海外トップ誌が暴いた『天下りの経済価値』:日本政府はなぜ金を追わないのか

天下りは、何が問題なのだろうか。

官僚が退職後、所管業界の企業や公益法人に再就職する。昔から批判されてきたが、議論はしばしば「癒着しているに違いない」という批判と、「退職後にどこで働こうが本人の自由だ」という反論で終わる。

だが、本当に見るべきなのは再就職そのものではない。

官僚OBを受け入れた後、その企業や法人に何が起きたのか。

この問いを日本の大規模データで検証した研究が、政治学のトップジャーナル『American Political Science Review(APSR)』に掲載された。

Trevor Incerti氏の「How Firms, Bureaucrats, and Ministries Benefit from the Revolving Door: Evidence from Japan」である。

著者は2009~2019年の国家公務員の再就職データを、企業財務、政府融資、株価、政府契約などと組み合わせた。

結果はかなり刺激的だ。

天下り企業、政府融資は対照企業より約30億円多く

まず企業への政府融資である。

天下り官僚を受け入れる企業は、そもそも一般企業とは違う。規模が大きく、天下り前から政府融資も多い。

そこで著者は、財務状況などが似た企業をマッチングし、天下り前後の変化を比較した。

その結果、天下りから2年後の政府融資残高は対照企業より約27.5億円多く、3年後には約31.5億円多かった。

財務省・経済産業省出身者に絞ると、推定値はさらに大きい。2年後で約65.7億円、3年後で約77.2億円だった。

単に「天下り企業は大企業だから借入額も大きい」という比較ではない。

著者はマッチングと差の差分析を用い、事前トレンドやプラセボ分析も検討している。

因果関係を完全に証明したとは言えないが、単純な相関だけを示した研究でもない。

株式市場は官僚OBをどう評価したか

次は株価である。

著者は次官・次官級の官僚が上場企業に再就職した47件について、就任報道前後の株価を調べた。

全47件では平均の異常収益率はプラス1.24%だったが、95%信頼区間がゼロをまたいでおり、全体として明瞭な統計的効果とは言えない。

一方、経済産業省出身者ではプラス2.34%。

さらに社外取締役ではなく、顧問や経営幹部など企業内部のポストに就いたケースでは、発表日の異常収益率はプラス2.16%だった。

市場は単に「元高級官僚」という肩書を見るだけでなく、その人物が企業内部に入ることに何らかの経済的価値を期待している可能性がある。

その価値が経営能力なのか、政策への理解なのか、行政手続の知識なのか、人的ネットワークなのかまでは分からない。

だが、市場が何らかの価値を織り込んでいる可能性は否定しにくい。

公益法人では随意契約も増える

さらに問題なのが、公益法人などへの政府契約である。

元官僚が役員として在籍する法人では、随意契約額が増えるという結果が得られた。

著者は、金額をそのまま使った分析について、元官僚が役員にいることは約5000万円の追加的な契約額に相当すると説明している。

ただし、この5000万円を「元官僚一人の固定価格」と読むべきではない。補足分析では、金額ベースの推定値には手法によって幅がある。

それでも主要分析では、元官僚の存在と随意契約額の増加という方向は複数の推定方法で概ね維持されている。

政府融資。
株価。
随意契約。

性質の異なるデータから、官僚OBを受け入れた組織に経済的利益が生じる可能性を示す結果が並んだ。

天下りを単なる「官僚の第二の人生」とだけ説明するのは、かなり苦しくなる。

それでも「不正が証明された」わけではない

ここは切り分けなければならない。

この論文は、「役所が天下り先に不正に金を流した」ことを証明した研究ではない。

元官僚が行政制度を熟知しているため、政府融資や契約を獲得しやすくなった可能性もある。行政との仕事が多い法人だからこそ、行政経験者を必要としたという逆方向の説明も残る。

論文自身は、省庁が天下り先を維持するため公金を流すという、かなり強い理論まで提示している。

だが、省庁側のその「意図」まで実証したわけではない。

「天下り先に利益が生じる」と「天下り先を養うために利益を与える」は別の話である。

しかし、この留保を付けても問題は消えない。

むしろ次の疑問が残る。

口利きなのか。
人的ネットワークなのか。
行政情報へのアクセスなのか。
単純に制度をよく知っているからなのか。

理由が何であれ、元官僚の受け入れ後に政府融資や随意契約といった公的資源の配分に体系的な差が現れるなら、それは行政の公正性という観点から検証すべきである。

政府には、すでに「金」を追うデータがある

ここで日本政府の公開情報を見ると、奇妙なことに気づく。

内閣人事局は国家公務員の再就職状況を定期的に公表している。

氏名、離職時の官職、再就職先の名称、再就職後の地位などを確認できる。

国家公務員の退職管理・再就職等規制について

内閣人事局|国家公務員制度|退職管理・再就職等規制

一方、政府は法人番号を使って企業や法人に関する行政情報をまとめた「Gビズインフォ」も運営している。

Gビズインフォ (METI)経済産業省
Gビズインフォは経済産業省による、500万社以上の政府保有法人データ提供サイトです。

Gビズインフォでは、法人番号を軸に政府調達、補助金、届出・認定などの情報を確認できる。

つまり、

「誰がどこへ天下ったか」を追うデータと、「どの法人に公金が入ったか」を追うデータは、すでに存在している。

ところが両者は、天下り監視のために体系的に接続されていない。

再就職情報には再就職先の名称は掲載されても、法人番号は公表項目になっていない。

これは非常にもったいない。

再就職情報に「法人番号」を一列足せばいい

改革はそれほど難しくない。

法人への再就職について、再就職先名称だけでなく法人番号も公表する。

そしてGビズインフォの政府調達や補助金情報と接続する。

それだけでも、

「元官僚が入る前3年間と、入った後3年間で政府契約額はどう変化したか」
「随意契約の比率は上がっていないか」
「補助金は増えていないか」
「元の所属官庁との取引だけが急増していないか」

といったことを機械的に追える。

一定以上の変化が生じた法人だけを抽出し、詳細な監査対象にすることもできる。

政府融資については、今回の論文が日経NEEDSのデータを使っているため、公開情報だけで完全に再現できるとは限らない。

しかし政府調達や補助金については、すでにかなりの情報基盤がある。

新しい巨大システムを作れと言っているのではない。今ある政府データをつなげればいい。

「できない」のではない。「つないでいない」のだ

私は官僚の民間再就職そのものを禁止すべきだとは思わない。

行政経験を持つ人材が、その知識を退職後に民間で生かすことまで否定する理由はない。

それなら、その代わりに透明性を徹底すればいい。

これまでの天下り監視は、「誰が、どこへ行ったか」を見ることに偏りすぎている。

APSRの研究が突きつけたのは、その先だ。

重要なのは「誰が天下ったか」ではなく、「天下った後、その企業や法人に何が起きたか」である。

海外研究者が日本のデータを集め、政府融資や随意契約の変化まで分析できるのであれば、日本政府自身が継続的に監視できない理由はない。

しかも、政府調達や補助金を追うための情報基盤はすでに存在している。

できないのではない。つないでいないのである。

再就職先を公表して「透明化しました」で終わるのではなく、その後の金の流れまで追う。

天下り規制を本気で機能させるなら、人を追うだけでは足りない。金を追うべきだ。

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