「高市がバカだから」では何も解決しない:日本財政問題の本当の”ラスボス”とは何か

いわゆる積極財政派と財政悲観派で「言ってる事」があまりにも違いすぎるので、できるだけちゃんと両派の意見も聞きながらできるだけちゃんと「実際のところどうなのか」を調べて、本質的にこれからの日本が立ち向かわなければならない課題がどこにあるのかを真剣に考える記事を書きます。

力作なんでちょっと長いですが時々休憩しながら読んで、「どちらの派閥」の人も真剣にこの課題について考えてみてくれたらと思っています。

1. 高市さんがバカだから問題が起きてるんじゃない、「どちらにしろ問題はそこにある」

内容に入る前に「そもそも論」的になぜこの課題をちゃんと考える必要があるのかについて書きます。特に高市政権をどう考えるかについて。

支持率の数字はそれほど悪くないというか、もっと悪い政権は過去にいっぱいあったのを考えると「中位安定」ぐらいではあるんですが、最近SNSで高市政権の評判はめちゃくちゃ悪いですね。

しかもなんかいわゆる「左に嫌われ右に支持され」とかそういう話ではもはやなくて「SNSにいるようなタイプの論者からは右からも左からも嫌われている」ぐらいの感じになっているような?

その中にはモットモな批判も沢山あるとは思うんですが(私自身も言いたいことは沢山ある)、一方で「何やってもめちゃくちゃ批判される」状態というか、「高市ディス方向の大喜利大会」みたいになってるのもちょっとどうかなと思うところはあります。

なんでそういう大喜利やってても未来がないかというと、

まるで高市政権がなければ今の日本の眼の前に起きているような山積みの問題は全部発生していないかのような幻想

に浸ってるからなんですよね。

アメリカがどんどんオカシクなっていく先でどういう外交方針であるべきかとか、積み上がった政府債務を金利上昇局面でどうするかとか、構造的に生まれてしまっている円安トレンドをどうするか?とかは、もちろん高市政権のちょっとした方針がキッカケで顕在化しているようには見えるが、本当はどれもこれも全部石破だろうと岸田だろうと安倍だろうと、何なら立憲民主や中道改革が政権取っていたとしても「同じくそこに厳然としてある問題」なんですよね。

確かに過去の政権の時は顕在化してなかったけどそれは単に先送りしてただけとも言えるんで、「ナアナアのどっちつかず」の状態を維持したまま永久に行くよりは、いわゆる「突っ立ってないで押すなり引くなりとにかくなんかしろよ!」というか、ダイナミックに問題を顕在化させまくりながら対処を探そうとしている高市政権のは長期的にはマシな可能性すらある。

なんでこの部分で私が結構苛立ちっぽいものを感じてるかというと、

高市政権の「積極財政」路線のおかげで今の日本の課題が全部生まれている、高市がバカだから全部悪いんだ

・・・って言ってる人は、

ついこないだの衆議院選挙の時に、むしろ高市自民党以外の政治勢力の方が右から左までよほど財政拡張的な主張をしていたのを忘れたんですか?

って話なんですよ。

高市が気に入らないのはわかったが、じゃあどうするのか?という問いかけに対して、

あなた高市政権的な「積極財政」を批判しに来た人ですよね?じゃあ今後より緊縮的な財政プランを行っていくことを「国民に納得させる覚悟」がある人ってことですよね?

という最重要の問いかけについてちゃんと向き合えていない。

これは単にいわゆる「批判するなら野党支持者は代案を出せ」みたいなレベルの話じゃなくてもっと本質的に「この国をどうしたいのか」っていう話なんですよ。

そこのところの合意可能性が全然考慮されていないで、「お前たちは間違ってる」だけ言ってたら、その先でもっと野放図なポピュリズム政治勢力に乗っ取られる可能性だってある状況なことがわかっていない。

一応は彼らなりの理屈を持ってコミュニケーションしようとしている片山財務大臣とかとやりとりしながら破綻しない妥結点を探っていくほうが、「もっとガチなポピュリズム政党」がさらに政治を引っ掻き回す未来よりはまだマシだと個人的には強く感じています(実際、高市政権のおかげで、既存政党の支持率は下げ止まり、ガチのポピュリズム政党の勢いはなんとか抑制できている)。

要するに、民主主義国家においては真空空間における「正しい」議論を自分たちはしている(それがわからないアイツらはバカだ)とか言ってても仕方がなくて、まさに「納得は全てに優先するぜ(ジョジョの奇妙な冒険SBRのセリフ)」であって、

「取りうる現実的な政策の範囲(合理的妥当性)」と「人々の大域的な納得感を取り付けられる範囲(民主的合意可能性)」の重なる領域がどこなのかを実地に探っていく試み

こそが「民主主義の根本課題」であるはずです。

上記の「合理的妥当性」vs「民主的合意可能性」のぶつかりあいの中で、「後者」の論理だけで突っ走るのがガチのポピュリズム政党だとすれば、高市政権はギリギリ「両者への目配り」が完全には吹き飛んでしまわないように土俵際で耐えてる存在みたいなところがあるわけですよね。

