天皇はいかに物語られてきたか

池田 信夫

天皇はほとんどの日本人には関心のない存在だが、昨今の国会の騒ぎをみると、いまだに一部の人が執着しているようだ。本書で「いかに物語られてきたか」と問う「日本史」も、ほとんどは天皇の物語である。

日本史はいかに物語られてきたか(新潮選書)
河野有理
新潮社
2026-05-21
★★★★☆

天皇は明治以来、いろいろな物語の主人公になってきた。その戦前の代表が、なぜか本書の最後に出てくる平泉澄である。彼は東大の国史学科教授として皇国史観の第一人者だったが、戦後は公職追放となった。

平泉が1970年に出版した『物語日本史』は、明治の国定教科書のように天照大神などの「神代」から始まり、神武天皇に始まる天皇家の「皇紀」を中心として皇国史観を語る。しかし彼がそれを史実として信じていたわけではない。日本書記の記述には「無理がある」と認めている。

ではなぜ平泉は、このような史実に反する物語を語ったのか。彼は西洋に対抗して発展してゆく大日本帝国を支える皇国史観という歴史神学を求めたのだ。それはカール・シュミットが「政治神学」の哲学者としてナチスに殉じたのと似ている。皇国史観は「国体」を根拠づけ、国民を戦争に動員するための物語だった。

このように純粋な皇国史観は、今はない。本書の最初に出てくる『日本国紀』は、平泉の格調高い物語をネットの切り貼りで通俗化したものだ。それは歴史学の実証主義に妥協して万世一系も否定し、無味乾燥でつまらない。保守派には、かつてはマルクス主義の「自虐史観」を批判する物語があったが、今はその敵がいなくなって「史観」を失ったのだ。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    記事の指摘は鋭い。

    「歴史」と「史観」を、ごちゃまぜにしているように見えますね。
    ◆「歴史学」:「本当に何があったのか」を調べる学問です。
    ◆「史観」:ものの見方・考え方のわく組みの。
    史観は、数学のように「正解はこれ一つ!」と証明できるものではありません。
    ところが記事は、史観をまるで「事実に合っているかどうか」で点数をつけられるもののように書いています。
    これはちょっと変だと思います。
    たとえば、詩のうつくしさを「文法がまちがっていないか」だけで決めるのはおかしいですよね。

    それに、もし「国の正しさは科学(証拠)で証明できなきゃダメだ」と言うなら、こまったことになります。
    たとえば外国には、「モーゼが海を真っ二つに割った」という物語を大事にしているバチカンがあります。
    でも、だからといって「その物語には意味がない」とは言えないはずです。
    物語には、人々の心を一つにする力があるからです。

    それと保守派が史観を失ったと言うなら、保守派以外の人たちは、立派な史観を持っているのでしょうかね。気になりました。

    まとめると、「事実をたしかめる歴史学」と「史観」は、もともと種類のちがうものです。
    この二つをきちんと分けて考えること――それがいちばん大事だと思いました。

    弥生土器を使って竪穴住居に住んでた時代なんか「歴史」って概念があったかも怪しい。
    その時代でよくわからんとかでも全然問題ないとおもうんだがね