
秋田県の子どもの幸福感が全国一位となった。政府の教育振興基本計画が掲げる九つのウェルビーイング指標に沿って小中学生の回答を分析した2025年度の調査では、秋田県の適合度は、全国平均を50とする偏差値で82に達し、二位の山梨県を10ポイント上回った。この結果は、秋田県が長年にわたって築いてきた教育環境の強さを示している。
その一方で、秋田県内の全日制高校を2026年3月に卒業した生徒の半数以上は、進学や就職を機に県外へ向かった。小中学校では高い幸福感を持って育った子どもたちが、高校卒業後には秋田の外へ進んでいくのである。
子どもたちの幸福感を育てることに成功した秋田から、なぜ若者が流出するのか。この問いを解くには、子ども期の幸福を生み出す条件と、成人後の進学や仕事を支える条件との違いに目を向ける必要がある。
秋田県は1993年度から「ふるさと教育」に取り組み、地域出身の偉人や地場産業について学ぶ機会を設けるとともに、学習を実社会と結びつけ、地域や社会を自らよりよくしようとする意識を育ててきた。子どもの自発性を引き出す探究型授業も、秋田の教育を特徴づけている。秋田県は、こうした30年以上にわたる教育の蓄積が、今回の結果にも表れていると評価している。
自分のよさを認め、周囲から大切にされていると感じ、自分も地域や社会に関われると考える子どもが多いことは、秋田の教育が誇るべき成果である。だからこそ問われるのは、その教育によって育てられた子どもたちの半数以上が、高校卒業後の進路として県外を選ぶ現実である。
秋田県教育庁の進路調査によると、2026年3月に県内の全日制高校を卒業した生徒は6178人であった。このうち大学・短大への進学者3102人のうち、県内進学者は939人にとどまり、2163人、全体の69.7%が県外へ進んだ。専修学校等を含めた進学者全体でも、4213人のうち2846人、67.6%が県外を選んでいる。高校卒業後の就職者1678人についても、517人、30.8%が県外へ就職した。
県外進学者と県外就職者を合わせると、少なくとも3363人が卒業直後の進路として秋田県外を選んだことになり、全日制高校卒業者の54.4%に相当する。進学先や就職先と住民票の所在地は必ずしも一致せず、将来秋田へ戻る人もいるため、この数字は人口統計上の流出数そのものではない。それでも、一学年の半数以上が高校卒業という節目に県外へ向かうという規模は、秋田の子どもたちの「その後」を考えるうえで重い意味を持つ。
幸福感日本一の子どもたちは、なぜ秋田を出ていくのか。この問いこそ、秋田の教育成果と人口減少との関係を考える核心である。
若年流出は進学と就職の時期に集中する
秋田県の人口移動統計も、若者の移動が進学と就職の時期に集中していることを示している。2025年の秋田県では、転入者1万1628人に対して転出者が1万5036人となり、差し引き3408人の社会減が生じた。年齢別では、15歳から19歳の転出超過が1007人、20歳から24歳が1417人に達し、両年齢層だけで県全体の社会減の71.1%を占めている。
高校卒業者の進路と年齢別の人口移動を重ねると、若年流出が二つの段階を通じて進んでいることがわかる。最初の段階は、高校卒業後の県外進学と県外就職である。次の段階は、大学や専門学校を卒業する時期の就職であり、県内の高等教育機関から県外へ就職する人に加えて、県外へ進学した人が卒業後もそのまま県外で職業生活を始める動きが含まれる。
進路調査と人口移動統計は同じ個人を追跡した資料ではないため、県外進学者のうち何人が卒業後に秋田へ戻ったのかまでは確定できない。しかし、高校卒業時に大規模な県外移動が生じ、大学卒業や就職に重なる二十代前半にも大きな転出超過が続いていることから、秋田の若年流出が進学時点だけで完結せず、就職段階まで続いていることは読み取れる。
15歳から24歳の社会減を男女別に見ると、男性が1123人、女性1301人となっている。特に20歳から24歳では、男性の転出超過624人に対して女性は793人に達する。 この差は、県内の高等教育と労働市場が、若い女性の希望する学問、職業、処遇、昇進機会、働き方をどこまで提供できているかという課題を提起する。若年流出を考える際には、移動する人数とともに、学びたい分野や就きたい職業と県内の選択肢との対応を見る必要がある。
