
炎上も含めて名曲である
Mrs. GREEN APPLEの「シンデレラ」のMVが炎上している。アルバム『POPS』の収録曲で、大森元貴が初めて自ら監督を務めたMVだ。
結論から書く。この曲とMVは素晴らしい。そして、これほどの反発を招いたこと自体に、この作品が現代の急所に触れている理由がある。
ミセスのMVといえば「コロンブス」の騒動が記憶に新しいが、あれは歴史描写への配慮の問題で、本人たちも反省を表明している。今回はまったく別の問題だ。
拍子が物語る、精緻な編曲
キャッチーなメロディと比類ない歌唱力は言うまでもない。注目したいのは編曲だ。音楽評論家でYouTuberのみの氏が、拍子と映像の関係について鋭い指摘をしている。
ミセスの『シンデレラ』はマジで凄い曲です。注目すべきは3/4拍子の使い方 。
・ラブホで男に頭を撫でられる場面では、3/4→3/4→2/4という変則的な拍子。ワルツのようでワルツになりきれない、いわば「成就しないワルツ」。
・一方、夢の中で王子様と踊る場面では、正真正銘の3/4拍子。しかし別のカップルに目をやり、我に返る瞬間に4/4へと切り替わり、バンドイン。ワルツが象徴する幻想から、残酷に現実へと引き戻される。
・そして圧巻なのが終盤。鏡の前で自分自身を受け入れる場面で、一瞬だけ3/4拍子が帰ってきます。今度はピアノだけの控えめなワルツ。
かつて王子様と踊るためのものだったワルツを、最後には自分自身の足で踊り始める。 つまり、拍子の変化そのものが主人公の成長を物語っている編曲になっています。— みの (@lucaspoulshock) October 30, 2026
歌詞が語らないことを、音楽が語っている、という指摘だ。
普遍的なテーマ、のはずだった
歌詞の主題も、ポップソングとして申し分ない。シンデレラを夢見た少女が、大人になって理想通りに生きられずにいる。他人と比べて羨み、妬む自分を見つめながら、それも含めて自分の生き方を肯定していこうと決める。
要するに「他人と比べず、自分の物語を生きよう」というメッセージだ。劣るところがあっても、人には生きる価値がある。人生の主人公は自分でよい。古来から歌われてきた普遍的なテーマであり、仏教的とすら言える。
ここに炎上する余地はない。
かのように見える。
無音の中に置かれた「裕福な」
しかし、一つだけ見逃せない言葉がある。中間部で、主人公の憧れがいくつか並べられ、その最後に置かれる「裕福な」だ。
憧れは
いつだって
愛されるあの子で
純粋なあの子で
裕福なあの子で
シンデレラ 作詞 大森元貴
夢のワルツから急激に現実へ引き戻されたあと、演奏は徐々に静まり、ついには伴奏が消える。その静けさの中に、呟くように置かれるのがこの一語である。
ところが、私は最初これを聞き取れなかった。アマチュアながらポップソングを作るのが趣味で、歌詞には人より敏感なつもりでいる。
それなのに、無音の中ではっきり歌われたこの言葉が、耳に入ってこなかった。ポップソングで「裕福」を聞いた記憶がなく、頭の中の予測に存在しなかったからだ。
ここまで際立たせて置かれた一語を、聞き流すことはできない。私には、この曲を読み解く鍵がここにあるように思えた。
約40万曲中52曲——歌われることの少ない言葉
どれほど珍しい言葉なのか、つい調べてしまった。約40万曲の歌詞を掲載する「歌ネット」で全文検索すると、「裕福」を含む曲は、カバーや別バージョンを含めてもわずか52曲だった。一方、「愛」を含む曲は約13万5000曲、「夢」は約14万曲ある。
ポップスは愛や夢を歌い続けてきた。お金や貧しさを歌った曲も、もちろんある。だが、「裕福」という日常的な言葉は、歌詞の世界では驚くほど珍しい。
なぜだろうか。
多くの人が人並みの豊かさを当たり前に感じていた時代、裕福さは、わざわざ歌にして願うほどのものではなかったのかもしれない。
その言葉が、いま、無音の中で際立たせて歌われる。この曲では、愛されること、純粋であることに続いて、最後に置かれるのが「裕福」だ。裕福さを切実に望まずにはいられないほど、日本は貧しくなった。私は、この一語をそう聴いた。
歌詞の伏線を、MVが可視化した
では、なぜ炎上したのか。直接の引き金は歌詞でも曲でもなく、MVの主人公の設定だ。シンデレラに憧れた少女は、大人になってキャバクラで働いている。
批判は大きく二つに分けられる。一つは、キャバ嬢を「なりたくない自分」の象徴として描くのは職業差別ではないか、というもの。もう一つは、夜の仕事に就いた女性に実質的な救いを何も与えず、自己肯定という精神論で済ませるのは、社会の問題から目を背けていないか、というものだ。
どちらにも一理ある。ただ私は、この炎上を、歌詞の「裕福な」が張った伏線を、MVがキャバ嬢という具体的な姿で可視化した結果だと見ている。言葉だけなら聞き流せた経済の問題を、映像が目の前に突きつけたのだ。
お姫様の衣装と、灰かぶり