そういう高市政権が「合理的妥当性」だけのジャッジにおいて「おかしい」部分があるのはある意味で当然で、「ここが間違ってる」とかいうのも簡単すぎるほど簡単なんですが、そういう安易な方法では、「それでしか大域的合意を取り付けられなくなってる今の日本の現状」自体には全然向き合えてないんですよ。

っていうか、そういうヤツってマジ真面目に民主主義やる気あんのか?って話なんですよ。

オマエの民主主義っていうのはSNSで「大衆はバカだから俺達みたいな知的人種は理解されなくて困っちゃうよねえ」とか嘆息してみせるだけの自己満足で終わりなのか?って話になってしまうでしょう?

もっと具体的に例えていうなら、例えば財政問題一つとっても、これは顧客にダイエットをすすめるパーソナルトレーナーとか、家計管理を教えるフィナンシャルプランナーみたいなもので・・・以下のようなバランスを考慮して常に動いていかないと現実政治が動くわけないんですよね。

・本来自然に可能な範囲以上に緊縮させる(過剰に食事制限とか支出カットさせようとする)→そのうち破綻して余計にヤケ喰い・散財しちゃうので良くない。
・将来投資のための部分(体を作るためのタンパク質などの栄養とか、将来の収入アップに繋がる勉強代などの支出の部分)を削りすぎるのも良くない。
・あくまで長期的視野で、「無理なく適切なペース」で贅肉や無駄遣いを減らしていくことが大事

こう書くと当たり前なようですが、こういう「”合理性”と”納得性”の交わる地点を根気強く探っていく」ような志向なしに、「高市ってほんとバカだよね」って言ってても解決するはずないんだ、ということがご理解いただけるかと思います。

そのためにも、「日本の財政の現状」について、過剰に楽観的になるでもなく過剰に悲観的になるでもなく、「現状どういう感じなのか」をトータルな全体像として冷静に把握することが、どちらの意見を持つにしても大事なんですね(長い前置きでしたがここ以後が本題です)。

2. 積極財政派と悲観派でなぜここまで見ている世界が違うのか

まずこの問題について全体像を掴めるようなことを言うと、積極財政派と悲観派で見ている部分が大きく違うという話があって、それはトップ画像にした以下のイラストのような構造になっています。

積極財政派は「名目成長(インフレ)による負担減」の大きさを重視していて、一方で悲観派は「金利上昇による利払い増加」の恐ろしさを重視しているという違いがある。

とか言っても慣れてない人にはイメージしづらいと思うので、ここ以後丁寧に両方解説していきます(そんなことは当然完璧に全部知ってるよ!という人は小見出し6まで飛んで下さい)。

3. まず積極財政派の言い分(名目成長が全てを解決する!)を理解する

例えば、「積極財政派」といっても理性的な人もイッちゃってる人も色々いますが、中でもある程度理性派とみなされている(高市政権における経済財政諮問会議の一員でもある)第一ライフ経済研究所の永濱利廣氏首席エコノミストの議論を参照すると…

市場では日本の財政悪化を根拠とした円売りの論調が見られるが、2025年の財政赤字(対GDP比約1%)はG7の中でも最小レベルであり、客観的データに基づかない「雰囲気」による傾向が強い。

と述べられていて、以下のグラフが添付されています。

上記の図を見ると、G7諸国について「直近の単年度収支」を見てみると、色がわかりづらいですが日本は「一番マシ」な部類であって(縦軸が下に行くほど赤字幅が大きい)、アメリカ・英国・フランスの方がよほどヤバいように見えます。

つまり日本の財政は、(悲観派の人は言いたいことが色々あるでしょうが現象をとりあえず単純に切り取ると)

「蓄積された借金額は世界最悪だが、現状の毎年の予算収支は世界的に見て優等生レベル」

つまり、

過去の借金は大きいが、最近は毎年かなり身の丈にあった暮らしをしている(アメリカとかフランスの方がよほどヤバイ)

というふうにとりあえずはまとめることができます。

なぜそうなっているのか?というのがここで理解したいポイントなんですが、それは「インフレで名目GDPが伸びまくってる」事による税収増の効果が大きい。

インフレ=物価高になると、例えばもともと100円のモノを作って売ってたのが150円とかになると、その分だけ同じことやっててもGDPの数字が伸びるし、その経済行為で生まれる所得税も法人税も消費税も伸びるんで、税収も伸びるんですね(そのあたり、国民民主党の玉木さんなどがずいぶん前から指摘していたメカニズムがある)。

で、以下が「名目GDP」と「実質GDP」の推移ですが、日本は長らくデフレ時代というか「物価上がらない」国だったので、名目GDPも実質GDPもあんま変わらない感じで横ばい状態だったんですが、2020年以後ぐらいから急激に物価が伸び始めたので「名目GDP」が激増してるんですね(折れ線グラフ右側で急激に伸びる青線に注目)。

結果として、最近の税収は勝手にめちゃくちゃ伸びてるんですよ。以下は名目GDPの推移とそれによって変化する税収の伸びを比較したグラフです(並べるために1995年の数値から指数化)。

この「名目GDPの伸びによる税収増」っていうのはすごくて、最近は「一年前の当初予算における税収予測(これも相当伸びている)」よりも、実際その年終わってみればさらに数兆円も上振れした実績税収が入る感じになってたりするんですね。

で、結果として、どうなっているのか?

