オーストラリア政府の生産性委員会は12月20日、フェアユース導入を提案する報告書を公表した。報告書は知的財産法全般にわたる改革を提案しているが、著作権については、現在のフェアディーリング規定をフェアユース規定に置き換える提案をしている。
フェアディーリング規定は利用目的がオーストラリアの例でいえば、調査または研究のための公正利用(著作権法40条)、批評または評論のための公正利用(41条)時事の報道のための公正利用(42条)のように限定されている。しかし、これらの目的の範囲内であれば、許諾なしの利用を認める。
米国が元祖のフェアユース規定は、著作物の利用が原作品の市場を奪わないかなど4つの要素を考慮して公正な利用であれば、著作物の利用目的にかかわらず著作権者の許諾なしの利用を認めている。フェアディーリングは目的を限定している点ではフェアユースより狭いが、日本のように権利制限規定を私的使用、引用など個別に定める個別権利制限規定方式と異なり、定められた目的の範囲内なら許諾なしの利用を認めている。
その意味では、日本よりは権利制限の範囲が広いと思われるが、報告書は現在の「利用目的」ベースの権利制限規定は範囲が狭すぎるため、フェアユースのような「原理原則」ベースの権利制限規定に置き換えるべきだとしている。
著作権者の反対に対する反論
生産性委員会は今年はじめに報告書(案)を公表した。当然、権利者は反対した。まず、フェアユースが法的な不安定さをもたらすとした。しかし、今回公表された報告書は、①フェアユース判決は米国の判例に見られるように権利者が主張する以上に予測可能である ②裁判所はこれまで消費者法や雇用法の分野においても、状況の変化によって必要な場合にはフェアユースのような原理原則に立ち戻った判決を下してきた と反論している。
著作権者は創作のインセンティブを損なうとも主張したが、報告書は、①権利者に被害をもたらすような利用はそもそもフェアとは考えられない ②フェアユースが定着した米国で創作産業が栄えている と反論している。
フェアユース導入による効果
報告書はフェアディーリング規定をより広範かつオープンエンドのフェアユースに置き換えることによって、以下のような便益が期待されるとしている。
① 創作に対するインセンティブを損なうことなく、技術変化や著作物の新たな利用に対応できる。
② 著作物へのアクセスを改善することによって、経済活動および公共の福祉に貢献する。具体的には
・著者の死亡などによって、著作権者が不明になった孤児著作物へのアクセスを改善する柔軟な権利制限は、控え目に見積もっても年間1000万豪ドル~2000万豪ドル(8億4000万円~16億9000万円)相当の新たな経済活動を生み出す(補足:この額は2015年のGDPの6.1%~12.3%にも上る額である)。
・消費者は商業的に入手できないあるいはアクセスすることが難しいアーカイブ(保存記録)にアクセスしやすくなる。
欧米諸国は孤児著作物をデジタル化してアクセスしやすくするデジタル覇権戦争にしのぎを削っている。きっかけをつくったのはグーグルだった。図書館の蔵書をデジタル化して検索できるようにする書籍検索サービスを2004年に立ち上げた。図書館の蔵書を許諾なしにスキャンされた著作権者から著作権侵害訴訟を提起されたが、グーグルはフェアユースであると主張。訴訟は一時和解が試みられたが成立せず、復帰した訴訟では地裁、控裁ともフェアユースを認め、最高裁もこれを容認した(「米最高裁 グーグル書籍検索サービスのフェアユース容認(上)」参照)。
英語文化の世界支配に脅威を抱いたヨーロッパは、2005年に欧州各国の文化遺産をオンラインで提供する欧州デジタル図書館計画を発表し、2009年にヨーロピアーナとよばれるデジタル図書館を公開。2012年には著者の死亡などで権利者が不明の孤児著作物を利用しやすくするEU孤児著作物指令を制定した。
「ベンチャー企業の資本金」ともよばれるフェアユース
報告書はフェアユースが創作に対するインセンティブを損なうことなく、技術変化や著作物の新たな利用に対応できるとしている(上記①参照)。米国ではフェアユースは「ベンチャー企業の資本金」ともよばれている。
フェアユースの恩恵を受けたベンチャー企業の代表例はグーグルである。グーグルは上記書籍検索サービスの前のウェブ検索サービスでも著作権侵害訴訟を提起された。ホームページを検索対象にされたくなければ、検索対象から外せる(「オウトアウト」する)方法を用意し、オプトアウトしない膨大な数のホームページを検索対象にした検索エンジンを提供、ホームページの著作権者から訴えられたが、フェアユースの主張が認められた。
フェアユース規定をバックにベンチャー企業から急成長を遂げたグーグルは、創業17年でアップルと株価時価総額世界一を争う巨大企業になった。このため、冒頭の表のとおり、今世紀に入って、イノベーション促進の観点からフェアユースを導入する国が急増している。
日本でも「始動する著作権制度見直し」で紹介したとおり、「知的財産推進計画2016」の提案を受けて、文化庁が文化審議会著作権分科会にワーキングチーム設けて、柔軟性のある権利制限規定について検討中である。
日本の著作権法は、これまで現行法で困った事象が発生しているという立法事実がないかぎり改正しない「守りの著作権法」だった。しかし、上記のとおり、諸外国は孤児著作物をアクセスしやすくする文化面でのデジタル覇権戦争、そして、イノベーション創出をめぐる経済面でのデジタル覇権戦争にしのぎを削っている(詳細は近著「フェアユースは経済を救う~デジタル覇権戦争に負けない著作権法」参照)。日本もこうしたデジタル覇権戦争に負けないための「攻めの著作権法」への転換を図るべきである。