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高市首相の誕生によって、憲法改正、とりわけ9条改正の機運が少し高まってきました。しかし、9条改正の議論は従来、不毛な対立に終始し、生産的なものとはなりませんでした。そうなる要因はさまざまでしょうが、最大の要因は「認知」の問題です。
9条改正に反対する人びとがいます。常識的に考えれば、9条改正に反対する人びとはその理念を心の底から信じていて、平和国家としての日本の立ち位置を必死に守ろうとしていると思うことでしょう。しかし、この常識そのものが怪しいのです。
たとえば、共産党や社民党は憲法9条を擁護する護憲の立場が鮮明ですが、彼らの日頃の言動には批判的・攻撃的なものが目立ちます。国政選挙のたびに議席を失い、国民からの信用が大きく失墜していることからも、その矛盾は明らかです。マルクス・レーニン主義を源流とする政党が平和主義を唱えるというのも奇妙な話です。
2月8日に行われた総選挙によって、「中道」勢力も大きく議席を失いました。総選挙に備えて衆議院において立憲民主党と公明党が合流して新党が結成されましたが、とりわけ旧立憲民主党系の候補者は大きく議席を減らし、昭和リベラリズムは終焉したという声まで出る始末です。
新党結成の際、立憲民主党は原発や安保法制といった従来の重要政策を修正しましたが、あまりに安易に基本政策を変更する態度にあきれる国民も少なくなく、真剣に政策を考えているのか疑問が持たれる結果でもありました。
そもそもリベラル左派は憲法9条擁護の立場ですが、彼らがそれを本心(無意識のレベル)から信じているかどうかは疑うべきです。私たちヒトは心の進化の過程で「自己欺瞞」の手法を獲得し、他者をだます前に自分自身をだましているケースが少なくありません。ケヴィン・シムラーとロビン・ハンソンの共著『人が自分をだます理由』から引用します。
「私たち人類は、隠された動機に基づいて行動できるだけでなく、そうするべく設計されている種である。私たちの脳は私欲のために行動するように作られている一方で、他者の前では利己的に見えないように努力するのである。そして、私たちの脳は他者を惑わせるために『自分自身』すなわち意識にさえ真実を明かさない。自分の醜い動機など知らなければ知らないほど、他者からそれを隠すことが容易になる。」
自己欺瞞とは、自らの好ましくない言動を他者に対してだけでなく、自分自身に対しても「よく見せる」ために脳が用いる生存戦略です。自らの心の奥底にダークな感情が隠されていて、それを正当化する手段が自己欺瞞です。ダークな感情があるからこそ、自己正当化の手法が必要とされたのです。
リベラル左派は自分たちこそ正しいことをしていると思い込みがちであり、「善」の側にいると決めつけます。ただ憲法9条にしても、安全保障政策として真に正しいのであれば、世界各国が競って自国の憲法に同様の条文を導入するはずです。しかし実際には、そのような国は皆無です。9条の精神は、日本国内の限定された一部勢力には通用しても、国際社会での信用はゼロに等しいのが現実です。リベラル左派は、こうした都合の悪い情報を完全に無視してしまいます。
そのうえ、わが国のリベラル左派は一般的に、中国に対して融和的です。中国は共産党が一党支配する独裁国家であり、近年では習近平による個人独裁の傾向がいっそう進んでいるだけでなく、覇権主義の野望を隠そうともせず、アジアの地域秩序を壊そうとする現状打破勢力です。憲法9条を擁護する「平和」勢力が、アジアの平和を乱しかねない中国に対して融和的な姿勢を示すことは、不可解としかいいようがありません。
リベラル左派の認知がここまで偏っているとすれば、「確証バイアス」が働いている可能性が高いと言えるでしょう。都合の良い情報だけを採り入れ、都合の悪い情報は無視する認知バイアスであり、これも自己欺瞞と同様に、心の進化の過程で人が獲得したものです。心の中にダークな感情が隠されているからこそ、自己正当化のために、換言すれば自分の従来の立場を守るという防衛本能が働いた結果なのです。
私たちの心が進化した太古の昔は、警察もなければ法律もない「力こそ正義」の時代でした。こうした野蛮な環境下では、自己正当化こそが適応と進化の大きな原動力となりました。ただ今日において、自己欺瞞や確証バイアスは当の本人だけでなく、人間社会にとっても有害に働く面が多々あり、まさに「進化のミスマッチ」とも呼ぶべき心理メカニズムとなっています。
リベラル左派はそもそも、憲法9条を本心から信じてはいません。言葉の上で信じているように装っているだけです。それにもかかわらず、自分は正しいことをする「善」の側にいると規定しているため、9条改正を主張する勢力は平和を乱す「悪」だと思い込み、感情的な言葉を使って相手を罵るようなスタンスをとることも珍しくありません。これは「正義の暴走」です。
憲法9条改正の論議が不毛に終わる理由がお分かりいただけたでしょう。そもそも議論が最初からかみ合っていないのです。憲法9条は国際社会では全く通用しません。日本国内で9条を擁護する勢力は一定数存在しますが、それは自己欺瞞の産物に過ぎません。彼らの真の狙いは日本国家の弱体化にあるのだと、広く国民に知らせる啓蒙活動がいま求められています。
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辻 貴之
元公立高校教師。教員時代、平和主義を標榜しながらも攻撃的な姿勢を見せる左翼系組合員の矛盾した言動を目の当たりにし、脳科学や心理学に関心を持つ。現在は「自己欺瞞」や「確証バイアス」といった心理学的アプローチから日本政治の分析を行っている。著書に『民主党政権は、なぜ愚かなのか』(扶桑社新書)、『「憲法9条信者」が日本を壊す』(産経新聞出版)がある。