日本の財政は長期的に見て、

・コロナの時に大盤振る舞いして急激に悪化というイレギュラーを経て、2020年代を通じたインフレによる税収増で改善

が基本ラインなので、”ビフォーアフター”がわかりやすいようにざっくりコロナ前の2018年と2025年を比較すると、こうなります。

「コロナ前後」の断絶を避けて、2020年代における改善の前後比較をするために2018年と2025年を比較すると、税収が22.5兆円も伸びた分は上記のように配分されて使われたことになります。

一言で言えば、

税収はめっちゃ伸びた→社会保障費や防衛費その他出費も結構伸ばしたが税収増ほどではない→プライマリーバランス(収支の比率)はかなり改善した

ということになります(結果として単年度収支で見ればG7で一番マシぐらいのところまで改善した)。

一般論として、名目GDPが伸びると色んな経路で税収は”めっちゃ伸びる”ので、インフレその他で歳出が増えるとしても、それ以上に税収は増える構造が(一般論としては)あるといえそうです。

これは別の角度から見れば、インフレが起きると過去の債務の「額面」が同じでも実質的な負担は下がっていくという効果を利用しているとも言えそうですね。

いわゆる「積極財政派」の人たちは、こういう「名目GDP成長」による財政改善効果を利用するプランを提唱していて、元日銀審議委員で名古屋商科大学ビジネススクール教授の原田泰氏の記事では以下のように名目成長率が3%、1%、−0.5%の3つのシナリオが整理されています。

その上で、原田氏は上記の「計算上の余裕」のうち全部を使うという話ではなく、以下のように述べています。

すなわち、名目GDP3%成長が続くなら、毎年最大34兆円の赤字でも債務対GDP比率を悪化させない。ただし、債務水準が主要先進国の中でも高い日本では、リスクに備えて余裕を持たせる必要がある。よって、筆者は許容赤字を約20兆円程度に抑えることが望ましいと考える。
現状の赤字が7.4兆円であるため、約20兆円を上限とすれば、さらに約13兆円(20-7.4)の追加支出が可能となる。

ちょっと「悲観派」の人は色々言いたいことがあるとは思いますが、ただここで大事なのは、一般的に(”実質”がどの程度ついてくるかは別として)「名目の数字を膨らませていく」事自体はある程度意識的に実行可能な側面もあるわけで、積極財政派は「それ」を利用しようとしているという理解がポイントです。

そしてこの問題を別の角度から見てみると、「緩やかなインフレ」がもたらす財政改善効果というのは想像以上に大きいために、逆に言えば過去何十年と物価が変わらないという異常事態だった日本において「民主政治における人々が直感的に納得できるレベルに財政出動」をしようとすれば、ここまで大きな政府債務が積み上がってしまうのも「当然の結果」みたいなところがあったと言えるかもしれません。

そして、積極財政派・悲観派どちらの立場から見てもこの問題で重要なのは、

日本の過去債務の大きさを考えると、どの程度積極財政やるとか緊縮するとかそういう話は抜きにしても、こういう「インフレによる効果」を利用することなしに持続可能な財政など不可能だということ

…です。

つまり、

「全体として緩やかなインフレを許容する方向に行く」大きなプランなしに日本の財政の持続可能性を考えるというのは、界王拳や元気玉なしで地球にやってきたベジータと戦うようなもので、単純に「借金多いんだから支出を減らさなきゃ」というだけでどうにかなる話ではない。

そこが、「高市政権がバカだと言ってればなんとかなる」わけじゃないポイントとしてあるわけですね。

4. 完璧な作戦ッスね〜金利上昇という点に目を潰ればよォ〜!(悲観派の言い分)

さて、ここまで「積極財政派の言い分をまずは聞く」をやってきたわけですが、悲観派の人は色々と言いたいことが溜まっていたかもしれません。

また、ここまで「うんうん、そうだそうだ」と思っていた積極財政派の読者の人も、以下に説明する部分は「有名な積極財政派の論者」の多くがマルっと無視して話しがちな大事なポイントなのでぜひ真剣に聞いて欲しい「悲観派による重要な反論」があるんですね。

それは、さっき貼ったこの図の天秤の右側に出てくる「金利上昇による利払い増」の効果の部分です。

まず、実際この話をしてみると結構なエリートサラリーマン的な人でも知らない人が多いんだなと感じる基礎知識をおさらいすると、日本政府の「過去債務」というのは、年限が1年以下のものから30年以上の長いものまで、バラバラに発行されているんですね。

以下は、私が主催する「敵とも話せるSNS」(詳しくはこちら)の中で金融系の知識のある方がまとめてくれた図ですが、

1年以内の短期の国債で借りられているものから、30年以上もの長期で借りているものまでさまざまな年限の国債が発行されている事がわかります。

で、アベノミクス時代の長い「金利のない」世界が終わり、ジリジリと金利が上がってくる(あなたの銀行預金にも少しずつ利子がつき始めてますよね)中で、それはどう効いてくるのか?