子どもの幸福と大人の可能性
今回の幸福感は、「自分にはよいところがあると思うか」といった九つの質問への回答をもとに算出されている。そこから読み取れるのは、子どもの自己肯定感、周囲からの承認、学校生活への適応、地域や社会への参加意識などである。秋田の幸福感一位は、学校と地域社会が子どもの現在を支え、子ども自身も自分の価値や社会とのつながりを実感できる環境を築いていることを示している。
一方、高校卒業後の進路は、県内に学びたい分野があるか、希望する職業に就けるか、能力に見合う役割と所得を得られるか、専門性を高めながら職業人生を築けるかといった条件によって決まる。年齢を重ねれば、住宅、医療、交通、子育て、文化的環境など、生活全体を支える条件も重要になる。
幸福感一位と若年流出は、相反する結果ではない。前者は秋田が子どもの現在を豊かにする力を示し、後者は成長後の進学先や職業を県内で選べる範囲を示している。秋田の学校が自己肯定感と社会参加意識を育てる一方、進学者の3人に2人以上、就職者の約3割が県外へ向かうという事実には、子どもを育てる力と、その後の可能性を支える力との隔たりが表れている。
幸福を現在の心理状態だけで捉えるなら、秋田は子どもにとって恵まれた地域である。幸福を、自分の希望に沿って進学先や職業を選び、その選択によって将来を築けることまで含めて捉えるなら、幸福感一位は子ども期だけで完結する成果ではない。それを成人後の選択可能性へつなげることが、秋田に残された課題となる。
教育の成功が移動する力になる
質の高い教育を受け、自己肯定感を持ち、自発的に学ぶ子どもは、自分の可能性を信じ、より広い進路を比較できるようになる。探究型教育によって育てられる主体性は、地域の課題解決へ向かうとともに、希望する学問や職業を求めて県外へ進む選択にも表れる。
この意味で、教育の成功と若年流出は無関係とは言い切れない。教育によって子どもの可能性が広がる一方、県内の進学先や就職先の幅がそれに見合う速さで広がらなければ、教育によって得た選択能力は県外へ向かう力として現れる。秋田は子どもを育てる力を持ちながら、そこで育った人材の多くを県外の大学や労働市場へ送り出しているのである。
これは秋田の教育の失敗ではない。子どもが自らの希望に沿って県外へ進めることも、教育によって選択肢を広げた成果である。問題は県外へ出ること自体ではなく、秋田に残る、県外で学び働いた後に戻る、県外に暮らしながら秋田と関わるという三つの道が、それぞれ本人の可能性を広げる選択として成立しているかどうかにある。
教育が育てた人を県内につなぎ留めるという発想よりも、その人がどこで暮らしても秋田との関係を保ち、自らの能力を地域へ結びつけられるようにする発想が求められる。同時に、秋田に残ることや戻ることが職業上の可能性を狭める選択とならないよう、県内の学びと仕事を充実させる必要がある。
県外進学を生む高等教育機会の偏り
秋田の若者が県外へ向かう最初の大きな分岐点は進学である。2026年3月の大学・短大進学者のうち県内進学者は30.3%であり、県外進学者は69.7%を占めた。県外の進学先では、秋田を除く東北地方が30.4%、東京都が14.1%、東京を除く関東地方が11.3%となっている。
この規模の県外進学を、若者の都会志向だけで説明することはできない。進学先は、県内にどのような大学、学部、専門分野、教育課程、定員が存在するかによって大きく左右される。学びたい分野に対応する大学や専門学校が県内になければ、その希望を実現するには県外へ進むことになる。
人口規模や教育資源を考えれば、あらゆる学問分野を秋田県内にそろえることは現実的ではない。だからこそ、県外進学後も秋田との関係を保ち、その後の学びや仕事を通じて関わりを深められる環境をつくることが重要になる。県内の高等教育機関には、それぞれの特色を生かして秋田の産業や地域課題に関わる分野の魅力を高める役割があり、県外へ進学した人との関係については、県内企業、自治体、高等教育機関、地域の事業者が在学中から接点をつくることが求められる。
