「背広」と「衣文かけ」を変更する必要あるか?

私には譲れないものがある。服の呼び名である。

スーツは背広でいい。スーツという言葉は便利すぎる。英語では訴訟の意味もあるし、宇宙服も潜水服もスーツと呼ぶ。ところが背広と言えば、男が仕事に着ていくあの上下しか指さない。意味がひとつに定まる言葉のほうが、よほど親切ではないか。

ジャケット、パンツという言い方にも違和感がある。上着とズボンで十分に通じる。だいたいパンツと聞けば、私の世代はまず下着を思い浮かべる。店で「こちらのパンツ、お似合いですよ」と言われて一瞬どきりとするのは、私だけではないはずだ。

カタカナにすればハイカラに見えると思っているのか。いいじゃねえか、ズボンで。ベストをジレと呼ぶのも変でしょう。ジレったい。

そもそもベストは、私が若い頃はチョッキだった。チョッキがベストになり、ベストがジレになった。呼び名だけが三代替わりして、服はずっと同じ形をしている。

デニムという言葉も使わない。ジーパンかジーンズで用は足りる。デニムはもともと生地の名前であり、生地の名で服を呼ぶのは、綿のシャツを「コットン」と呼ぶようなものだろう。靴下を「ウール」と呼ぶ人はいないのに、ズボンだけが生地の名で呼ばれるのは解せない。

タートルネックは、とっくりと呼んでいる。首の部分が徳利に似ているからとっくりである。見た目のままで、誰が聞いても取り違えない正直な名前だ。

ハンガーも同じである。衣文かけという立派な言葉があるのに、なぜ横文字に頼るのか。衣文かけと口にすると、着物の襟元を整えてきた暮らしの手触りまで、一緒に掛かっている気がする。

服に限らず、呼び方は昔のままだ。いまだにBMWとは言わずベンベーと言っている。ドイツ語読み「ベーエムベー」が訛ったもので、昭和の車好きはたいていそう呼んでいた。AMGもドイツ語読みで「アーエムゲー」である。ダナキャランに至っては、ドナキャランの間違いだろうと今でも思っている。

古いと笑われれば、その通りだ。ただ流行に合わせて呼び名を次々に着替えていくと、服より先に言葉のほうがすり切れてしまう。体に馴染んだ言葉は、長く着た背広と同じで着心地がいいのだ。

言葉も服も、手入れをしながら長く使えばいい。だから私は今日も背広を衣文かけに掛け、ズボンの折り目を気にしている。これだけは譲れない。

尾藤克之(コラムニスト、作家)

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