ヤードに消えるネオクラ:JDMブームが日本の文化資本を吸い出している

(前回:燃えるヤード、消える盗難車:日本の地方に生まれた「準・治外法権」)

日本で「古い車」として扱われてきた車が、海外では“夢の車”になっている。

1990年代後半、海外の若者は『グランツーリスモ』などのゲームを通じて、スカイラインGT-R、スープラ、RX-7、シルビア、ランエボ、インプレッサといった日本車を知った。現実には手の届かない車でも、ゲームの中では走らせることができた。日本車は、単なる移動手段ではなく、性能と物語を持つ存在として記憶された。

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その憧れを大衆文化に押し上げたのが『ワイルド・スピード』シリーズだった。第1作はスープラやRX-7を通じて、日本車をアメリカのストリートレース文化に接続した。そして決定的だったのが、2006年の『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』である。

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舞台は東京。ドリフト、立体駐車場、ネオン、渋谷的都市空間、地下に潜る走り屋文化。X3は、日本車を単なる安くて速い改造ベースではなく、「日本の路上文化をまとった文化商品」として世界に提示した。日本の若者文化の一部だった車が、海外の若者にとって「日本に行けば存在する神話的カルチャー」になったのである。

そこへ米国のいわゆる25年ルールが重なる。製造から25年以上経過した車は、米国に合法輸入しやすくなる。かつてゲームや映画の中で見た日本車が、年式ごとに「解禁」され、現実の商品として米国市場に流れ込むようになった。R32、R33、R34、80スープラ、FD、S15、ランエボ、インプレッサ。日本国内では古い中古車だったものが、海外ではJDM文化の象徴となり、価格は跳ね上がった。

問題は、海外の愛好家が日本車を好きになったことではない。むしろ、それ自体は日本の自動車文化の勝利である。問題は、日本社会が自国の自動車文化を守る仕組みを持たないまま、世界市場だけがその価値を発見してしまったことだ。

ネオクラシック車は、単なる中古車ではない。90年代から2000年代初頭の日本車は、日本の製造業が世界市場で輝いていた時代の記憶そのものである。若者がアルバイト代を貯め、ローンを組み、週末に峠や埠頭やサーキットへ向かった時代の象徴でもある。

しかし日本の制度は、こうした車を文化資本として扱ってこなかった。古い車には自動車税や重量税の重課がかかる。純正部品は枯渇し、整備費は上がる。修理できる職人も減っていく。環境性能の低い古い車として負担は増えるが、文化財的な保存対象としての保護はほとんどない。

さらに厄介なのが保険である。市場では数百万円、時には千万円を超える価格が付いていても、保険上の評価額が実勢価格に追いつかない場合がある。車両保険に入れない、入れても十分な時価額で契約できない。つまり、盗まれたら終わりなのだ。同じ個体は戻らない。保険金でも買い戻せない。

しかもネオクラ所有者の多くは、投機目的の富裕層ではない。新車当時から30年近く同じ車に乗り続けてきた普通のオーナーも少なくない。彼ら全員が、セキュリティを備えたガレージを持っているわけではない。月極駐車場、自宅前の屋外駐車、簡素なカーポートで維持してきた車が、ある日突然、国際市場で高額商品に変わる。

価値が上がれば、盗難リスクも上がる。R32、スープラ、RX-7、シルビア、ランエボといった車は、完成車としてだけでなく、部品としても価値を持つ。エンジン、ミッション、ECU、メーター、内装、外装パネル。車体番号を持つ一台の車は、ヤードに入れば、追跡困難な部品の集合へ変換される。

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ネオクラ盗難は、ランドクルーザーやプリウスの盗難とは性質が違う。ランクルは中東やアフリカで実需がある。プリウスは部品や触媒、ハイブリッド系部材として換金価値がある。だがネオクラの場合、失われるのは実用車ではない。日本の産業史と若者文化の記憶である。

統計上は、ネオクラ盗難は大きく見えにくい。母数が少ないからだ。しかし問題は件数ではない。不可逆性である。盗まれた一台のR32やFDは、単なる一台の中古車ではない。再生産されない文化資本であり、失われれば国内市場から永久に消える。

さらに、ネオクラの流出は盗難だけで起きているわけではない。合法的な売却によっても、日本から車は消えていく。部品が出ない。整備費が高い。税金が重い。保険で守れない。盗難が怖い。セキュリティ付きガレージを借りるにも金がかかる。家族からは「もう売ったら」と言われる。こうして、長年の所有者は愛着だけでリスクを引き受け続けることに疲れていく。

そこへ海外バイヤーが現れる。提示される価格は高い。国内で維持に苦しむオーナーにとって、それは合理的な出口に見える。こうしてネオクラは、盗まれてヤードに消えるだけでなく、合法的な売却を通じても海外へ渡っていく。これは自由な市場取引であると同時に、国内保存環境の敗北でもある。

ネオクラ所有者の間では、よくある体験談も共有されている。外国人系のバイヤーが自宅や駐車場の周辺に現れ、「この車を売らないか」と声をかける。ワイパーに名刺が挟まれている。もちろん、それ自体は違法ではない。希少車を探す買い取り営業であり、合法的な商行為かもしれない。

しかし、その後に車が盗まれたという体験談がSNS上で語られる。個々の事例で、買い取り業者と窃盗犯を直結させる証拠があるとは限らない。だが所有者にとっては十分に恐ろしい。自分の車が誰かに値踏みされ、保管場所を知られ、売却意思の有無まで確認された。その後で盗まれれば、「あれは下見だったのではないか」と考えるのは自然である。

ネオクラ所有者は、単に「高く売れるから売る」のではない。「持ち続けることが怖くなったから売る」のである。海外バイヤーの名刺は、単なる買い取り営業の紙片ではない。所有者にとっては、自分の車が国際市場に発見されてしまったことを告げる通知書のように見える。

日本車を愛しているのは、もはや日本人だけではない。問題は、海外の愛好家が日本車を買うことではない。日本社会が、自国の自動車文化を国内に残す環境を作らなかったことである。

ネオクラは盗まれて消える。部品にされて消える。維持できなくなった所有者の手から、合法的に海外へ渡って消える。日本が古い車を文化資本として扱わず、単なる旧式車として負担を重くしてきた結果、JDMという日本発の文化は、日本の外で保存され、日本の中から失われつつある。

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制度の問題は、問題として認識されなければ検証すら始まらない。私のnoteでは、医療、行政、公共サービス、消費者保護など、日常に埋もれたさまざまな「おかしさ」を問題定義の段階から掘り下げています。

George・九条|note
私は大学に所属しない独立研究者です。制度や政策の「それ本当にそうなのか?」を、一次資料や論文まで戻って調べています。・研究の裏側 → 村人A・面白い論文 → 知られざる論文の世界・コロナを文化から考える → コロナ×作品・日本のコロナ政策検...

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