その接点は、卒業後の帰郷だけを目的とするものではない。秋田へ戻って就職、起業、研究に取り組む道に加え、県外で得た知識、技能、人脈、市場とのつながりを、現地での仕事や共同事業を通じて秋田へ結びつける道もある。県外企業に勤めながら県内事業者との取引を育て、専門的な知見を地域課題の解決へ生かし、顧客、技術、人材を秋田へつなぐことも、ふるさととの具体的な関わりとなる。
県外進学を機に秋田との関わりが薄れるか、新しい関係が生まれるかは、秋田が県外へ進んだ人との接点をどのように育て、その学びや仕事と地域を結びつけるかによって変わる。県外進学を人口の流出として数えるだけでは、この可能性は捉えられない。
求人の数と選ばれる仕事との距離
高校卒業後の就職について見ると、秋田県内には相当数の求人が存在する。2024年3月卒業予定者を対象とした2023年6月末時点の調査では、県内求人は4115人分あり、県内就職希望者1131人に対する求人倍率は3.64倍に達していた。
それでも、2026年3月卒業者の県外就職率は30.8%となった。 求人総数が就職希望者数を大きく上回りながら県外就職が続く背景には、求人の量と、若者が希望する職種、仕事内容、報酬、成長機会との間のずれがあると考えられる。企業には働き手が足りず、若者には選びたい仕事が足りないという状態は、求人倍率の高さだけでは解消しない。
ふるさと教育やキャリア教育を通じて県内企業に触れる機会を増やすことは、地域に存在する仕事を進路の候補として可視化する。一方、仕事の内容や処遇を魅力あるものにする役割は、企業と地域経済の側にある。県内就職を増やすには、情報を伝える取り組みとともに、若者が専門性を伸ばし、十分な所得を得ながら将来を描ける仕事を育てることが必要である。
大館市の地域再生計画も、ふるさとキャリア教育によって育てられた子どもたちの成長が地元産業の活性化へ十分につながっておらず、大学進学や就職によって地域を離れる若者が多いと認識している。また、学びの場、学び直しのできる職場環境、技能を生かせる就業先なども地域の課題に挙げている。
教育によって育てられた能力を生かす道は、県内就職に限られない。県内で働く人には能力に見合う役割と報酬を提供し、県外で働く人とは取引や共同事業を通じて知識や経験を秋田へつなぐことによって、地域で育った人の力を居住地の内外で生かすことができる。
教育の強さは、地域に残る理由になるか
秋田県の鈴木健太知事は、教育を秋田の強みと位置づけ、その充実が子育て世帯の移住を増やすうえでも意味を持つと語っている。優れた教育環境を広く伝え、子育て世帯に秋田を選んでもらおうとするのは、自然な発想である。
一方、教育環境の強さが移住先としての魅力になることと、そこで育った子どもたちが卒業後も県内で学び働くこととは、別の条件によって決まる。子育て世帯は学校教育に加え、親の仕事、世帯所得、住宅、医療、交通、保育、文化的環境などを含めて、家族の将来を判断するからである。
さらに、秋田の教育を県外から子育て世帯を呼び込む魅力として発信するならば、その教育を受けて育った子どもたちが、進学や就職を機に県外へ向かう現実にも目を向けなければならない。外から新しい住民を迎える取り組みとともに、秋田で育った若者が県内に残る道、県外で学んだ後に戻る道、県外で暮らしながら秋田と関わる道を広げることが求められる。
幸福感一位という数字が示すのは、秋田の教育環境の強さである。それを地域の将来へつなげるには、小中学校での教育成果とともに、その後の進学、就職、所得、生活、県外からの関わりまで視野に入れる必要がある。秋田の教育を受けた子どもたちの半数以上が高校卒業後に県外へ向かうという事実は、教育と地域経済の接続だけでなく、県境を越えてふるさととの関係を持続させる方法を問うている。
居住地を越えて秋田との関係を育てる
秋田で育った人と地域との関係には、県内に残る、県外で経験を積んだ後に戻る、県外で暮らしながら関わるという三つの経路がある。
