2月の衆院選で圧勝し、「高市1強」とまでいわれた高市政権の風景が、わずか半年足らずで変わり始めた。政権基盤を支えてきた内閣支持率は下落し、看板政策である消費減税は党内調整さえ進まない。
日本維新の会との連立を優先する国会運営には、自民党内からも不満が噴き出している。議席だけを見れば、高市政権は依然として強いが、支持率、政策遂行力、党内統治という3つの柱が同時に揺らいでいる。その姿は、早くも政権末期の様相を帯びてきた。

支持率急落は一時的な誤差ではない
毎日新聞の7月18、19日の世論調査では、内閣支持率が前月の51%から41%へ10ポイント急落し、不支持率44%が初めて支持率を上回った。ANNの同時期の調査でも支持率は10.9ポイント下落して49.2%となり、政権発足後初めて5割を割った。調査方法によって水準には差があるものの、FNNでも支持率は3カ月連続で低下し、発足直後の75.4%から61.6%まで下がっている。
問題は、単に数字が下がったことではない。複数の調査で同じ方向への変化が出ていることだ。高市内閣の高支持率は、政策の実績よりも「はっきり物を言う」「何かを変えてくれそうだ」という首相個人への期待に支えられていた。その期待が剥がれ始めると、政権を支える材料がほとんど残っていない。
消費減税を掲げた本人が党を動かせない
支持率低下の最大の原因は、国民が求める政策と政権が力を入れる政策とのずれにある。高市首相は衆院選で飲食料品の消費減税を掲げた。しかし、選挙から約5カ月が過ぎても、実施方法どころか実務者協議の中間取りまとめさえできていない。
ロイターによると、自民党の小野寺五典税制調査会長は、消費減税での合意形成が困難だと首相に繰り返し伝えた。それでも高市首相が協議の継続にこだわったため、当初6月中を予定していた取りまとめが大幅に遅れたという。
これは「慎重に議論している」のではない。首相と党の税制部門が、政策の現実性について意思疎通できていないのだ。首相は減税を言い、税調は難しいと言い、幹部は別の給付付き税額控除を進める。党内がバラバラなため、結局は何も決まらない。看板政策を掲げた本人が自党を動かせないのでは、リーダーシップを語る以前の問題だ。
維新への義理で国会を振り回す
その一方で、高市政権が国会終盤に力を注いだのが、維新肝煎りの副首都法案だった。この法案には当初、自民党内から反対意見が続出した。6月の党内協議では、責任者が「賛成する意見は一つもなかった」と認めるほどだった。大阪市を廃止する大阪都構想につながりかねないとして、自民党大阪府連などが強く反発したためである。
ところが高市首相は、維新との連立合意を優先して成立を急がせた。会期を延長し、多数派工作まで行って法案を押し通した結果、政府・与党内からも「国民生活に直結する物価高対策より、高市カラーや維新との約束を優先した」との見方が出た。自民党のベテラン議員からは「リーダーシップが見えなかった」との声まで上がっている。
自民党議員が納得していない法案を、維新との関係維持のために成立させる。これは連立政権の結束ではない。首相が自民党をまとめられず、維新に引きずられているだけである。
「説明しない政治」が信頼を失わせた
国会運営にも問題が多い。2025年の自民党総裁選などで、高市陣営が対立候補を中傷する動画の作成に関与したのではないかとの疑惑が報じられた。高市首相は関与を否定しているが、秘書と動画作成者のやり取りとされる音声などを巡り、説明は二転三転した。JNNの7月調査では、首相の対応に「納得できない」と答えた人が51%に達する。
高市首相は長時間働いていることや、睡眠時間を削って資料を読んでいることを強調する。しかし、有権者が首相に求めているのは努力量の自己申告ではない。疑惑には明確に答え、党内をまとめ、物価高に対して結果を出すことだ。「一生懸命やっているのだから支持してほしい」という段階に入った政権は危うい。
多数議席でも政権は末期になる
もちろん、高市内閣が直ちに退陣するとは限らない。自民党は衆議院で圧倒的な議席を持ち、野党に政権を倒す力はないが、政権末期とは必ずしも議席を失った状態を意味しない。
首相の支持率が下がり、党内で政策がまとまらず、連立相手への配慮で国会運営が迷走し、疑惑への説明も国民に届かない。首相の指示が組織を動かさず、政策の結果にもつながらなくなった時点で、政権は実質的な末期に入っている。
高市首相は「強いリーダー」というイメージで政権を築いた。ところが現在見えているのは、消費減税を決められず、自民党を説得できず、維新の要求に振り回される姿である。支持率という追い風が止まれば、「高市1強」は驚くほど簡単に崩れる。
高市政権に必要なのは、新しいスローガンでも忙しさのアピールでもない。国民生活に直結する政策を決定し、自らの言葉で説明する統治能力である。それが示せなければ、2月の圧勝は高市政権の絶頂ではなく、終わりの始まりだったことになる。







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