新規発行の国債(今年度分の財政支出に使うのに足りない分)が新しい金利で借りられるのは当然ながら、積み上がった過去債務約1100兆円も、上記のように「借り換え」を迎えるたびにその分だけ「新しい金利」が適用されていくことになります。

特にさっきのまとめ図の右上にあったコレが重要で、

この「累積比率」の折れ線グラフの方を見てもらえば分かる通り、金利があがった分は、1年以内に過去債務の「13.4%(=約147.7兆円)」が新たに借り換えを迎えて新しい金利が適用される事がわかります。

その後、7年たつと全体の48.3%が借り換えられ、10年たつと67.1%が借り換えられ、順次新しい金利が適用されていくということをこのグラフは意味しているわけですね。

過去の「金利のない時代」はこの利払い費はかなり抑え込むことができていた(とはいえ過去債務が大きすぎて毎年の予算の4分の1弱が消えていたんですが)ところが、今や日本国債10年ものの市中金利が3%が見えてきた分がこの過去債務1100兆円に徐々に適用されるようになっていくと・・・(クソ細かいことを言うとこの10年ものの金利がそのまま新しい借り換え分に適用されるわけでもないんですがまあ割愛)

ここの部分が、僕も今月はじめぐらいに色々と試算してみて、結構「ゾクッ」としたというか「ゾワッ」としたというか、「想定によってはめちゃヤバい」ポイントがあるんですね。

なにしろ過去債務の「累積量」が膨大なので、それにかかっている「平均」金利が1%とか増えるだけでも年を経るごとにどんどん毎年の利払い費が激増していく構造になっている。

実際のところどれだけの金利負担になるのかは、バラバラの年限の国債がさらにバラバラの金利で借り換えられていくんで簡単には試算できないのですが、現時点の既発債のざっくりトータルな平均利率は財務省発表の2026年3月末の数字で0.98%で利払い費年間十数兆円なんで、これがもし”平均で”3%とか4%ぐらいになったら、年間30兆円とか40兆円が利払い費だけで飛んでいくことになります。

現時点での普通の年間予算が百数十兆円であることを考えると、利払いだけで数十兆円、さらに元本の返済も時々で必要となるとめちゃくちゃ財政が圧迫されちゃいますよね。

どれだけのスピードで元本を減らし利払いをするのかっていうのは、それ自体が政治的に大きな決断テーマだし、テクニカルにも国債整理基金特別会計とかいうまためちゃ特殊な仕組みがあって個人の住宅ローンみたいに簡単には試算できないのでテキトーな表現しかできなくてすいませんが、場合によっては年間予算の3分の1〜半分以上が国債費で消える可能性もあると思います。

ただし、さっきも書いた理由で「市中で上がった金利」が過去債務1100兆円に少しずつ波及していくには結構時間がかかるんですね。

さっき貼った図によれば平均残存期間が10年弱とかだし15年を超えるような長期債も25%程度あることを見るとまだまだ結構先の話だとも言える。

実際の細かいデータを持ってる財務省が試算したところでは、2025年の想定から1%の金利上振れがあれば、10年程度かけて8.7兆円ほどの利払い費増加が見込まれているそうです

そして、この「時間差で遅れてひたひた上がってくる金利問題(天秤の右側)」と「インフレによる名目成長の効果(天秤に左側)」のバランスというのがこの問題の本質なんですね。

5. 中間まとめ(話ついてこれてる?大丈夫?)

つまり大事なのはこの「時間差でゆっくりひたひた上がってくる金利上昇の効果(悲観派の懸念ポイント)」を睨みながら、さっき積極財政派のビジョンで書いたような「インフレによる名目成長」の効果がそれを上回り続けるうようにコントロールしていくことが、この問題の本質ってことなんですが・・・

・・・ちょっとここまでの話、、できる限りわかりやすく書いたつもりですが慣れていない人には複雑すぎる感じになってしまいましたかね。

数字の話が苦手な人は、とりあえずは

「大きな累積過去債務に新しい金利が少しずつ浸透していく」と、それによる利払い費の増大が”想像以上にめちゃヤバい”らしい(悲観派の言い分)

過去数十年の日本のような物価がずっと変わらない超異常事態(いわふるデフレ)を乗り越えて「緩やかなインフレ」状態になるということは政府財政にとって想像以上の大きな改善効果を持つので、それを利用せずに日本の財政問題を考えるのは、”界王拳や元気玉なしに地球にやってきたベジータと戦うようなもの”らしい(積極財政派の言い分)

…というざっくりイメージだけ受け取ってもらって、ここ以後の結論部分に進んでみてください。

6. 『両方』考えなくちゃならないってのが、現代人のつらいところだな。覚悟はいいか?

