
(前回:m3.comとは何者か③:m3掲載記事めぐり55万円賠償命令)
記事を消して終わりでよいのか
2026年5月、東京地方裁判所は、m3.comに掲載された記事の侮辱的表現をめぐり、大阪大学大学院の忽那賢志教授に55万円の支払いを命じた。判決は確定している。
忽那氏との裁判は一審で判決が確定しました。
判決文が届いたその日に賠償金の支払い依頼がありました。忽那氏が「捏造という言葉を軽々しく使うんじゃない!おまえは科学をわかっとらん」という私からのメールがあったようにhttps://t.co/MgPzR2Gj7Xに記載していますが、このような野蛮な言葉は一切ありません。私のメールと判決文の一部を公開します。
また、一部誤解があるようですが、損害賠償(名誉棄損・侮辱・名誉感情毀損)の理由となった言葉は、「イベルメクチンを推しまくり、その強さたるや突っ張りでブラジルまで突き飛ばされそうなほどでした。畏るべし、某教授氏」が広がっていますが、事実は 「狂人」、「反ワクチン派に迎合」、「反マスク」、「晩節を汚すばかりか全身陰謀論に身を沈める」 といった数々の侮辱の言葉が理由です。
ちなみに私はワクチンを接種していますし、経済産業省や厚生労働省、さらにはマスク業界の方々とマスクをJIS化する時の委員長です。当時の私は20歳下の若手の彼を評価していたので、私が主催している「感染症の講習会」に講師としてお招きしようとしていました。このような結果になってとても残念です。
メールを学会の大会長や理事長、上司を加えたのは、忽那氏が事前に提出された講演タイトルや要旨とは全く違う内容で講演されたからです。下記が私から忽那氏へのメールとなります。
件名: 忽那先生のご発表;イベルメクチンの件
日時:2023/10/24 火 09:46忽那先生
おはようございます。
先生が感染症学会でご講演されたイベルメクチンについて、X先生からご指摘を頂きました。X先生のメール転送はX先生に許可を頂いています。
先生が紹介された論文(取り下げ)は、ビッグデータを収集する会社の問題ということが明らかになっています。収集した病院への迷惑と患者情報の開示は守秘義務に違反するという理由で開示請求に応じなかった結果と聞いています。
決して著者の先生方の捏造ではありません。捏造という「言葉」は科学者にとって致命的です。
この点は反省して頂くべきと思います。また、X先生が添付されているpre-printが「Chest」に掲載されています。
「Chest」掲載は先生の講演後の公表となっていますが、preprintとしては6月に掲載されています。
また、私ども北里大学は医師主導型の治験を行っている最中であり、イベルメクチンの効果とは関係ない点で、患者さんや担当医師がネガティブな反応に陥ることは避けたいと思います。リクルートに大きな影響を与えてしまいます。臨床研究実施計画・研究概要公開システム:https://t.co/7g83zrOmOB
花木秀明
— 花木秀明 (@hanakihideaki) June 6, 2026
賠償を命じられたのは執筆者個人であり、媒体ではない。だが、その記事を企画し、見出しを付け、「人気連載」として数十万人の医師へ届けたのはm3.comである。

判決後、媒体は何を検証したのか。筆者は7項目を照会した。個別の回答はなかった。
掲載記事は現在どうなっているのか
筆者が問題意識を持った理由は、判決だけではない。
「忽那賢志のコロナ戦記」の存在を示す紹介記事や検索記録は残っている。しかし、連載各回の本文、とりわけイベルメクチンを扱った記事は、現在、通常の検索や非会員アクセスでは容易に確認できない。
削除されたのか。公開期限が終了したのか。会員限定のまま検索対象から外れたのか。URLが変更されたのか。外部からは判断できない。
問題の記事を非公開にすること自体が不適切だとは限らない。権利侵害が認められた記事なら、被害拡大を防ぐために公開を止める判断もあり得る。
だが、その場合でも、いつ非公開にしたのか、何を修正したのか、なぜ修正・削除したのか、判決を受けて編集部が何を検証したのかを記録として残すべきではないか。
記事だけが静かに消えれば、読者は元の記述も、訂正内容も、媒体の判断も確認できない。それでは検証ではなく、記憶の消去になってしまう。
7項目を照会したが、個別回答はなかった
筆者はm3.com編集部に、以下の7項目を書面で照会した。
- 「忽那賢志のコロナ戦記」は現在もm3.com上で閲覧可能か。
- 閲覧できない回がある場合、その記事名または掲載回と、非公開になった時期。
- 非公開となった記事がある場合、その理由は公開期間の終了、著者からの要請、編集部の判断、訴訟その他の事情のいずれによるものか。
- 同連載中の「イベルメクチンにまつわるエトセトラ」と題する記事は現在どのような公開状態にあるか。
