石炭の積出で栄えた北九州・若松バンドを歩く。

今年のお盆の九州旅。直方から筑豊本線に乗って、折尾駅に到着しました。

2本の平行線はかつての線路跡。

近年まできわめて複雑だった折尾駅は大改造が行われ、すっきりした構造に。直方、若松、博多、小倉を結ぶ八幡エリアの交通の要衝は小奇麗な駅に生まれ変わりました。ここから若松行きの列車に乗り換えます。直方方面から折尾駅を経由して若松に向かう路線は戸籍上は筑豊本線なのですが、近年は運転系統が折尾で切られていて、折尾以南は福北ゆたか線、若松方面は若松線という愛称で呼ばれています。

477 折尾駅今昔散歩。|揺蕩う旅人・なお(ミヤコカエデ)
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その若松線に乗って終点の若松駅に来ました。これ以上先に線路はないまさに終着の駅。かつてはもっと大きな駅舎を持ち、大きなヤードを持っていましたが、石炭輸送の役割を終えたためそれらの設備は必要なくなり、今はすっきりとした小さな駅になっています。

若松駅の駅舎内にはかつて石炭の積出港として栄えた若松の歴史を伝えています。

終着駅感あふれる若松駅をレトロ調に撮ってみました。停まっている車両は新しいし、駅にある看板は新しい。それでも昔ながらの駅の雰囲気は出てるんじゃないかなと思います。おなじ北九州市内にある門司港駅にちょっと似た感じ。もう少し梃入れしたらもっと観光客呼べるんじゃないかな。

石炭の積出で栄えた若松はジャズの町でもあります。若松との交易が盛んだった上海は外国人居留地が多かったため、多くの欧米文化が上海から若松に入ってきました。その一つがジャズという音楽文化だったのです。

若松駅前から東側は石炭の積出地として栄えた若松の市街地。その役割を終えたことと、北九州市街との間に洞海湾があり、橋などを使って行き来しないといけない地理的条件が不利な点から、近年人口は減りつつありますが、かつて栄えた面影を町のそこかしこで見ることができます。

平成16年 国登録有形文化財に指定。

若松の中心街に位置する料亭「金鍋」。小倉で九州初の牛鍋やとして開業した店が、明治28年に若松に移転・開業したもので、多くの経済人や文化人がここに集っていました。今も牛鍋や懐石料理が振舞われています。かつては数多くの料亭がここに集っていたそうですが、残る店は金鍋を含めわずかとなってしまいました。

赤い橋は洞海湾のシンボル的存在。

若松の商店街を抜けて、洞海湾沿いにやってきました。「若松バンド」と呼ばれるこのエリアに古い建物が多く残されています。

向こうに見える赤い橋は「若戸大橋」。昭和37年に開通し、若松と小倉方面を結ぶ短絡路として重要な役割を果たし、竣工当時は東洋一の吊り橋としてその名を轟かせていました。近年までこの橋が唯一の連絡道路だったため渋滞が激しかったのですが、この北に新若戸道路ができ、トンネルで結ばれたため行き来がスムーズになりました。

海岸線を散歩することもでき、すぐそばまで波が来ています。湾の中のはずなんですが、台風が近くにあったためか意外に波が高かったです。近づくのは気をつけないといけません。

天気のいい日はベンチに座って対岸の戸畑方面を望むこともできます。

さて、それでは若松バンドに並ぶ古い建物を訪ねてみることにします。こちらは若松石炭会館。明治38年に建てられた洋風建築物で、石炭採掘競争の激化や品質低下を防ぐために作られた「若松石炭商同業組合」が事務所として建てたものです。シンメトリーで均整の取れた佇まいが美しく、ギリシャ風の対になった円柱が印象的です。今も税理士会の事務所などが入っています。

私は紅茶が一番の好物。

石炭会館の中に入っているクロワッサンショップ「三日月」。東京にもショップがあって知っている方も多いと思います。実は三日月の本社はここ若松。若松に来ると必ず立ち寄ります。プレーンのほか、あずきやチーズ、紅茶などバラエティに富んだ味のクロワッサンはどれも外れがありません。若松の新名物として定着しています。

角の塔が目を引く旧古河鉱業若松ビル。大正8年に建設され、海運会社や商社の事務所がここに集まりました。港から見える場所に大きな洋風建築物を置くことで、欧米各国から日本の繁栄ぶりをPRする役割もありました。老朽化が進み解体も検討されましたが、市民の請願により市が保存することとし、平成16年から市の文化施設として使用されています。60名ほど入る会議室があるのでちょっとしたイベントも開けますよ。

若戸大橋が間近に走る場所に立つ上野海運ビルは大正2年、旧三菱合資会社の若松支店として建築されました。

古い建物が多く残るとはいえ、築100年を超え、汐風にもさらされるため老朽化が進みます。多くの歴史的な建築物が改修される中、上野海運ビルは1階部分は補修されたものの壁や柱は建築当時のまま残されています。

ビルは今も現役で、歴史ある建物の雰囲気を活かしたカフェやショップが入居しています。少しだけ中をのぞいてみましょう。

中は吹き抜け。ちょっとわかりにくいですが天井はステンドグラスでそこから光を取っているので暗さはありません。

その大きな吹き抜けを囲むように並ぶ個室。かつては開運関係の事務所が多く入りましたが、今はカフェなどが店を構えています。吹き抜けを囲む柵には装飾が施され、ステンドグラスとともにこのビルのアクセントとなっています。古いまま残されている独特の内観の建物は映像界でも注目され、「K-20 怪人二十面相 伝」や「はだしのゲン」などの映画のロケ地にもなっています。

上野海運ビルの目の前には若戸渡船の乗り場があります。対岸の戸畑区に行くには若戸大橋がありますが、徒歩で通行することはできません。その代わり、洞海湾を横断する船があって、今も区民の重要な足となっているのです。

運賃は大人100円。大変リーズナブルです。それではわたしも船に乗って戸畑に渡り、小倉から帰郷したいと思います。

徐々に小さくなっていく若松渡船場を眺めつつ、九州旅を終える。

かつての栄華の残り香を今に残す町、若松。門司港ほどの規模はないですが、さほど手をつけられていない建物が歴史を色濃く今に伝えてくれているように思いました。北九州に来たときに、ふらりと訪ねて散歩するのにおすすめの場所だと思います。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年9月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

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