さて、ここまでで、積極財政派の言い分も、悲観派の言い分も、両方理解できましたね?

SNSで「ハイ論破!」とか、「アイツラは俺達と違ってバカで卑小な人間のクズどもだからホント困るよねえ」みたいなことばかり言って遊んでる人たちと違って、本当に「意味ある議論」をしようと思ったら『両方』理解しないといけないっていうのが大変なところですよね。。。

結局、冒頭のこのイラストに戻ってくるんですが、

全体として今の日本のSNS的な「議論という名の罵りあい」を概観すると、

A・SNSにおける「積極財政派」の9割ぐらいは「天秤の左側」の話しかしていない。(もし触れられても、アベノミクス時代のようにまた日銀が徹底的に金利を抑えつけるような離れ業が副作用なしにまだまだ無限にできると思っている)

B・SNSにおける「悲観派」の9割ぐらいは「天秤の右側」の話”すらしておらず”、何がヤバいのかは本当はよくわかってないが、単に「高市とそのシンパはバカだからわからんだろうが俺は知的で高潔な人間だから日本の財政がとにかくヤバくてもっと緊縮しないといけないってことはわかるぜ」という話しかしていない。(そのクセ実際に予算のどこをどう削ればいいのかという話を具体的にする気はゼロでケシカランというだけ)

C・「残りの1割の悲観派の人は金利上昇のヤバい部分を明確に理解していて切実にヤバいと感じている。

D・残りの1割の積極財政派の人は、この天秤の両側を把握したうえで乗り切る方法を考えなくてはと思っている。

…という感じの状況なのだと思います。

ここまでの長い記事を読んでいただいたあなたなら、これからこの課題に関するSNSでの罵り合いを見るたびに、

「あ、この人は天秤の左側の話しかしてないからAだな」
「あ、この人はBタイプのとにかく緊縮したがる人だな」
「この人の議論はCレベルだからちゃんと聞いておく必要があるな」
「この人の議論はDレベルだからこの路線の先で落としどころを考えないといけないな」

…というように理解できるようになっているはずです。

おめでとうございます。この問題の全体像が掴めましたね!

では、どうすればいいのか?という話を最後にします。

7. 「高市はバカ」って言ってるだけじゃダメな理由がここにある

ここまで「全体像」を捉えて話さないと意味がない、特に「政権交代狙ってる野党」でこれぐらいの全体像をベースにどうすればいいか考えている例がほとんどないのが何故ヤバいのか?っていう話がここにあるんですよね。

ここまでの数字を丁寧に見るとわかるように、この「日本の財政維持可能性」を考える時に最も重要なのは「緩やかなインフレ基調を維持すること」なんですよ。コレなしに解決など絶対不可能。

ちょっと試算してみればわかることですが、例えば「借金が多くて大変だ!返さなきゃ!」みたいな素朴な発想で、例えば追加で今年10兆円返します・・・という決断をしたとしましょう。

住宅ローン風の言い方をすれば「10兆円を繰上げ返済」って事になるわけですが、これだけでもメチャクチャ大変な政治的決断になります。政権が一個や二個吹き飛んでもおかしくないし、ある意味で高市を批判してる左派の人が心を痛めてるような大事な予算に影響が及ぶ事もほぼ間違いない。

だからこそ、今SNSには「高市はバカで卑小だ。俺達は賢くて高潔だ」以上の情報が全然含まれてない講釈を毎日延々書いてる人とかいっぱいいますけど、じゃあ実際「どういうプラン」でこの「追加10兆円の繰上返済資金」を捻出するつもりなんですか?っていうのが超重要なんですよ。

なぜか???

なぜなら、ここからがめっちゃ重要な話なんですけど、めちゃくちゃ必死に10兆円の元本を返済しました・・・ってなっても、なんせ累積債務が膨大なんで(計算しやすいよう約1000兆円とすれば)10兆円なら1%の話でしかない。過去債務の平均利率が1%ならこれによる利払い削減効果は1000億円。

つまり、「めっちゃ必死になって10兆円の繰上返済」をしても、過去債務の平均金利がたった0.01%!上がるだけでその効果は吹き飛んでしまうんですよ!

それが「緩やかなインフレ基調を維持する」っていうことが「めちゃ頑張って節約する」よりも百倍重要だということの理由なんですよね。そこが保てないと、必死に緊縮して10兆円返したってすぐ吹き飛ぶ程度の事でしかなくなっちゃうので(余力が本当にある時に元本を減らしていく事はもちろん悪いことではないにせよ)。

さっきの「界王拳や元気玉」のイメージが湧いてきましたか?

