グーグルの独禁法違反疑惑――第一ラウンドでは決着がつかず(その2)

玉井 克哉

グーグルは「勝利」したのか――今後の展開について

この決定で何よりも重要なのは、FTCが「サーチ・バイアス」について正式の法的措置を執らなかったことです。ではこれによって、グーグルは「勝利」したのでしょうか。あるいは、「第一ラウンドを取った」のでしょうか。それとも、そのいずれでもないのでしょうか。


今回の決定に先立ち、さまざまな展開がシナリオとして予想されていました。その中で最も派手な成り行きは、20世紀初頭のスタンダード石油、1940年代のアルコア、1970年代のIBM、そして1990年代のマイクロソフトのように、合衆国政府とグーグルの間で巨大企業の存亡をめぐる法的紛争が起こる、というものでした。今回の決定がそうしたシナリオに道を開くものでないことは、明らかです。グーグルは、生死を賭けた争いを免れました。

この件について強力な法的措置を求めていたマイクロソフト社は、ハイナー法務担当副社長の名前で、「失望した(dissapointed)」とのコメントを発表しています。FTCの執った措置は「弱すぎる(weak)」し、「率直に言って、正常でない(unusual)」というのです。他方、正式な発表の前から、グーグルが「大きな勝利(major victory)」を収め、合衆国政府との法的係争をすり抜けるだろう、という予想がされていました。実際、グーグルの側では、「今回の結論は明確だ。グーグルのサービスはユーザーにとっても良い、競争にとっても良いというものだ」とし、「2013年の年頭に当たり、世界各地のユーザーのためにイノベーションを促進するよう邁進したい」とのコメントを発表しています。グーグルにとっては、2年近くにわたってノドに刺さっていたトゲが抜けた、という思いがしているのでしょう。

では、グーグルの勝利なのか。たしかに、そういう見方もあります。しかし、あまり目立ちませんが、FTCの正式なステートメントをよく読むと、脚注2というところに、興味深い記述があります。競争者のウェブ・サイトを検索結果から落としてしまうような操作をグーグルがしている、しかも、そうした不正な操作に対して抗議の声を挙げると、こんどはその事業者全体を検索結果から完全に排除すると脅迫している、との申立てがあり、それに関しても調査を行った、というのです。

調査の結果は、直接には書かれていません。しかし、「そうした行為により同業他社が萎縮し、インターネットにおけるサービスの向上やイノベーションに向けた投資が妨げられるだけでなく、グーグル自身がそうした投資を怠る結果になるのではないかという点について、考慮した」と書かれています。そして、リーボウィッツ委員長と2名の委員が「重大な懸念(strong concern)」を表明し、それに応えたグーグルがそのような行為を止めることを確約した、というのです。サーチ・バイアスの是正が、実は委員長以下5名の委員から成るFTCの、多数意見だったことになります。

これは、かなり深刻な疑惑です。トリップ・アドバイザー(TripAdvisor)というサイトは日本でも有名ですが、ユーザーの投稿をもとに、さまざまなホテルや観光地をランキングしています。さきほど「その2」で述べたように、グーグルは、そうした投稿をそのまま自社の旅行サイトに使って(「パクって」)いました。そのうえ、検索窓で観光地を検索すると自社のサイトのみがヒットし、他社のサイトはヒットしないように操作していた、というわけです。これは、検索における支配的な地位を利用して、旅行サイトという他の市場でも支配的な地位を築こうとするもので、典型的な独占力の拡張です。それに、そんなことが許されるならば、成功したサイトを選び、そのクローンを作った上で、検索サイトからユーザーをそこに誘導することができることになります。元のサイトの方は検索してもヒットしないのですから、すぐに閑古鳥が鳴くことになり、つぶれてしまうでしょう。そして、識者が指摘しているように、そんな状況が放置されれば、インターネットの分野でベンチャー企業(startup)が生じる余地が、なくなってしまうでしょう。FTCは、それに釘を刺したのです。

ではなぜ、このように重要なことが正式文書の本文でなく、脚注に書かれているのか。それは、FTC内部の分裂を反映しているようです。ステートメントによると、グーグルがそうした違反行為を行ったという認定については委員3名の同意を得られはしたが、そのうちの1名がグーグルの自発的な措置で満足し、執行可能(enforceable)な正式の形式にすることに反対したために、法的効力の弱いものにせざるをえなかった、というのです。

いずれにしても、この事実認定は、検索結果の中立性に関するグーグルへの信頼を、根本的に揺るがすものです。今日のネットワーク社会では、検索結果に出てこないサイトなど、ほとんど存在しないのと同じです。都合の悪いサイトを落としてしまうことなど、天下の公器たる役割を、自ら放棄したものとさえいえます。グーグルをAP通信社のような報道機関になぞられる意見もありますが、まったく説得力がありません。なぜFTCが法的効力の乏しい形式に留めたのか、不思議に思えます。グーグルは、この件を含むロビイングに20億円以上費やしたと報じられており、そのことと今回の決定の間の不透明な関係を指摘する消費者団体もあります。今回のFTCの決定には政治的な背景があったと見るべきなのかもしれません。

とはいえ、独禁法の執行をほとんど公正取引委員会が握っているわが国と違い、米国では、司法省も法執行の任務を負っています。独禁法を根拠として、企業や個人が直接に事業者を訴える仕組みもあります。また、各州にも独禁法(competition law)がありますし、執行機関があります。今回の決定によって当面のFTCでの手続きは終結しましたが、それが司法省、裁判所、あるいは州政府を拘束するものではないので、将来、再び米国でグーグルの独禁法違反事件が再燃する可能性も、なしとはしません。

舞台は欧州に

ともあれ、年頭のFTCの決定により、グーグルの独禁法違反を議論する主要な舞台は、欧州に移りました。欧州委員会もやはり2010年11月から調査を続けており(筆者の記事)、近いうちに結論を出すと見られています。これについて、フィナンシャル・タイムズは、担当のAlmunia委員が厳しい見解を示したと報じています。同委員は、かねて、検索市場でグーグルが単に支配的地位(dominant position)を占めているのではなく、それを濫用(abuse)している、としてきました。そして、欧州委員会に対してもグーグルは包括的な和解案を提示すると見られていますが、それが十分でない場合には正式な法的措置を執ることを「余儀なくされる(obliged)」だろう、と同委員が最近のインタヴューで述べたとされます。欧州の検索市場でグーグルは90%を超えるシェアを有しており、その点では、わが国と状況が似ています(米国では、検索で約3分の2、検索連動広告で約4分の3のシェアだとされています)。今後のわが国が進むべき道を考える上でも、次の欧州での動きからは目を離せません。