ドイツの首都ベルリンのカイ・ヴェーグナー市長といえば、ベルリン市ミッテ区の公有地に設置されていた旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する「少女像」の撤去に向け、日本側の立場を擁護して問題の解決に尽力した政治家として日本のメディアでも知られている。

ベルリンのカイ・ヴェーグナー市長、CDU公式サイトから
そのヴェーグナー市長が10日、今秋に実施されるベルリン市(特別州)議会選挙で所属する与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の筆頭候補者として出馬しないことを明らかにしたのだ。同市長は2023年に実施された再選挙で得票率約28%を獲得して1999年以来ベルリンで君臨してきた社会民主党を破り、第1党に復帰して市長職に就任したばかりだ。市長としてまだ3年余りしか働いていない。年齢的にも53歳とまだ若い。何があったのか。
市長は生粋のベルリン子だ。その市長がどうして選挙から身を引くのだろうか。同市長は「ここ数日で気づいたことだが、重要な課題について私の主張がもはや市民の心に届かなくなった」と語る。そして「別の話題が他のすべてを覆い隠してしまっているのだ」と説明するのだ。
「別の話題」とはベルリン市民ならば誰もが知っている。ドイツの首都ベルリン南西部で新年早々の今年1月3日の朝、4万5000世帯と2200の事業所が停電に見舞われた。ヴェーグナー市長によると、停電の影響を受けた人は約10万人に上る。ベルリン市は同月4日に非常事態を宣言した。冬の寒さのため、電力復旧作業は遅々として進まず、多くの世帯が停電のために暖房も使えなくなった。
7800人の警察官が住民の支援と保護のために派遣され、隣接するブランデンブルク州からも支援隊1500人が動員された。消防署と連邦技術支援庁(THW)は、ノルトライン=ヴェストファーレン州からの支援を含め、2500人以上の人員を現場に派遣した。ドイツ連邦軍(Bundeswehr)も支援に乗り出した。1月7日になって全世帯への電力供給が復旧した。
左翼過激派グループ「火山グループ」が犯行声明を発表した。同グループは2011年以降、主にベルリンとブランデンブルクで公共インフラへの放火を繰り返している左翼過激派だ。 今回、4日間の停電となり、影響を受けたベルリン市民は寒さの中、電気のない大規模停電(ブラックアウト)を強いられた。自宅ではなく、避難所に宿泊した市民がカリタスらの慈善団体が用意したスープなど温かい飲食物を受け取っているシーンがニュース番組で放映されていた。
ここまでの話ならば、ベルリン市長の過失が問われたり、辞任に追い込まれる事件とは思えない。問題は、ベルリン市民が停電で苦闘していた時、ヴェーグナー市長は女性と1時間あまりテニスをしていた、ということが明らかになったのだ。メディアから激しいバッシングが始まった。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは、「壊滅的な停電の最中、ウェーグナー市長は凍えるベルリン市民にろうそくを配る代わりに、数球のボールを打っていた」と報じた。それだけではない。メディアから「停電中、あなたは何をしていたのか」と追及された時、市長は「自宅オフィスに閉じこもって仕事していた」と虚言したのだ。事の真相が明らかになり、ヴェーグナー市長は説明に窮した。
同市長は後日、「コミュニケーション上のミスがあったことは事実だ。失敗だった」と述べている。しかし、事の核心部分(危機管理のマネージメントなど)については、「自分を責めるべき点は何もない」と主張する。しかし、ベルリン市民は市長の話を信じなくなったのだ。これが市長の再選出馬の断念と繋がったというのだ。政治家としてはもはや別の選択肢がないのだ。
投票日まで2か月余りとなった。ヴェーグナー市長の辞任表明を受け、CDUは新たな筆頭候補者探しとなり、財務担当参事官のシュテファン・エヴァース氏(46)を擁立し、13日の党会議で正式に任命する運びとなった。ヴェーグナー氏は新しい市長が誕生するまでその職務を続けるという。
ベルリン市でのCDUの支持率は低迷し、直近の調査では支持率17%で「左翼党(Die Linke)」、「緑の党」、「AfD(ドイツのための選択肢)」の後塵を拝し、4位に転落している。州議会はCDUとSPD(社会民主党)との連立政権だが、すでに過半数を失っている。
世論調査での支持率が最近17%にまで低下したこともあり、CDU党内には動揺が広がっている。ウェーグナー市長は、CDU党員から辞任を強く求める公開書簡を受け取っている。
同公開書簡では「ヴェーグナー氏の行動が民主主義に対する国民の信頼を脅かすものだ。彼が職にとどまる日が1日増えるごとに、『トップに立つ人間はどうせ真実を語らない』と主張する人々の言い分を裏付けることになってしまう。CDUの一員として、そのような事態を許すわけにはいかない」と記述されている。メディアから通称「テニス・ゲート」と呼ばれるブラックアウト時のテニスはヴェーグナー市長の政治生命を奪い去ろうとしている。

Leonardo Patrizi/iStock
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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