高市さんのやり方が大雑把すぎて、市場とのコミュニケーションが下手すぎるから余計な利率上昇でこんなに無駄に利払い増えてるじゃねーか!と怒ってる市場関係者の気持ちは物凄いモットモすぎるし私も大変同じ気持ちでありますよ。

一方で、じゃあ「高市じゃない別の選択肢」を用意しなくちゃいけないのに、その「代替案」であるべき政治勢力でこれだけの全体像を理解してトータルに責任感を持って考えてる勢力がほぼおらず、そういう人が言ってる内容をそのまま政策化すればガチに緊縮的になりすぎるんで、結果として高市プランが一番マシみたいな状況になってるんですよ。

「インフレを利用する」といっても、「ハイパーインフレで円が紙クズに!」みたいな極端な例でなくて全然良くて、数%ずつ上振れさせていければ十分な「巨額累積過去債務というラスボス」に対する十分なデバフになる。

それなしに戦うのは、しつこいようですが界王拳とか元気玉なしに地球にやってきたベジータと戦うようなものなんで、「バカの高市と違って俺は高潔だからもっと緊縮すべき」と言ってるだけだと現実的な着地を見出していけなくなるんですね。

冒頭に書いた「フィナンシャルプランナーとかパーソナルトレーナー」みたいな視点を持って、「どの程度」という問題を真剣に考えていくようにしないとこの問題は解決できない。

ダイエットしてる人がたまにチョコレート食べたいとか言ってるのをある程度容認しながら話を進めないとそもそも続けられないし、だからこそ「バカどもが積極財政とか言ってるけど真面目な俺達はそんなの無理ってわかってるぜ」みたいなこと言ってるだけじゃダメってことですね。

8. (おまけ)この問題の本当の本質をさらに深堀りする

最後に、ここまでに書ききれなかったこの問題のより深い本質的な側面についてざっくり書いておきます(ざっくりしか書けないので、よくわからなかったら僕の記事をフォローするなりしてちょいちょい今後の記事をお読みください・・・noteのフォローだけでなく更新情報としてxのフォローもよろしくお願いします)

この「緩やかなインフレを許容し続ける」ためにまず第一に大事なことは、「価格転嫁」&「賃上げ」のサイクルをちゃんと回していくことです。

2020年代前半はまだ日本社会が「インフレなんか許さん」みたいな空気だったために、企業物価指数はグイグイあがってるのに消費者物価指数は全然あがらないという結構イビツな状態だったんですが、最近は「もう素直に価格転嫁しちゃおう」という感じで消費者物価にも影響出るようになってますよね。このサイクルを止めないことが大事です。

その分賃上げないとやっとれん!という機運も高まってきているので、長年「安くて真面目な労働者」を手に入れるのが当然だった企業部門に強い圧力がかかるようになってきているのは、これ自体は「健全なこと」と言っていいと思います。

ここでさらに、金利上昇やら輸入物価高やらの条件が重なると、今まではナアナアに見過ごされてきた「賃上げしない経営主体」に対するプレッシャーは相当なものになっていくはず。

逆にいうと、私のクライアント企業で「長年頑張って賃上げしてきた」企業なんかは最近急激に「目立つ」ようになっていて、拡大しやすい環境が整ってきてもいるので、そういう形で「ちゃんと賃上げ努力をしてきた良識のある会社」の傘の下にできるだけ多くの人を収容できるように経済を転換していくことが大事です。

長年そういうことが必要だと言われ続けていたそういう転換に対する「ショック療法」として、インフレも金利上昇も作用しつつある、という風にプラスにとらえていくことが大事でしょう。

とはいえ、長期金利が3%になって、さっきも言ったけどこれが累積債務全体に浸透するには10年とかかかるんで今すぐどうこうではないにせよ、将来的に3%まるごとが債務全体にかかるようになることを見越して考えると、さらにそれを上回るペースでインフレさせるのって怖くない?という話も見えてくるんですが・・・

そこはそれ、ある程度は日銀さんに色をつけてもらう要素を全く辞めてしまう感じにはしないでもいいんじゃないかなと個人的には考えています。

積極財政派の最右翼の人が言ってるように「いくらでもまたゼロ金利に抑圧できるのだ!」とは決して思わないけれども、やたら大真面目に「日銀の関与をゼロにするのが市場的に正しい!」という方向に振り切れる必要もない。

多分アメリカだって今の巨額財政赤字状態が続くとどこかで金利抑圧みたいなことをしないともたなくなるように思いますし、世界中の民主主義国で「そうなりがち」なのだとしたら、そういうシステムはそもそも維持不可能だったので、原理主義的に理屈通りやればいいよねという話ではなかったことが明らかになるという話なのだと思います。

こういう「潔癖症的な正しさ」からははみ出してる方向性ではあるんですが、日本の場合そういう風にやっていく事が民主主義的に合意しやすい理由があるんですね。

以下記事に詳しく書いておいたので簡単に述べますが・・・

「責任ある積極財政」の本質を考える。|倉本圭造
日銀の利上げもついに行われ、日本の10年国債金利が2.1%と27年ぶり!の水準になり、いよいよ「泰平のアベノミクス期」を超えた新しい激動の時代を舵取りしていかないといけない状況になってますね。 この状況下では、いつも以上に「両極端な議論」に...

