今月13日のマレーシアのクアラルンプール国際空港内の「金正男氏暗殺事件」が北朝鮮の最高指導者・金正恩労働党委員長の指令に基づく「国家テロ」の可能性がほぼ確実となったことを受け、日韓米、国連などは北朝鮮への制裁強化に乗り出す議論を開始している。
北の指導者・金正恩委員長との直接会談で問題解決を図りたいと選挙戦で話していたトランプ米大統領は「許されない行為だ」と金正男暗殺事件を批判し、新大統領の口からはもはや金正恩氏との首脳会談云々の言葉は出てこなくなった。
トランプ政権は、来月初めに開催予定の北との非公式協議に参加する北高官(北外務省の崔善姫北米局長)らへの旅券発給を拒否し、北との対話の窓を閉じたばかりだ。
その一方、米議会を中心に北朝鮮のテロ支援国家再指定の動きが見られる。米政府は大韓航空機爆破事件(1987年)の翌年1月に北朝鮮をテロ支援国家に指定したが、2008年10月、北が核検証を受け入れたことから、解除した。マレーシアの「金正男氏暗殺事件」を受け、北のテロ支援国再指定の可能性が濃厚となってきている。
日本は北朝鮮が5回目の核実験を実施した直後、追加制裁を実施中で、新たな制裁の余地は少なくなったが、「金正男氏暗殺事件」が北朝鮮の国家テロ事件である事実を世界に伝達して、対北制裁の世界的な結束を呼び掛けている。
韓国は正男氏の暗殺事件をいち早く批判し、「可能な限りの制裁に乗り出す」と表明する一方、韓国軍は南北軍事境界線付近に設置されている拡声器で事件を北の国民に知らせ、金正恩政権の残虐な行為を批判している。
韓国連合―ニュース(日本語版)によると、韓国の尹炳世外相は27日から28日にかけてスイス・ジュネーブで開かれる国連人権理事会とジュネーブ軍縮会議に出席し、北朝鮮の人権問題や化学兵器の脅威などを訴える意向だ。
北朝鮮の唯一の友邦国・中国は金正男氏の暗殺が明らかになると、安保理決議に基づき北朝鮮からの石炭輸入を年末まで停止すると決定し、北の貴重な外貨獲得の道を閉ざす対応に乗り出した。もちろん、北の対中石炭輸出の制限は金正男氏暗殺前に既に決まっていたことで、中国の対北制裁の真剣さは依然、疑わしいが、国際社会の対北制裁強化に中国はもはや表立って反対はできない。
ちなみに、今回の金正男氏暗殺事件の舞台となったマレーシアでは今回の正男氏暗殺事件が北の仕業と判明したことを受け、北との国交断交を断絶すべきだという声が高まっている。
北は今月12日、国連安保理決議に反して中距離弾道ミサイル「北極星2」を発射した直後、今度はマレーシアで金正恩氏が異母兄正男氏を暗殺したわけで、正恩氏は国際社会の批判を無視して、やりたい放題の蛮行を繰り返してきた。正恩政権時代に入ってミサイル発射が繰り返され、3回の核実験が実施された。その度に、日米韓を中心として国際社会は対北制裁の強化を実施し、もはや追加制裁の余地も少なくなってきたことは事実だ。過去の制裁がその効果をもたらさなかった最大の主因は中国の制裁破りがあったことは周知の事実だ。
米韓両国軍が来月から合同軍事演習を始める。北側は「わが国を侵略する目的だ」と激しく批判し、「あらゆる対抗処置を取る」と警告を発している。韓国軍の拡声器による北批判で北当局を激怒させている。一触即発の危険性は高まっている。
なお、米ジョンズ・ホプキンズ大の米韓研究所は24日、北の北東部豊渓里にある核実験場で新たな核実験(6回目)の準備とみられる動きがあると公表したばかりだ。
以上、金正男氏暗殺事件を契機として対北制裁の動きを紹介したが、北は国際社会制裁にどれほど耐えられるだろうか(中国が国際社会の対北制裁に参加し、その義務を忠実に実行するという前提)。
北側の反応はどうか。考えられるシナリオは、①暴発説、核兵器、弾道ミサイルなどを使用した大規模な紛争ぼっ発、②自爆説、制裁下で国民生活は急速に悪化、国としての形を失い、大量の難民が中国に流れる、③人民軍のクーデター説、④米中特殊部隊の北指導部への襲撃などだ。
最後に、指導者・金正恩氏の出方を少し考えてみた。少々画一的な分類だが、織田信長型、豊臣秀吉型、そして徳川家康型の3パターンに分けてみた。
①信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
②秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
③家康「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」
34歳の若い正恩氏は老獪な家康型になれないだろう。信長型か秀吉型か。当方は②よりも①と考える。軍の指導力は優れている一方、激怒に走るタイプだ。謀略を駆使する秀吉型ではなく、直行型で停滞すれば折れてしまう脆弱さも持っている。
いずれにしても、正恩氏の終わりは平和なものではなく、暴発か自爆の選択を取る可能性が高い。白旗を揚げる可能性がない指導者、金正恩氏の場合、国際社会は最悪の結果を想定し、その対策に乗り出すべきだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。