新著『国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』(さくら舎)が発売になったが、そのエピローグを短縮して紹介したい。
ユーラシア大陸の逆襲は、西洋(自由主義陣営)の敗北の裏返しである。ここで、あらためて西洋が勝利した歴史と現代の苦悩について論じよう。
四大文明に少し遅れて、ギリシャ文明が興り、アレクサンドロス大王のペルシャ征服で、すでにギリシャ人たちの人間観が中東文明と融合しヘレニズム文明が生まれた。それを土台に、実用的なものにしたのがローマ文明で、諸民族を束ねる宗教となったのがキリスト教だ。イスラム教もユダヤ教とキリスト教から派生したといってよい。
当初、キリスト教文明の中心は古代から文化水準が高くイスラム圏とも交流があった東ローマ帝国だったが、十字軍を通じて西欧の文明化が進んでルネサンスが興り、ノルマン人らの遠洋航海術は海の世界で世界を征服し、キリスト教布教の過程で得た中国の国家制度はイエズス会を通じて近代国家のモデルとなった。西洋の大学など統合的な教育制度は、啓蒙思想や産業革命を生み、民主主義的な傾向を持つ国民国家を生んだ。
こうして、アメリカ独立、フランス革命、英国での議会制民主主義、ドイツやイタリアの統一、帝国主義時代の植民地獲得も経て西洋の優位が確立した。南北戦争後に産業国家となった米国と、明治維新後に文明開化と富国強兵に成功した日本が西欧外からこの陣営に加わった。一方、ロシアと中国、オスマン帝国の覚醒は遅れた。
東西冷戦で東側の力が最大になったのは、1960年ごろだったが、日本が産業政策で混合経済の枠を保ちつつ貿易と資本の自由化に踏み切って高度成長を実現したことは、明治維新に続いて、西洋モデルが有色人種にも適合することを証明した。西洋に大貢献をした一方、ソ連と中国では、戦時や戦後再建に効率的だった共産主義も市場経済を採り入れる必要があったのに、フルシチョフや劉少奇の改革を保守派が潰して失敗した。
1970年代におけるブレジネフの守旧路線や毛沢東の文化大革命の失敗を受けて、ゴルバチョフと鄧小平が改革に乗り出したが、前者は政治的自由化を優先して混乱が広まり、ライバルのロシア大統領エリツィンらがソ連を解体して分け前を手にし、国境管理もできず国際資本の草刈り場になって大惨禍をもたらした。
一方、鄧小平は保守派と民主派のあいだで巧みに遊泳して、経済改革を優先して市民的自由はそこそこ保証するものの、民主化はあとまわしにする路線を成功させた。
西側では世界的な貿易と資本の自由化を進め、さらにEUのような地域統合も実現してとくに生活レベルで急速な改善を見た。EUでは国境を自由に移動できるようになり通貨も統合された。日本でも庶民が牛肉を普通に食べられることなどかつてはなかったのである。また、消費税などのおかげで社会福祉も西欧並みになった。
EUの成功は新規に加入したい国を増やした。また、経済の拡大と少子化は移民を必要とした。あわせて、米国での公民権運動のあおりでもあるが、人種差別の撤廃、旧植民地の人々への道義的な反省、キリスト教離れもあってイスラム教徒が流入した。
冷戦後のEU拡大について、フランスはあまり拡大せずに通貨統合など深化を望み、ドイツは広く薄く拡大することを望んだ。その妥協が広く深い統合であって、EUはギリシャ、ブルガリアやバルト三国にまで及び、難民や移民の流入にひどく寛容になった。
また、ITの発達は、国際金融資本やIT企業に利潤機会を与えたし、国民皆保険と知的財産の保護は医療を巨大市場にした。結果、多国籍企業の活動はますます有利になる一方、制御や徴税したり利益を社会に還元させることは、企業の関係国や安い税金で引きつけようとする国が許さなかった。
その結果が、金融・医療・ITなどの分野への人材集中や貧富の格差の拡大だった。また、環境、男女平等、LGBT、個人情報保護、「家」からの解放など新しい価値が注目され、高度な知識が近代戦では必要だと言う名目で西欧では義務兵役が停止された。これらの価値は道理に合っていたが、急激に進めると社会の安定や、経済コストにおいて失うものも多いのに、それを軽視しすぎたように思う。
これらの要求はすぐれて党派的な利害と関係していた。たとえば、ニューヨークやシリコンバレーの女性たちは、高い収入を得ているが、大都市の生活コスト(地価や労賃)で収入の多くを奪われる。そこで移民を入れ、ベビーシッターなどは不法移民に頼った。その結果、ニューヨークなどではエリート層と移民が民主党に投票するし、民主党は票田である彼らに有利な政策をとりがちになった。
怒ったのは、白人の庶民で、移民に排他的な政策を掲げる極右ポピュリストに投票するようになる。20世紀になって日本は経済的にはさんざんだったが、政治的な安定は確保されていた。自民党が小泉純一郎や安倍晋三のような保守的リーダーを擁し、ほどほどに保守派を気分的に満足させつつ、連立与党である公明党がブレーキ役とか庶民への配慮を確保する絶妙のバランスが確保されていたからだ。
だが、仏独などでは、RNとかAfdといった極右政党が台頭し、これに対して中道右派が防火壁(ファイアーウォール)を設けて、連立もよく似た政策も元党員の鞍替えも拒否したので、彼らは切り崩されることなく成長し、ドイツでは20%に迫り、フランスでは30%を超えて大統領の椅子まで狙えるところまで来た。
米国では予備選による大統領候補選びの弊害から左右ともに急進リベラルと極右系の大統領候補同士で大統領を争い極端な政策を連発して社会は分断を深めた。これでは、かつてのように、民主主義を確立し、国際法秩序を尊重し、自由経済を推進したら明るい未来が実現するといえるわけがない。