タイトルの「シンデレラ」からして、この設定は二重の意味を持つ。キャバ嬢は、見た目だけならまさにシンデレラだ。お姫様のようなドレスをまとい、男性客にもてはやされる。
一方、シンデレラという名は、もともと「灰かぶり」を意味する。継母と義姉たちにこき使われ、灰にまみれて暮らしていた少女が、王子に見初められる大逆転の物語だ。
キャバ嬢という職業には、表立っては語られない差別が、いまも潜在的に存在する。職業に貴賤なしと言いながら、夜の仕事を一段低く見るまなざしは消えていない。そして、MVの主人公自身もそのまなざしを内面化している。だから、華やかな衣装を着ても、自分を肯定できないのだ。
大森元貴は、それをはっきりとは語らない。多くの人が口には出さずに思っていることを、映像で暗に示しているだけだ。だからこのMVのキャバ嬢は、シンデレラであると同時に、灰かぶりでもある。見た目はお姫様、内面は灰かぶり。この二重の暗喩こそ、明るく前向きであることを求められるポップミュージックの限界を、超えようとする態度だと思う。
偏見の存在を描くことは、偏見を肯定することではない。むしろ、そこから目を逸らさずに描いたからこそ、多くの人の心がざわついたのである。
志願者を「シンデレラ」と呼ぶ番組
キャバ嬢という職業が、いま特別な注目を集めていることも見逃せない。2026年1月に配信が始まったキャバ嬢オーディション番組「LAST CALL」は、志願者を「シンデレラ」と呼ぶ。運営会社の発表によれば、開始から約4カ月で切り抜きなどの関連動画を含め累計10億回再生を超え、視聴者の約75%は女性だという。


夜の仕事への憧れ自体は新しいものではない。2000年代にも、キャバ嬢は若い女性の憧れの職業として報じられていた。

番組が志願者に託すのは、人生を逆転するシンデレラの夢だ。一方、国民的バンドの「シンデレラ」は、華やかな衣装を着ても満たされない女性を描く。同じシンデレラという言葉が、成功への希望と、成功だけでは埋まらない苦しみの両方を映し出している。
「働けば豊かになれる」を信じにくい国
では、なぜ現代のシンデレラ・ストーリーの舞台が、キャバクラになったのか。私は、ここにも日本の衰退を見る。
キャバ嬢に憧れる女性がいること自体を、問題にしているのではない。問題は、「普通に働けば、少しずつ豊かになれる」という未来を信じにくくなったことだ。
円安と物価高の中、昼の仕事で地道に働いても、その先に「裕福」は見えにくい。だから、生まれや育ちに関係なく人生を逆転できる夜の世界が、いまのシンデレラ・ストーリーの舞台になった。裕福を望む歌詞と、キャバ嬢という設定は、同じ一つの現実から生まれているのだ。
しかし、このMVの主人公は、華やかな衣装を着ても救われない。「裕福」への憧れは消えない。その姿を、もはや他人事として眺められない。そこに今回の反発の根幹がある。この作品は、多くの人が目を背けたい現実に、スポットライトを当ててしまったのだ。
自己肯定は、現状肯定ではない
では、この曲は社会の問題を精神論で覆い隠しているのか。私はそうは思わない。
「あなたはあなたのままでよい」は、「社会はこのままでよい」ではない。貧困も理不尽な待遇も、放置してよいとは言っていない。貧困も理不尽も、嫉妬も欲望も、それを含めて人生であり、人生そのものはそれだけで肯定してよいのだ、というメッセージである。現実の問題の是非を超えたところに人生の肯定があり、それは自らが自分自身で作り出す物語なのだ。過去の自分が現在の自分を許し、とめどない涙を流しながらドレスを着て踊るMVのヒロインは、まさにそれを表現している。
国も同じだ。経済が衰退したからといって、その国の文化や、そこで生きる人々の営みの価値まで失われるわけではない。裕福さを求めることも、社会を変えようとすることも、否定するのではない。それも含めて、自らの物語を生きていくことが大切なのだ。
もちろん、この曲は天下国家を直接論じてはいない。しかし、個人的な感情の向こうに、国のあり方という壮大な問いまで想像させる音楽こそ、ポップミュージックの真骨頂であろう。それがこの曲なのだ。
ミセスの音楽は、ドパミンが出るような刺激ばかりを求める子ども、いわゆる「ドパガキ」向けだと揶揄されることがある。だが「シンデレラ」は、瞬間的な刺激だけでは終わらない。世相を深くえぐり取り、それを普遍的なテーマへと落とし込む。言葉と音楽で表し、自ら演奏し、映像まで自ら創り出す。大森元貴は、稀代のポップアーティストである。
王子様に選ばれなくても、裕福になれなくても、自分の人生の主人公であってよい。このMVに苛立ちを覚えた人にこそ、もう一度、音楽を聴き、MVを見てほしい。
あなたはあなたの物語を生きればよい。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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