
2026年7月3日、大阪府・大阪市は、大阪・関西万博の跡地となる夢洲第2期区域の開発事業者募集を開始した。対象は会場中心部の約42ヘクタール。売却を基本に、来年2月ごろには開発事業予定者が決まる見通しである。方向性は国際観光拠点であり、ホテルやリゾートを軸とした開発が有力視されている。
その是非を、ここで論じるつもりはない。ただ、あの土地の使い方について、私は万博の閉幕前から一つの提案をしており、2025年には賛同の署名も募った。高齢者医療を核とした、全世代型の町を作るという提案である。
実は、この構想図は万博の開催前に描いていた。後から、大屋根リングが出来た。私には、大屋根リングが自分の構想図そのものに見えた。

大規模ケアキャンパス構想図
筆者作成
順を追って説明したい。
なぜ「施設」ではなく「町」なのか
私は精神科医として、認知症診療や高齢者施設の現場に関わっている。そこで繰り返し見る光景がある。本人は「老人ホームには入りたくない」と言う。家族も、親を施設へ入れることに罪悪感を持つ。
なぜか。人は効率だけでは動かないからだ。長く暮らした家を離れ、知らない人ばかりの施設へ入る。それを「効率的だから」「安全だから」と説明されても、入りたいと思う人はいない。
人が求めているのは、人とのつながりだ。特に高齢になるほど、家族とのつながりが疎遠になることを恐れるのは当然のことだ。
現在の高齢者施設は、高齢者だけを一か所に集め、若者や子どもの生活から切り離す形になりやすい。高齢者は介護を受ける人、若者は介護を担う人として、世代が分断される。だから「姥捨て山」と忌避されるわけだ。
しかし、高齢者だけを集めるのではなく、そこが、子ども、若者、現役世代、高齢者が自然と集まる生活拠点であればどうか。その中に医療と介護も含まれる。そのような場所であれば、高齢者もむしろ進んで入りたいと思い、家族も入ってほしいと願うはずだ。
私は、この全世代型の生活拠点を「大規模ケアキャンパス」と名付け、提案している。巨大な高齢者収容施設ではなく、医療、介護、住居、商業、娯楽を一つの連環として結ぶ、全世代型の小さな町である。
円形の町
想定している理想的な大規模ケアキャンパスの構成は、二次救急病院、老人ホーム、温泉宿泊施設、ショッピングモール、屋内アミューズメント施設がこの順に円形に並んで繋がっており、その中央に大きな広場がある、というものだ。冒頭の構想図が、それである。
意味を一つずつ説明しよう。
なぜ二次救急病院なのか
まず、二次救急病院があることが一つの核である。「住み慣れた家で最期を」と願っても、最後は救急車で搬送される、ということは往々にしてある。これは戸建てでも老人ホームでもあまり変わらない。
一般の人は、理屈では理解しても本当の終末期を見ることは少なく、実態がどうなっているか想像ができていないことが多い。そのため、いざ家族が命の危険がある、と思った時に、これは治る状態なのか、もう看取る時期なのか、判断がつきにくい。自宅や施設で健康状態が急変した場合、念のため、万が一のため、という意図で救急搬送を依頼する、という心情は理解できる。
また施設スタッフや訪問介護、訪問看護スタッフでも同じような事態になる。急変が起こっても病院ではないので十分な医療は提供しづらい。特に、今の日本では医師以外には医療行為の権限はとても少ない。その場で自分の判断で対処するということは難しい。結果的に、救急搬送が最適解となってしまう。
では、医師が往診、訪問診療すればよいのではないか、と思うがそれも困難が多い。そもそも今の高齢者全てに往診できる医師数はいない。訪問診療では24時間体制で対応することが推奨されているが、現実問題、体制確保は難しい。さらに、訪問できたとしても、そこで対応可能な病態とは限らない。あるいは、医師がその場所で看取りが適切、と判断したとしても家族がそれで納得できるとも限らない。結果、家族の不安を考慮して救急搬送する、という状況はしばしば起こりうる。
これが、在宅や施設の看取りをめぐる現実である。
だからこそ、すぐ横に二次救急病院があることが重要になる。急変が起こった、病院へ搬送、と思っても救急車を呼ぶ必要がない。すぐ横に病院があるからだ。ベッドや車椅子で運べば済む。しかも救急病院には、必ず医師が常駐している。隣接していれば、電話やオンラインで家族やスタッフから状況を聞き、必要な時には医師の方から診に行く体制も組みやすい。比較的軽い状態と判断すれば、自らその場へ行った方が早いこともあるだろう。少しだけ離れた病棟に入院している患者を診に行く感覚に近い。
そして「二次」救急病院であることもポイントだ。
救急病院は大きく分けると3段階ある。医療制度上の正確な定義は省き、大雑把なイメージで説明しよう。
より高度な医療を行うのが三次救急である。ドラマに描かれるような救急病院がこの三次救急病院である。
一次救急は外来の救急診療だ。夜間にも診てもらえる急病診療所などが典型的である。
そして二次救急はちょうどその中間である。
激しい交通外傷、重症の脳梗塞、心筋梗塞などは三次救急に任せるしかないが、比較的軽い交通事故、肺炎などは二次救急病院でも診ることができる。そして、いったん搬送を受け入れた後でも、重症でその病院では手に負えないと判断すれば、三次救急病院に搬送するトリアージ機能もある。
つまり、この大規模ケアキャンパスに最適な病院が二次救急病院なのである。
高齢者は容易に体調が悪くなる。しかし、それが必ずしも短時間で命に直結する状態とは限らない。典型的なものが誤嚥性肺炎だ。高齢者は嚥下機能が低下しがちなので、食事を誤嚥して肺炎になる。放置すれば致命的だが、多くの場合、酸素投与や抗菌薬の点滴で対応でき、二次救急病院で十分に完結する。他にも、高齢者には脱水、尿路感染症、心不全の悪化なども多い。それらに対応できる病院が老人ホームに併設されていれば、とても安心だ。
できれば整形外科の手術、リハビリも対応できることが望ましい。高齢者は転倒して大腿骨骨折を起こすことが多い。その時に、隣の病院で手術ができれば搬送が不要である。リハビリまでできれば退院まで移動する必要もない。治療が概ね終わればすぐ横に住居があるので容易に退院できる。そして退院後の外来診療も簡単にできる。
全ての病態をこの病院で治療しないといけないわけではない。対応困難な病状なら三次救急病院に搬送すれば良い。それも、家族や施設スタッフがいきなり救急要請するよりはより適切な振り分けができるはずである。医療資源の効率化としても相応しい。
もちろん、ケアキャンパス外の一般の人の診療も診ることができる。周辺住民にとっても安心だ。それが二次救急病院の目的でもある。
このように、二次救急病院の設置が大規模ケアキャンパス成立のための一つの鍵となる。
では、病院の隣に、なぜ温泉と宿泊施設が要るのか。町の残りの要素と、これをどう実現するのかは、後編で述べる。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2025年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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