中国は、かつては、いずれ民主化するようなことを言っていたが、いまは、「いろいろな政体を試したが『特色ある中国の社会主義』こそ最善」と言っているが、1990年代に日本の8分の1しかなかったGDPが4.5倍になり、一人あたりでも2.5倍にまで迫っているのでは日本が良い見本にならない。

近年発展著しかった中国 Orientfootage/iStock
ただ、習近平が予定通り10年で退いても支障がなかったはずだが、長期政権にしただけに後継者へソフトランディングできるか心配だ。
ロシアは、プーチンが指導者になって四半世紀、自由選挙の建前は維持されているものの強権支配だが、財政健全化に成功し、農業とエネルギーの輸出国になり、キリスト教的な伝統的価値観を尊重した社会を維持し平均寿命なども伸びている。
ウクライナ紛争では、法的にはロシアが間違っているが、欧米が十字軍的に歴史的な勢力圏を崩してNATOやEUを拡大し続けたことが遠因であるし、ウクライナもロシアへ挑発的すぎた。ウクライナやEUの安心は、ロシアに安心を与えるような秩序を提案しないと実現しないのであって、交渉にもっと積極的であるべきだと思う。
インドはモディ首相という卓越した指導者のもとで、順調な成長軌道に乗ったように見える。ただ、後継者に同様の力量を求められるかは不安だ。中東では、イスラエルの存立を保証することが米国にとって最大の目標であり、しかも、ネタニエフ首相らの欲望は留まることを知らない。
現在の世界情勢をみたら、中国、ロシア、インド、中東のほうがよほど西側先進国より明るい将来が期待できる。中国とインドだけで世界の人口の半分近くで、テクノロジーも世界のトップに追いついたのであるから、世界はこの中印が経済の中心である時代にもどったということだ。ロシアは人口規模は小さいが、軍事大国であるのみならず、資源大国だし、社会も馬賊的後進性から脱出したようだ。
まともな民主主義国が皆無の中東はイスラエルとの不毛の戦いが終われば、自ずから近代化に向かうのではないか。そして、このグローバルサウスの4地域は向いている方向が似ているので関係を強化していくだろう。
欧米は選挙制度の改革も含めて、左右の不毛の対立を克服しさえすればまだまだ世界文明を主導してきた蓄積があるし、ソフトやハードの蓄積は比肩するものがない。また、英語など西欧語が世界共通言語として使われる強みもある。外交政策では十字軍的な使命感から脱却すべきだ。ロシアなど正教圏を狭めるとか、エルサレムを神の国にしたいなどという妄想は捨てることだ。欧米はロシアとの宗教戦争とイスラエル支援で多くのことを台無しにしている。
そして日本はといえば、1990年から2025年までの一世代35年間で、日本が主要国最低の経済成長で中国が世界最高だったことを素直に理解すべきだ。単純にいえば我々現役世代の日本人は世界最低の国民だったということだ。
マクロ経済政策は短期の景気循環を上手に制御するもので、長期的な経済成長に寄与しない。小規模農業や延命医療や限界集落の維持に支出しても元が取れるはずがない。健全財政こそ経済成長の基礎だし、財政赤字では戦争もできない。
産業の競争力があると思える理由は何もない。ゾンビ企業ばかり生き残り、起業の環境はよくない。とはいえ、まだ栄光の遺伝子くらいは残っている。理系人材を増やし処遇すること、そのなかで、医学部でなくITなどの分野に人材を振り向けること、語学力など国際コミュニケーション能力を高めるくらいはしてほしい。
外交では、欧米との同盟は引き続き維持すればいいが、中東、ウクライナなどの紛争では直接の利害当事者でないのだから、仲介役としての役割ができないはずはないし、安倍首相ならしていただろう。いまの日本外交は、ヨーロッパほどでないが米国より親ウクライナでパレスチナには米国ほど出ないが西欧よりも冷たい。
インドとはとくに問題はないが、互いの人的な交流を深めることがすべての基礎になると思う。中国依存を少なくともリスクヘッジとして代替できるのはインドしかない。
これから日本が競争力を確実に持てるのは、観光と不動産しかないと思う。観光は経済が衰退していく国では、かつての繁栄が残してくれた財産から得られる収入源だ。英国でも英国病でどん底のころから観光に力を入れ、それが再生への財源にもなった。
パリの高級ホテルやレストランや高級住宅は外国人が所有し、その資金力で良質なメンテナンスができている。インバウンドや外国人の不動産投資を嫌がったら、日本は何で食べていくつもりか。外国人の投資、観光客、不動産取得がなければ現在の都市インフラの維持もできるはずがない。
もう中国を抜き返すとかいうのは、200年くらいは無理だと思うし、中国と欧米の仲介者としての立ち位置を確保するほうが現実的だと思うが、安全でインフラが整って生活の質が良い国として生きつつ、産業もほどほどに得意分野を確保するのは可能かと思う。
欧米もそうだが、日本は死に物狂いで経済を再建するべきだ。民主主義の結果、衰退していく国になっているというのでは、中国を良い方向に導くことはできない。
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【目次】
第1章 文明の源流と民族奥亡が紡いだ古代ユーラシアの大地図
第2章 大航海、新帝国、革命が形づくった近代ユーラシアの再構築
第3章 ユダヤ・イスラーム・ギリシアの世界が形づくった中東の文明圏
第4章 ロシアとウクライナを形づくった千年の興亡史
第5章 インド文明を形づくった大地・民族・宗教の多層史
第6章 王朝・民族・地政学で読み解く東アジア世界の歴史構造







