また一人、「昭和」という時代そのもののような女優が旅立ちました。劇団新派の女優、水谷八重子さんが8月28日、肺炎のため亡くなりました。87歳でした。
水谷さんの最後の舞台は2025年2月、京都・南座の新派喜劇公演「三婆」でした。87歳まで舞台に立ち続けたのですから、まさに生涯現役です。

日刊スポーツ
映画もテレビも舞台も歌もやった時代
水谷さんは1939年生まれ。父は歌舞伎俳優の14代目守田勘弥、母は昭和を代表する新派女優の初代水谷八重子という、筋金入りの芸能一家でした。
1955年、16歳で「水谷良重」として歌舞伎座の新派公演で初舞台を踏み、同じ月にはジャズ歌手としてもデビューしました。映画では「青い山脈」「座頭市物語」「悪名」などに出演し、テレビでも活躍しました。
今なら「女優が歌手デビュー」「歌手が映画初主演」だけでもニュースになりますが、当時のスターは、映画も舞台もテレビも歌もやりました。1995年には母の名跡を継いで2代目水谷八重子を襲名し、新派を代表する女優として舞台に立ち続けました。
昭和のスターの訃報が続く
今年の夏は、昭和の芸能界を知る人にとって、少々寂しい季節になりました。8月3日には、元宝塚歌劇団星組トップスターで女優の寿美花代さんが94歳で亡くなりました。7日には、「君の名は」で一世を風靡した岸惠子さんが93歳で亡くなりました。
さらに小川真由美さんが今年3月に亡くなっていたことも報じられ、6月には中村玉緒さんも亡くなっています。
訃報が重なったのは偶然ですが、これだけ名前が並ぶと「昭和の芸能界」という一つの巨大な建物が、少しずつ解体されているようにも見えてきます。そして不思議なのは、彼女たちがいなくなった後、その場所を埋める人があまり見当たらないことです。
テレビの視聴率が30%、40%で、日本中が同じドラマを見て、同じ歌番組を見て、同じ俳優の話をしていました。今はNetflixを見る人がいます。YouTubeを見る人もいます。TikTokしか見ない人もいます。
その結果、人気者は山ほどいるのに、「日本人ならだいたい知っている人」はむしろ減りました。フォロワー300万人。動画再生1億回。配信ランキング1位。数字だけ見れば昭和のスターよりすごそうですが、親に聞くと、「それ誰?」となります。
昭和が本当に終わった
昭和が終わったのは1989年。もう37年も前のことです。それでも長い間、昭和はそれほど遠い時代には感じられませんでした。テレビをつければ、昭和を代表した俳優や歌手が普通に出演していたからです。
しかし、その人たちが次々と去っています。水谷八重子さんの訃報が寂しく感じられるのは、一人の名女優を失ったからだけではありません。映画館が娯楽の中心で、テレビの前に家族が集まり、「スター」という言葉に本当にスターらしい輝きがあった時代が遠ざかっているからでしょう。
降る雪や 明治は遠くなりにけり
というのは昭和6年に中村草田男の詠んだ句ですが、令和8年の私たちもそんな気分です。







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