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(前回:資産は増えてるのに、なぜかホッとできない件について)
Aさんの話をしよう。老後資金のためにNISAを始めようと思った。最初は「少額でもいいから、長く続けられればいいよね」——穏やかな気持ちだった。
なのにSNSを開いた瞬間、雲行きが怪しくなる。「この銘柄は将来性がある」「いや手数料が安いのはこっち」「分散しないのは危険」。次々押し寄せてくる。不安になってブログを読み漁り、比較表まで自作し、証券会社のサイトを何度も開く。「ここまで調べたんだから大丈夫」——そう思えた瞬間、少しだけ胸が軽くなる。
……のも束の間。数日後、「その選び方、もう古いですよ」という投稿が目に入る。え、私の選択、間違ってた? また調べ直す。口座残高は着実に増えているのに、心の中はちっとも落ち着かない。これが「不安通貨」が増えている状態だ。これ、Aさんだけの話じゃない。あなたも同じループにハマったことがあるはずだ。
安心するための行動が、次の不安を連れてくる。将来への不安が生まれると、人はそれを消そうとして動く。情報を集める。正解を探す。すると一瞬、「やることはやった」という安心が訪れる。でもそれは、不安を根っこから解消した安心じゃない。ただの気休めだ。
しかも厄介なことに、情報収集そのものが新しい不安を連れてくる。せっかく不安を消すための行動をしたのに、次の不安を呼び込んでしまう。数字の上では何の問題もないのに、心の余裕だけがどんどん目減りしていく。「ちゃんとやっているのに安心できない」——あの状態の正体は、これだ。
なんでこんなことになるのか。答えはSNSにある、と言い切っていいと思う。調べれば調べるほど情報は出てくる。それでも迷いが消えないのはなぜか。知識が増えるほど、他人の基準で自分を判断する場面が増えるからだ。
心理学に「社会的比較」という言葉がある。アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した理論で、人は自分の能力や意見を他人と比較することで自己評価を行う、という話だ。学校の偏差値なんかが分かりやすい例だろう。これ自体は自然な心の働きだが、SNSのせいで比較の相手と頻度が爆発的に増えた。これが問題をでかくしている。
昔は、比較の対象なんて身近な友人か同僚くらいだった。今はスマホを開くだけで、無数の人間の「成功の断片」が飛び込んでくる。誰かの投資成績。華やかなお金の使い方。それを見た瞬間、頭の中で勝手にこの処理が始まる。「自分はこのままでいいのか」。この思考、実は判断力を消耗し、満足感を下げ、不安を増やす。名付けるなら「比較コスト」というところか。
こうして動いたお金は、自分の願いや価値観から出たものじゃない。他人との比較から生まれたお金だ。安心をもたらすどころか、次の比較を呼び、次の不安を招き入れる。
じゃあ、なんでこんなに比較に弱いのか。人間の脳は、長い進化の過程で「危機を避けること」を最優先に発達してきた。原始時代、わずかな危険にも警戒するほうが生き延びる確率は高かった。だから脳は、安心よりも先に不安を強く感じるようにできている。心理学ではこれを「ネガティビティ・バイアス」と呼ぶ。
この特性を示したのが、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーの「プロスペクト理論」だ。人は同じ金額の利得と損失を比べたとき、損失のほうを大きく感じる。その差、おおよそ2倍以上とも言われている。
つまり、得する喜びより損する不安のほうがはるかに大きい。「幸せになりたい」より「損をしたくない」——人はこっちに強く突き動かされる。比較をやめられないのは、意志が弱いからじゃない。脳がそもそもそういう設計になっている。知っておいて、損はないはずだ。
※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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「不安通貨」(櫻井かすみ著)Gakken
■ 採点結果
【基礎点】 42点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】 20点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】 18点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【80点/100点】
■ 評価ランク ★★★☆ 水準以上の良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】
「不安通貨」「幸せ通貨」という独自概念:資産の増減という数字ではなく、お金にまとわりつく感情そのものに着目した造語を軸に据えており、既存の家計・貯蓄本とは異なる切り口を持つ。
具体例の生々しさ:スーパーでの鶏肉の産地選び、子どものテーマパーク、Aさんの投資エピソードなど、読者が自分の日常に重ね合わせやすい場面設定がなされている。
心理学・行動経済学による裏付け:社会的比較(フェスティンガー)、ネガティビティ・バイアス、プロスペクト理論(カーネマン=トベルスキー)といった学術的根拠を提示し、単なる精神論に終わらせていない。
SNS時代への接続:比較対象が身近な人間関係から無数の他者へと拡張した現代的な文脈を踏まえており、テーマの今日性・訴求力がある。
【課題・改善点】
具体的な処方箋の不足:不安通貨が生まれる構造の分析は丁寧だが、では「幸せ通貨」へどう転換するのか、実践的な行動指針や手順への言及がコラム内では限定的。
構成のやや平板な反復:「不安が生まれる→行動する→また不安になる」というループ構造の説明が複数箇所で類似したパターンを繰り返しており、テンポの単調さが生じている。
エピソードの検証可能性:Aさんの事例など個人の体験談が中心で、一般化・裏付けとなるデータの厚みという点では一部に留まっている。
■ 総評
「不安通貨」と「幸せ通貨」という対概念を軸に、お金の使い方にまとわりつく感情の正体を、日常の具体例と心理学的知見の両輪で解き明かす構成は説得力があり、現代のSNS環境における比較不安という時流も的確に捉えている。一方で、読後に読者が具体的に何をすればよいかという実践面の提示がやや弱く、循環構造の説明にも重複感が見られる点が今後の推敲余地といえる。








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