人物を育てる

私は此の「北尾吉孝日記」に嘗て次のように書きました(10年4月6日)――明治維新前夜の人物の中で最も偉大な人物は吉田松陰ではないかと思っています。彼は29歳でこの世を去ったわけですが、その墓には所謂弟子と称する者達17名が自ら自身の名を刻んでいるそうです。その17名の内には、例えば後に内閣総理大臣となる伊藤博文公や山県有朋公がおり、また他の国務大臣が7名、2人が大学の創始者というように偉大な人物ばかりです。百年の計を得るには兎に角、人を育てることが大事であると昔から言われていますが、正に彼は松下村塾にて人を育て、そして明治維新前夜の理論的支柱となった偉人と言えるでしょう。

当時に比して色々な情報がアベイラブルな時代にあっても、西洋のちょこっとした学問や人間学欠落の戦後日本教育では、人物はつくられないのです。松下村塾で孟子をとことん学ぶといったことが、人物をつくる上で非常に大きな働きを齎したのでしょう。吉田松陰という人物は凄まじい読書家でした。彼は萩の野山獄に投ぜられた時代に、約3年間で1460冊もの書物を読破したと伝えられています。実に中国の詩人・杜甫の「男児須らく読むべし五車の書(読破五車)」を実践し、新しい時代を洞察し、人物を多く育てることで偉大なる維新を成し遂げたわけです。

昔から、偉大な実践家は、大いなる読書家であると言われていますが松陰の場合の読書は、大観の見識を養うための活読であると同時に大志を実現しようとする強い意志の発露だったと思います。過酷の獄中生活でありながら、松陰は書物を読める日々を「天下の至楽…これ以上ない楽しみ」とまで言っていました。

松陰はまた、「古人(こじん)今人(こんじん)異るなし…昔の心ある立派な人も、今の私どもも何ら変わりはない」と言っていますが、人間性は何ら変わりはないものの、志を抱く強さは異るのかもしれません。古人は苦労に苦労を重ね全身全霊を以て、何とか時代を切り拓いて行ったのです。今の豊かな時代に、あれだけの人物は略(ほぼ)見当たらないでしょう。

今日の世界は益々混迷を極め、我々は様々な意味で恐るべき変化と不安の難局に突入しています。此の打開には人物を育成するしかないわけで、先ずは人物をつくり、その人物をして物事を立派に成就させて行くことが希求されます。正に『易経』にある「開物成務:かいぶつせいむ」ということです。

最後に、私の好きな道歌を紹介しておきます。「人多き 人の中にぞ 人ぞなき 人となれ人 人となせ人」


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2026年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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