- 2026年5月18日に東京地裁が忽那氏に55万円の支払いを命じたと報道された訴訟について、判決の対象となった記事は同連載に掲載された記事か。
- 判決を受け、当該記事または連載について訂正、編集部注記、非公開化、検証その他の対応を実施したか。
- m3.comは掲載記事の修正履歴や非公開化の理由を読者に示す方針または規定を設けているか。
照会にあたっては、イベルメクチンの有効性や新型コロナの治療方針について見解を求めるものではなく、記事の公開状況と媒体としての編集・訂正方針の事実確認が目的であることを明記した。あわせて、回答を今後の記事で引用する可能性があること、引用に際して条件や留意事項があれば知らせてほしいことも伝えた。
2026年7月17日、m3.comから回答があった。内容は、現在掲載している情報が同社として公開している情報の全てであり、それ以外の運営上の詳細には回答しかねる、という趣旨のものだった。7項目への個別回答はなかった。引用の条件や留意事項の提示もなかった。
この回答をもって、m3が違法性を認めたとも、訴訟を理由に記事を削除したとも言えない。
また、係争が続いている段階であれば、媒体が個別の回答を控える判断にも理由はある。訴訟戦略に影響し得るからだ。しかし本件の判決はすでに確定している。それでもなお、記事が現在読めるのかどうかすら説明されない。
医療メディアの訂正制度やアーカイブ方針は、本来、秘密にすべき企業内部情報なのだろうか。
記事を掲載する際には、医師の権威と専門性を前面に出す。一方、記事に問題が生じた時には、公開状況も訂正履歴も説明しない。それでは、発信の利益は媒体が得るが、問題発生後の説明責任は執筆者個人へ切り離されることになる。
医療専門メディアに必要な最低限のルール
新聞や報道機関でも誤報や不適切表現は起きる。重要なのは、誤りを完全になくすことではなく、発覚後にどう処理するかだ。
第一に、記事の訂正履歴を残すこと。修正日だけでなく、何をどのような理由で変更したのかを示す。結論に影響する修正なら、記事冒頭に編集部注記を置くべきだ。
第二に、非公開化の履歴を残すこと。記事本文を削除しても、元の記事名、掲載日、非公開日、理由、訂正文へのリンクは残せる。
第三に、外部からの訂正申立て窓口を明示すること。問い合わせフォームがあるだけでは足りない。事実誤認、利益相反、名誉侵害、研究不正疑義などについて、誰が審査し、どの程度の期間で回答するのかを示す必要がある。
第四に、編集部門と営業部門の関係を説明すること。m3は医療ニュースだけでなく、製薬企業向けマーケティング、治験、人材紹介などを同じ医師会員基盤の上で展開している。
利益相反が直ちにあると言うのではない。利益相反が疑われ得る構造だからこそ、編集の独立性を可視化する必要がある。
専門家統治には、専門家メディアの検証が要る
コロナ禍では、専門家の言葉が社会を大きく動かした。マスク、ワクチン、治療薬、行動制限をめぐり、「専門家の見解」は個人の生活や職業、家族関係にまで影響した。
その一方で、専門家同士の異論は、時に「反科学」「陰謀論」「反ワクチン」といった一語で処理された。
今回の判決が示したのは、権威ある専門家であっても、科学的批判と人格攻撃の境界を越えれば責任を問われるという当たり前の原則である。
では、権威ある専門家を起用し、その言説を多数の医師へ届けた媒体はどうか。
執筆者だけに責任を負わせ、記事を見えなくし、編集過程や訂正方針について答えない。それで医療専門メディアとしての責任を果たしたことになるのか。
m3.comは、単なるウェブサイトではない。医師の情報、求人、治験、製薬マーケティング、学会活動を束ねる巨大プラットフォームであり、医療界の言論空間を形づくる主体でもある。
大きな発信力には、大きな検証責任が伴う。
専門家を選び、権威を与え、言説を流通させるなら、その言説が誤った時、行き過ぎた時、裁判所から違法と判断された時の履歴も残さなければならない。
医療情報は、掲載して終わりではない。
消して終わりでもない。
【参考リンク】
・m3.com編集部「忽那氏、クソリプ訴訟に立ち上がる」
・m3.com「2023年医療界のキーパーソン、尾身氏が4連覇」
・エムスリー株式会社・企業情報
・エムスリー株式会社・IRライブラリ
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制度の問題は、問題として認識されなければ検証すら始まらない。私のnoteでは、医療、行政、公共サービス、消費者保護など、日常に埋もれたさまざまな「おかしさ」を問題定義の段階から掘り下げています。








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