すでに配備され、現在も米国の核戦力の中核を成す地表貫通型戦術核兵器B61-11の原寸大レプリカが置かれていた。
B61-11は「使えない核」ではない。
むしろ逆に、非常に使いやすいがゆえに、強力な抑止力となる核である。
開発責任者であるヤンガー博士(写真)との長時間対談において、博士は次の趣旨を筆者に熱っぽく語った。

ヤンガー博士(右)と筆者
筆者提供
これは、冷戦期の抽象的な相互確証破壊(MAD)論とは異なる、21世紀型の抑止観である。限定的・選択的・段階的に使用可能であるがゆえに、相手は「最初の一歩」を踏み出せなくなる。
海中移動核という「究極の抑止」
近年、米国が実用段階に近づけてきたのが、潜水艦搭載核巡航ミサイル(SLCM-N)=海中移動核である。筆者はB61-11取材のあと、シアトルなどで取材を試みた。これは以下の点で、従来の核戦力と決定的に異なる。
- 配備宣言が不要
- 通常兵器との外形的区別が困難
- 平時から前方海域に展開可能
- 居場所が分からず、迎撃も極めて困難
つまりこれは、止められない核であり、見えない核である。
重要なのは、この兵器が「使うための核」ではない点だ。
その本質は、そこに「あるかもしれない」という疑念を相手に植え付けることにある。
中国軍内部文献に見る意思決定モデル:限定戦争・エスカレーション管理・核指揮統制の脆弱性
中国人民解放軍(PLA)の戦略文献は、中国が「核の不確実性」に極端に弱いことを示している。
1. 『戦略学』(中国国防大学)
中国の軍事教科書『戦略学』は、台湾有事を「限定戦争」と位置づけ、通常戦力で既成事実を積み上げ、核の出番を与えないことを基本方針としている。
つまり、中国は「核の曖昧性」を最も嫌う。
2. 『超限戦』
『超限戦』は、戦争を「管理可能な範囲で拡大する」ことを前提とする。
そのため、中国は米国の核使用の閾値が読めない状況を極端に恐れる。
3. 『新時期の核戦略』
中国は「核の先制不使用」を掲げているが、これは政治宣伝の側面が強い。
実際には、核指揮統制(NC2)が脆弱であるため、想定外の核エスカレーションに極端に弱い。
- PLAの核指揮統制の弱点は以下の通り。
- 指導部が中央集権的で、意思決定が遅い
- 核の発射権限が極端に集中しており、柔軟性がない
- 通信インフラが脆弱で、サイバー攻撃に弱い
- 誤警報を極端に恐れるため、予期せぬ状況に対応できない
したがって、「海中移動核が存在するかもしれない」という状況は、中国の意思決定を麻痺させる。
台湾侵攻シナリオと抑止効果:海中移動核が中国の計算を崩壊させる理由
中国の台湾侵攻シナリオは複数存在するが、PLA文献と米国防総省の分析を統合すると、以下の三つが主要である。
シナリオA:電撃的な台湾本島上陸作戦
中国の狙い:
- 米国が介入する前に台湾政府を崩壊させる
- 核の出番を与えない
- しかし、海中移動核が存在する場合:
- 米国の核使用シナリオが読めない
- 上陸作戦の初動で核が介在する可能性を排除できない
- 指導部が「最初の一歩」を踏み出せなくなる
シナリオB:台湾封鎖+尖閣同時占領
中国の狙い:
- 台湾を兵糧攻めにしつつ、尖閣で既成事実を作る
- 日米を分断する
しかし、海中移動核が存在する場合:
- 封鎖ラインに核が潜む可能性が生じる
- 尖閣占領が核エスカレーションの引き金になる可能性を排除できない
- PLAの限定戦争理論が崩壊する
シナリオC:台湾周辺での段階的エスカレーション
中国の狙い:
- 軍事圧力を段階的に高め、台湾を屈服させる
- 米国の核使用閾値を読み切る
しかし、海中移動核が存在する場合:
- どの段階で核が介在するか読めない
- PLAのエスカレーション管理が不可能になる
- 指導部が「次の段階」に進めなくなる
結論:海中移動核は台湾侵攻シナリオをすべて無効化する
中国が最も恐れるのは、「米国が核を使うかどうか分からない」ことではない。
「どの段階で核が介在するのか読めない」ことである。
海中移動核は、この不確実性を最大化する。
非核三原則は変える必要がない:沈黙こそ最大の抑止
日本は非核三原則を変える必要がない。
むしろ変えてはならない。
理由は単純である。
米軍が海中で何を運用しているかは、原理的に検証不可能だからだ。
日本が取るべき選択肢はただ一つ。
- 核武装を議論しない
- 核共有を公式に容認しない
- 核の持ち込みを宣言しない
「海中移動核が既に存在し、日本周辺にも展開されている可能性」を否定しないこと。
これだけでよい。
これは宣言ではない。肯定でもない。否定しないだけだ。
しかし、この沈黙こそが最大の抑止となる。
結論:高市勝利の本当の意味——核論争ではなく「戦略的沈黙」という成熟
高市氏の政治的勝利が意味を持つとすれば、それは声高な核論争を始めることではない。
- 語らず
- 否定せず
- 黙って抑止を受け入れる
という、政治的成熟にこそある。
中国に伝えるべきメッセージは一つで十分だ。
日本は何も言わない。
だからこそ、最悪を想定せよ。