「金利を人工的に下げ」ておいて、名目経済成長を先行させるということの本質的な意味は、「円」で資産を持っている多くの人からの「薄く広い徴税」という意味が潜在的には存在するわけです。

で、日本の場合、なんだかんだ「ストック」ではおカネをかなり持ってる国なんだけど、それが全然使われずに放置されていることが問題の根幹みたいなところがあるわけですよね。

家計金融資産とかも世界トップクラスに2000兆円とかあって、それの大部分を高齢者がタンス預金していて、90歳の老人が亡くなって70代の老人が相続したりしている。おカネはあるんだけど完全に死蔵されている。

で、日本の財政における非常に深刻な歪みは、誰がどれだけ資産を持っているかは全然把握できていないから「ストック」にはほぼ課税できないんで、大きな財産を元々持ってるご老人は、なんなら単年度で今年無職だったらほとんど税金払ってない例もある一方で、「フロー」で今頑張って稼いでる現役世代だけに課税してそこからの上がりだけで国全体の支出を賄っているというかなりイビツな状況にあることなんですよね。

だからこそ、「やりすぎない程度にちょっと金利を人工的にさげておく」ぐらいで、「名目成長率を先行させる」ようなバランスを維持しておくことは、なんというのか「日本社会が本能的に持っている帳尻感覚」と合致するんですね。

人間は「個人」としてのみ存在しており、同じ地域を共有して生きている他人などは完全に「他人」でしかなく、個人の財産権はありとあらゆる権利より最優先されるべき権利であり、そこに「たまたま隣に生きてるだけの他人」の影響が及ぶなど許せん!!!というような立場からすると暴論に見えるでしょうけども・・・・

とはいえ何も財産権を否定するとかそういう話ではなく、例えば所得税の累進課税を強めるとかそういうレベルのある種の「政治的に無理のなく合意できる再分配」のあり方がこういう方向なのだ、という風に言えるはず。

というか、「国を共有して生きる」というのはそれぐらいの「義理の連鎖」は本来的に存在するもので、過去30年ぐらいの間、個人の財産権と自己責任論的なネオリベ論調だけで、そういう「本能的な義理の連鎖感覚」を引きちぎるような事をした欧米の民主主義国家は、どこかで「立場が違っても同じ国民として本来対話可能である」という紐帯や国民一般に共有されているべき”decency”みたいなものが崩壊しちゃってる例が多いと思います。

そこを「破綻しない」レベルのバランスを保ちながら、とはいえ日本はほっておくとタコツボに皆がそれぞれこもってアイツが悪いこいつが悪いって言い続けちゃうので、「逃げ場のない一つの波」にパッケージして「ちゃんと賃上げできる経営をやりましょう」という流れに飲み込んでいくのは決して悪いことではないと思います。

というかそういう「大きな波」を作ることを考えずに、「借金額が増えたんだから緊縮する」みたいな単純な発想で乗り切れるような累積債務額ではない。

つまり、「賃上げがついてくるレベルの完全に健全なインフレ」だけでなく、「ちょっとインフレが先行」するぐらいでも許容範囲で、その分の「インフレ税」は実際には、「貯蓄過剰の日本人の集合的意志」で返済する流れに今の日本は向かいつつあるんだということですね。

そうやって多少は余力がでた財政で、名目的な物価高の進展で本当に困窮しているタイプの人へのピンポイントの支援(高市政権が検討している給付付き税額控除など)をしつつ、それで時間を稼ぎながら経済構造の転換を目指していくことになる。

ここにある「人々が感じている本能的な義理の連鎖」を引きちぎらないことが重要で、そこにある「人々が感じている本来の分前」感を切り捨てると民主主義が壊れるんですよね。

だからこそ「直感と会計」をいかに一致させるかを考えなくては。

最後の方駆け足になっちゃいましたけど、今の日本がどういう課題にぶつかっていて、どちらに向いて動きつつあるのかを、全体像として理解できたと感じていただければ嬉しいです。

長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。

ここ以後は、ここまでの話を前提として、またちょびっと支持率上がっちゃった(笑)高市政権について我々はどう考えればいいのか?という話を掘り下げます。

高市内閣支持4ポイント上昇62% 減税「社会保障に不安」64% - 日本経済新聞
日本経済新聞社とテレビ東京は28〜30日に世論調査をした。高市早苗内閣の支持率は62%だった。7月の前回調査から4ポイント上昇した。「支持しない」は32%で5ポイント下がった。内閣を「支持する」と答えたのは自民党支持層で89%、野党支持層で...

