高齢者の財産を守れない三つの穴:家族にできる介護の自衛策

(前回:盗まれた梨には怒れても、老人の切手には怒れないのか?

前編で、私は祖父母の財産が介護の陰で消えた話を書いた。要介護5の祖父から切手も古銭も金時計も奪われ、「頂いた」と言い張られ、事業者は突然、事業所を閉鎖して逃げた。多くの読者が、こう思ったはずだ。なぜ、こんなことが止められなかったのか、と。

盗まれた梨には怒れても、老人の切手には怒れないのか?
うきは市の農園から、収穫直前の梨が5,000個盗まれた。前年にも6,000個。会社を畳んで個人で再起を図った矢先に起きた、2度目の被害である。「もう梨は辞めます」という農家の言葉に、私も反射的に思った。こういう犯人は厳罰でいい、と。だが、「...

答えは残酷だ。祖父を守るはずの制度は三つあった。それでも、穴が空いていた。

一つ目は、成年後見制度である。認知症などで判断力を失った人の財産を、家庭裁判所が選んだ後見人が管理する。本来なら、祖父の財産はこの仕組みで守られるはずだった。だが、我が家は使っていなかった。そして、それは特別なことではない。

令和7年末時点の利用者は約26万人。判断力が不十分とされる人は、推計でおよそ1,300万人に上る。制度が届いているのは、そのわずか2%ほどにすぎない。

なぜ届かないのか。費用と手間である。専門職が後見人につけば、報酬は月2~6万円。しかも、原則として本人が亡くなるまで続く。10年で数百万円になる。手続きも重く、いったん始めれば簡単にはやめられない。かつて後見人の9割は親族だったが、今や親族が選ばれるのは2割を切る。

使いにくさは政府も認めるところで、令和8年には、始めたら原則としてやめられない仕組みを見直す民法改正案が国会に提出された。だが、それが根付くには、なお時間がかかる。今この瞬間も、制度はあるのに、多くの家庭にとって現実的な選択肢になっていない。

ここから、家族にできる一つ目の自衛策が見えてくる。判断力があるうちに動くことだ。本人がまだ意思を示せる段階なら、任意後見や家族信託、金銭管理の取り決めができる。判断力を失ってからでは、選べる手立ては一気に狭まる。「まだ元気だから」と先送りにした時間が、後で最も高くつく。

二つ目の制度は、行政による監督だ。介護事業者は指定制で、不正があれば、自治体は指定の効力の停止や取り消しができる。高齢者虐待防止法は、虐待を発見した者に通報義務も課している。止める仕組みは、確かにある。だが、前編で書いたとおり、悪質な事業者は処分を待たず、自ら店を畳んで消える。行政が動くより早く、蒸発してしまう。

だから、二つ目の自衛策は「利用する前に調べる」ことになる。厚生労働省の「介護サービス情報公表システム」では、全国の事業所の情報を誰でも無料で検索・比較できる。見るべきは、飾り立てたうたい文句ではない。前年の採用者数と退職者数、つまり職員がどれだけ入れ替わっているか。従業者の経験年数。苦情や相談を受け付ける窓口が、実際に整えられているか。

令和6年度からは財務諸表の掲載も義務付けられたため、経営が傾いていないかもうかがえる。人がすぐに辞め、経営が苦しい事業所ほど、現場に目が行き届かなくなる。加えて、過去に行政処分を受けた事業者については、多くの自治体がホームページで公表している。契約してからでは遅い。名前を検索する数分の手間が、後の悲劇を防ぐ。

そして三つ目。これは制度以前に、訪問介護という形そのものが抱える穴だ。ヘルパーと高齢者が1対1で向き合う現場には、目撃者がいない。だからこそ、入浴させたという虚偽の記録も、財産が消えていく事態も、気づかれないまま進行する。密室は、それ自体が温床になる。

ここで家族が取れる自衛策は、地味だが効果がある。まず、記録と実態を突き合わせることだ。毎日入浴したと書いてあるなら、髪や爪、匂いで確かめられる。曜日を変えて抜き打ちで訪問し、複数の目で確認する。そして、金の流れを見えるようにしておく。通帳の動きを定期的に確認し、身に覚えのない出金がないか目を光らせる。現金、通帳、印鑑、貴重品は本人の家に置かず、家族や専門職が管理する。もし「これは頂いたものです」という説明が出てきたら、その時点で赤信号だと考えてよい。

異変を感じたら、抱え込まずに相談できる先がある。地域包括支援センター、自治体の高齢者虐待の通報窓口、そして警察だ。刑事事件として立件するのが難しくても、行政が事業者を調べる糸口にはなる。相談は口頭で終わらせず、日付とともに記録に残しておくこと。それが、逃げ得を許さない最初の一歩になる。

――ここまで書いて、私は自分の書いていることの後味の悪さに気づく。結局、これは「家族が気をつけろ」という話に着地してしまう。だが本来、判断力を失った人を守るのは、社会の側の責任のはずだ。梨泥棒の話で、私は「厳罰化より逃げ道を塞げ」と書いた。介護も同じである。家族の自衛は、あくまで穴が空いている間の応急処置にすぎない。塞ぐべきは、制度の側の穴だ。

それでも、応急処置は要る。次に「消えた財産」を悔やむのが、あなたの家族でないために。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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