なぜAIは「聖書」を危険物と判断したか

オーストリアのローマ・カトリック教会前最高指導者クリストフ・シェーンボルン枢機卿はウィーのメトロ新聞「ホイテ」(10月16日)のコラム欄で「AIと聖書」というタイトルで興味深い体験を記している。それによると、枢機卿がウィーン空港の保安検査で、短期間で3回も持ち物を検査されたという。その理由は、人工知能(AI)が枢機卿のリュックサックに入っていた「聖書」を危険物と探知したからだ。

クリストフ・シェーンボルン枢機卿、ウィキぺディアから

AIは「聖書」を「もしかしたら爆発物」と勘違いしたのだろうか。枢機卿は「驚いた私は、保安検査のスタッフに『どうしてこんなことが起こるのか』と尋ねてみた。すると、返ってきた答えは『AIが検知したのです!』というのだ。あるスタッフは、少しユーモアを交えてこう言った。『もしかするとAIは、聖書を危険な爆発物と勘違いしているのかもしれませんね』と述べた」というのだ。

シエーンボルン枢機卿は「確かに、聖書という書物は、私たち人間のあり方に多くの問いを突きつけるものだ。しかし、AIを開発した人々に問いたい。AIは一体どのようなプロセスを経て、聖書をそのようなものだと判断したのだろうか?」と問いかけている。

そして「私たちは、あまりにも安易にAIを信頼しすぎているのではないだろうか? そして、一度広がったAIを、再び制御下に置くことは可能だろうか? 現時点では、空港でのこの出来事をユーモアとして受け止める余裕はあるものの、正直なところ、少し不安を感じずにはいられない」と書いてコラムを閉じている。

世界ウィクリフ聖書翻訳協会などの調査(2025年・2026年発表)によると、聖書は、世界で約776~801言語で聖書全巻が翻訳され、英国外国聖書協会などの調査・ギネス世界記録によると、歴史上の総発行部数は約50億~70億冊以上と見積もられており、「人類史上最も多く読まれている(発行されている)書物」とされている。その聖書をAIが危険物と判断しているのだ。

2冊の聖書に手を置き、大統領宣誓をするドナルド・トランプ氏 Wikipediaより

AI自身が聖書を「危険物」と勝手に判断することはない。AIは学習を通じて学んでいくが、その教材と学習プロセス次第で「聖書は危険」といった判断を下すことは十分にあり得るのだ。もちろん、AIがたまたまイスラム教徒だったということはないだろう。

そこでAIに直接聞いてみた。以下、その回答だ。

「AIが『聖書は危険物だ』と勝手に独自の意思(自我)を持って判断することはありません。AIは人間のような感情や倫理観、自発的な意図を持たないため、ゼロから『これは危険だ』と思いつくことは不可能です。もしAIがそのような判断を下すとすれば、それは人間が作成したデータ、設定したルール、またはシステムのバグ(欠陥)といった「人間の側にある要因」の経路を通じてのみ起こります」

そして具体的に5つの経路が考えられれるという。

1. 訓練データ(学習元)の偏り
AIはインターネット上の膨大な文章を学習して作られます。もし学習データの中に「宗教書=対立を生むもの」「聖書には暴力的な描写がある」といった批判的な言説や極端な意見が圧倒的に多く含まれていた場合、AIはその統計的な傾向を真に受けてしまい、「聖書は危険をはらむ書物である」という文脈を出力してしまうことがあります。

2. 人間が設定した「安全基準(安全フィルター)」の厳格化
AIの開発企業や政府は、ヘイトスピーチや暴力を防ぐために「安全ガイドライン」をAIに組み込んでいます。聖書の記述(旧約聖書の戦争の描写、特定の罰、厳格な教条など)には、現代の倫理基準から見ると「暴力的」「差別的」と解釈されかねない表現が一部存在します。AIの安全フィルターが「暴力や差別的な言葉を一切排除する」という極端に厳しい設定になっていた場合、文脈を無視して機械的に「危険物(有害コンテンツ)」と判定してしまうケースがあります。

3. 文脈の誤認(ハルシネーションや技術的限界)
AIは言葉の意味を人間のように「理解」しているのではなく、確率で処理しています。例えば、聖書の中にある「最後の審判」「滅び」「剣」といった過激な単語だけを拾い上げてしまい、それが比喩や歴史的背景であることをAIが理解できず、「物理的な暴力を扇動するテキスト」と誤認する経路です。

4. 政治的・社会的な規制(プログラミング)の反映
国や地域によっては、特定の宗教書を規制したり、コンテンツの流通を制限したりする場合があります。開発者や政府が意図的に「特定の宗教的・思想的テキストを危険物または有害図書として扱う」というルール(検閲コード)をAIのシステムに直接書き込んだ場合、AIはその命令に従って危険物と判断します。

5. 多義的な「危険」の定義のズレ
AIが本物の「爆発物」や「凶器」と同じ意味で聖書を危険物と呼ぶことはまずありませんが、「社会的な論争を引き起こすリスクがある(=取り扱いに注意が必要なコンテンツ)」という意味での「危険(Risky)」と定義されている場合、その翻訳や解釈のズレから「危険物」という極端なラベル付けに見えることがあります。

<結論>
AIがそう判断する時は、常に「人間が与えたデータ」「人間が作ったルール」「人間の言葉の二面性」が原因です。AIが自発的に聖書を敵視したり、危険だと思想を持ったりすることは技術的にあり得ません。

AIの回答を読んで、最大の原因は訓練データの偏りだということが分かる。世界が益々世俗化し、神はいない、宗教は非科学的で正しくない、といった社会風潮が広がっていけば、その時のAIは「神は非科学的」、「宗教はアヘンで人間にとって危険」ということを学習するだろう。

シェーンボルン枢機卿が空港で3度、聖書を所持していた故にストップされ、検査を受けたということは、AIが現代社会で発信されている情報(多数派)から学んだ結果だ。21世紀に生きている私たちは既に「聖書は危険物」といった世界の中に住んでいることになる。例えば、ある団体,機関が「反社会的」と判断され、その情報が社会に氾濫した場合、AIは「その団体は危険です」と回答する可能性が高まるだろう。シェーンボルン枢機卿の懸念、不安を当方も共有する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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