秋田に残る道を魅力あるものにするには、学びたい分野、希望する職種、十分な所得、専門性を高める機会が県内にあり、秋田で学び働くことが本人の将来を広げる選択となる必要がある。
県外で学び働いた後に戻る道には、そこで身につけた専門性を生かせる仕事とともに、住宅、起業、子育てを含む生活再建の環境が求められる。帰郷への感情的な呼びかけよりも、戻ることによって新しい仕事や生活の可能性が開けることが重要である。
県外に暮らしながら関わる道では、現地で得た専門知識、技術、取引関係、顧客、人材を秋田へ結びつけることができる。県内企業との共同事業、秋田の商品やサービスの市場開拓、地域課題への専門的な助言、新しい顧客や協力者の紹介などを通じて、居住地を移さずに地域の価値を育てることが可能である。
これらの経路は固定されたものではなく、人生の段階によって移り変わる。県内に残った人が後に県外へ移り、県外から関わってきた人が秋田へ戻り、秋田へ戻った人が県外との仕事を続けることもある。人と地域との関係は、一度の居住地選択によって決まるものではなく、学び、仕事、家族、事業を通じて変化しながら続いていく。
もっとも、県外から秋田に関わる人の存在は、県内の高等教育、仕事、所得、生活を充実させる課題に代わるものではない。県外からの関与は、県内で暮らしたい人の選択肢を外側から支え、新しい知識、技術、市場をもたらす経路として意味を持つ。県内の生活基盤を厚くする取り組みと、県外で活動する人との関係を育てる取り組みは、相互に支え合う関係にある。
この観点に立てば、地域政策の評価も、転入者数と転出者数だけでは完結しない。県外へ進んだ人との接点がどれほど続き、その知識、仕事、取引が秋田へどう結びついているかも重要になる。秋田の教育が育てた人材は、現在県内に居住している人だけではない。県外で学び働く人の力を秋田へつなぐ経路を育てることは、人を県内に囲い込む方法とは異なる地域形成の可能性を開く。
幸福感日本一が突きつける問い
秋田の子どもの幸福感が全国一位であることと、若年層が大規模な転出超過となっていることは、秋田の異なる側面を映している。前者は、秋田が子どもを育て、認め、地域とのつながりを感じさせる力を示している。後者は、その教育によって広がった能力と希望に対し、県内で選べる進学先や職業が十分な厚みを持っているかを問いかけている。
秋田の問題は、子どもを幸福に育てる力の弱さではなく、そこで育った人が自らの可能性を生かす経路を、秋田との関係のなかにどれだけ見いだせるかにある。県内に残る人には学びと仕事を、県外から戻る人には知識や技能を生かせる機会を、県外で暮らし続ける人には仕事や活動を通じて地域へ関われる接点を用意することによって、教育の成果は秋田の未来へつながっていく。
幸福とは、現在の自分を肯定できることに加え、将来の人生を自ら選べることでもある。秋田の学校で自己肯定感と探究心を育てられた子どもが、学びたい分野を選び、能力を生かせる仕事に就き、自分の人生を築くことが、子ども期の幸福を成人後の幸福へつなぐ。その人生の場所が県内にも県外にも開かれ、どこに住んでも秋田との関係を自ら選べることが重要である。
子どもの幸福感一位は、秋田の教育が得た勲章であると同時に、そこで育てた人の未来をどのように支えるのかという課題を示している。幸福感日本一の子どもたちが秋田を出ていくという事実が問いかけているのは、若者を県内にとどめられるかということだけではない。秋田に残る人、秋田へ戻る人、県外から秋田に関わる人の力を、それぞれ秋田の未来へつなげられるかということである。
編集部より:この記事は財政学者・島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」2026年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」をご覧ください







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