「2番目に好きな人と結婚しろ」が呪いに変わる本

指輪が第2関節で止まる場面から始まる。恋人がはめようとした指輪はそこから先へ進まず彼は「プロポーズするなら元カノがいい」と言って引き抜いてしまう。婚約の直前で振られた桃子はクリスマスイヴの雨の中を自分がキッチン担当として働く三軒茶屋の喫茶店「雨宿り」へ走る。

その男は以前店長に桃子は2番目に好きな人だと語っていた。2番目に好きな人と結婚した方がうまくいくという恋愛の常套句で男は褒め言葉のつもりで言っている。

『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』(川代紗生著)サンマーク出版

この本は、桃子がこの褒め言葉を7話かけて自分の言葉で言い直すまでを書いた小説である。誰かの1番になれなかった夜に読む本として薦めたい。

桃子は31歳で田舎の父からは天国の母に桃子が幸せになった姿を見せたいと言われている。誰かに1番に選ばれて家庭を持つことが、本人にとっても周囲にとっても「足りている人間」の条件だ。2番目で十分だと言われるのはその条件を満たせない人間だと言われるのと同じだから褒め言葉が呪いに変わる。

厄介なのは父の願いが悪意ではなく愛だということで、悪意なら振り払えるが愛は振り払えない。著者は発売前のnoteに、桃子は親の愛が純粋だとわかってしまうから苦しむと書いた。

その「雨宿り」では毎週金曜の夜10時に「元カレごはん埋葬委員会」が開かれる。別れた相手との思い出が宿って作れなくなった料理をここで作りみんなで食べそのレシピを店の新メニューにして恋を「埋葬」する会で桃子はその会長だ。

第2話の相談者はエリート商社マンの婚約者に選ばれるため「ものを知らない女」を演じ続けてやめどきを失った女性である。第3話では結婚も子供も仕事もある42歳が、自分の心をバターのように人に削って渡し続けて自分のパンに塗る分が残っていないと話す。

第4話は二股をされてもその相手以上に自分を成長させてくれる人に会える気がしないと悩む女性が来る。第5話では僧侶の黒田が父の期待どおり東大から商社へ進み恋愛する暇もなかった若い頃の唯一の恋を語る。

持ち込まれるのは失恋そのものより「自分は選ばれなかった」という感覚で選ばれた側にいるはずの人までこの会に来る。桃子は人の話を聞き料理を作りながら自分の問いを脇に置くが相談者の数だけ同じ問いを突きつけられる。

第6話は店長の雨宮伊織の話で高校時代から思い続けた女性は亡くなった元夫を忘れられずにいる。著者はこの話を本書のクライマックスと呼び顔の整った男が「イケメン」という消費のされ方の中で自分の本音を見失う息苦しさを書いたと説明する。

選ばれなければ価値がないという圧は男にもかかる。桃子と雨宮が互いの問いを見ている構図がこの本を恋愛小説の枠から外している。

著者の書き方は感情を説明しない。頬についたケーキの生クリームや折り畳み傘から電車の床に落ちる水滴のように体に起きたことだけを置き読者に気持ちを拾わせる。

第3話の42歳の長い独白のように地の文で言わず人物の台詞に語らせる。第7話「愛されなくても愛せるからあげ」のように料理名が各話の結論を言い切っていて読者は台所でその結論を確かめられる。

弱点もあってAudibleのレビューに第1話でどん底だった主人公が第2話から急に何でもできる人物になり構成に違和感があるという指摘があり確かに桃子は第2話から相談者の話を聞く側に戻る。ただ私は破綻とは読まなかった。

第1話で桃子は時間がないから今夜のうちに傷つききっておくと宣言して委員会に参加する。答えを出す前に聞く側へ戻る決め方でそのずれが第7話まで持ち越される。

最終話で桃子は父と2人で母の墓参りに行く。そこで母に向かって幸せだと声に出し、足りていない自分をそれでも根気強く見て好きだと言ってくれる人たちがいると続ける。相手に1番に選ばれるという条件を満たさないまま幸せだと言うのだから冒頭の常套句への答えはここにある。

最終話の題が「愛されなくても愛せる」で選ばれる側から愛する側へ立場を移すことが結論になっている。クリスマスの夜に願い事をした星形のキーホルダーが母の前に置かれる場面で7話がつながる。

著者はインタビューで自己肯定は自分1人ではできないと語る。誰かに自分のよさを教えてもらって初めて自分を認められるという。「雨宿り」は問題が解決するわけではないが一旦休憩できる場所の象徴として書いたと説明している。

墓前の言葉はそのままこの答えである。救いのある結末を物足りないと読む人もいるだろうがこの本が約束しているのは休憩までだ。

著者は書店員を経てエッセイ集を出し『元カレごはん埋葬委員会』で小説家としてデビューした。本作はSNS推し本大賞2026小説部門で同率の大賞に選ばれた。褒め言葉として渡された「2番目」をそのまま受け取らずに済む言葉をこの本は7話かけて用意している。

尾藤克之(コラムニスト、作家)

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