私は高市さんが選ばれた自民党総裁選の時は別の候補を応援していたし、高市さんになったらヤバいよな・・・と恐怖していた側だったんですが、いざなってみると、「今高市政権がいることの必然性」みたいなのを逆に感じる部分は結構あるんですよね。

それは結局、幕末の時代に「尊王攘夷運動」で辻斬りとかしてた人たちはどう考えても狂気の沙汰にしか見えなかったし、幕府の役人の方がよほど良識的に見えただろうけど、結局全国民が自分のタコツボの中から「正しい」ことを言ってたってダメなのがこの国なのだ・・・という話に近いのだと思います。

そこに今必要とされているのは、本能レベルの「新しい社会契約」的なものの結び直しであり、良識的な観点であちこちが「間違ってる」という話をしていても仕方がないのだ、という話を聞いて下さい。

つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。


編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年8月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。

 

 

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    経済というものは、価値の創出(生産)と、価値の消尽(消費)と、その間の分配、交換から成り立っているのですね。にもかかわらず、価値の創出の部分が忘れがちなのが、これまでの経済をめぐる議論なのですね。価値の創出を忘れるから、何をやっても危ないという結論しか出てこない。稼ぎに追付く貧乏なし。使う以上に稼いでおれば、何の問題も生じないのですね。
     
    つまり、何をおいても、国内のGDPを高めればよい。需給関係に目を配りつつ、優れた製品を安価に大量に生産する。これで国民は豊かになれるし、国の財政問題も片付いてしまうのですね。だからこの問題の最大の謎は、なぜそうしないのか、なぜ積極財政派も批判派もこの解に触れたがらないのか、という点なのですね。以下、これに付いてちょっと考えてみましょう。
     
    まず第一に、価値の創出を忘れた議論というものは、先進国特有の議論で、この手の議論の結果行きつくところは「先進国病」ということになります。なぜ先進国での議論において価値の創出が忘れられるかといえば、先進国には過去に積み上げた価値があるから、なのですね。
     
    新たに価値を創出することは、誰にでもできるものではない、大変なことだし、不確実性もある。でも過去に積み上げた資産はそこにある。先進国が多額の借金を抱え、政府が財政赤字を続けていられるのも、そこに過去に積み上げた資産があるからなのですね。でもこの資産、赤字を続けていれば、いずれ尽きる。それが尽きかけた段階で、先進国病が問題となる。積極財政派は、まだ尽きないといい、批判派はまもなく尽きるという。この議論、どちらも正しいのだけど、本質的な解決にはならないのですね。資産を食いつぶしていけば、いずれ終りの時が来るのですから。
     
    価値の創出を忘れた議論がなされる第二の理由は、この議論をしている人たちの多くが「文系」だということなのですね。だからあまり難しい議論はしたがらない。もちろん、わかっておられる方はおられるのですけど、あまり議論が広がらないのですね。高市氏の成長戦略にしたところで、「どうせ失敗する」といった議論は行われるのですが、具体的な内容に関する議論は今一つなのですね。
     
    実は、何かと批判の多い高橋洋一氏は、経済学者の中でも珍しい理科系の方なのですね。これが、多くの経済学者や経済評論家の中で浮いてしまう、一つの原因かもしれません。政策立案の場にも、もう少し理系の人を増やしていく必要があるのかもしれません。
     
    価値の創出が議論に上り難い第三の理由は、それがイノベーション(技術革新)と切り離して議論し難く、ここに不確実性が伴う、という問題があります。言ったことはきちんと実行しなくてはいけない、という価値基準はイノベーションとは相性が悪いのですね。ベンチャービジネスのベンチャーは冒険の意味、リスクを冒しての挑戦こそが、その本質なのですね。それが百発百中などということはあり得ない。失敗も計画の内なのですね。
     
    イノベーションもかつては科学技術上の知見や、これを遂行できる人材などを中心に語られてきましたが、今日ではこれによる価値の創造が求められております。これこそまさに今の日本が遂行すべき「成長戦略」というわけです。
     
    今世紀に入ってから米国経済が急速に拡大している原因は、かつてはGAFAに代表され、今日ではAI関連企業に代表される、情報サービス業の急速な発展にあるのですね。またこの先は、おそらくはエネルギー関連技術が急速に伸びるものと予想されております。
     
    この手の技術開発は、日本も得意とするものでした。我が国には高度な教育を受けた人材が多いという優位性もあり、幾多の歴史ある研究機関を抱えてノウハウを蓄積しております。これらを生かすことができれば、価値の創出につながるイノベーションも夢ではない。
     
    これに必要な政策は、イノベーションを妨げている要因を探り出して対策していくこと。そういうことなら文系の経済評論家にだってできるはずなのですけどね。そして、そうしておけば、あとは技術オタクたちが勝手にやってくれる。簡単な話であるように思えるのだが。
     
    いずれにせよ、価値を創出すること。それを可能とするのがイノベーションです。この二人三脚、ワンツーパンチが全ての問題を解決する必殺技です。やるしかない、そう思われませんか?