遅きに失した感があるが、ようやく北朝鮮問題の焦点が明白になりました。
まずはこのロイター電(太字傍線筆者)。
核放棄なら米朝首脳会談も 2017年 05月 9日 02:01 JST
【北京、東京共同】トランプ米政権が北朝鮮の核・ミサイル開発放棄を条件に、金正恩朝鮮労働党委員長の訪米を招請し首脳会談に応じる用意があると中国政府に伝えていたことが8日、分かった。これに加え、体制転換や米軍による進攻などをしない「四つのノー」も保証するとしている。複数の外交関係筋が明らかにした。中国は水面下で北朝鮮に伝達したもようだ。
このように、トランプ政権は、4月の段階で中国を通して北朝鮮に要求を突きつけていた。そして伝えた上で、4月末頃にあわただしく次のような行動を取った。
1・4月26日、トランプ大統領と主要閣僚は、上院議員(*外交問題は主に上院の担当)をホワイトハウスに招き、自ら対北朝鮮政策を説明した。
2・4月27日、トランプ大統領はロイターのインタビューで、「外交的に解決したいが、非常に困難だ」「最終的に大きな紛争が起きる可能性がある」と述べた。
3・4月28日、ティラーソン国務長官が国連安障理の閣僚級会合で、「ソウルと東京への核攻撃の脅威は現実だ」と述べ、対北制裁と包囲網の構築を呼びかけた。
4・4月29日、空母「カール・ビンソン」の艦隊が日本海入りした。
つまり、今現在(5月)、北朝鮮が「米国の突きつけた条件を飲むか飲まないか」が焦点となっている。
飲めば、戦争は回避され、体制も保障される。たぶん、経済援助も貰える。
飲まなければ、米国が体制転換・軍事進攻オプションを取る。
どうやら、米国は譲歩しない。北朝鮮には示された条件に対して「イエスかノー」の選択肢しかない。飲むか、飲まないか、それだけが焦点。
そういう段階に入ったので、トランプ政権も4月末頃から本格的に戦争に備える体制へと転換したようだ。そして5月からは「北朝鮮次第」の状況になっている。
米国の突きつけた条件を北朝鮮が簡単には飲めない理由
「じゃあ飲めばいいじゃないか」というと、そう単純な話ではない。
北朝鮮の立場からすると、核・ミサイル開発を放棄したことを行動で示すのは至難の技だ。というのも、北朝鮮は何十キロという長大な地下トンネルや地下施設に、核・ミサイル関連の工場や研究所、部品・製品などを隠している。よって、開発放棄を証明するためには、それらのすべてに査察官が自由に立ち入り検査できるよう、認めなければならない。朝鮮人民軍からしたら、あらゆる軍事機密が筒抜けになるのと同じだ。
平たくいえば、これは「全面的に国を明け渡す」ということに等しい。どれだけ金正恩が独裁者だろうが、対国内での政治的立場というものがある。今まで散々、核・ミサイルの開発の成功を国威発揚に利用し、人民の対米敵愾心を煽ってきた。いかに独裁者とはいえ、米国に全面服従する真似をして、対内的な権力が保てようか。
しかも、そうまでしても安泰という保証はない。私は前回こう記しました。
北朝鮮は30年にもわたり、莫大なコストと労力を投じて、地道に核・ミサイルを開発してきました。その「開発」を放棄せよ、という。
しかし、そうやって放棄して「丸裸」になった後に、カダフィがどうなったか? 彼は欧米諸国からリビアの資金を欧米の銀行に移すように要請され、あちこちに20兆円くらい振り込んだそうです。その後、民主化デモを仕掛けられ、軍事侵攻され、挙句に殺されました。その20兆円は欧米に強奪されたままになっているという。
リビアは今も国がめちゃくちゃな状態です。大量破壊兵器を放棄して西側に妥協したカダフィの末路がどうなったか、金正恩としても他人事ではないはずだ。
アメリカが戦争を前提として突きつけた可能性
もしかすると、米国としても、相手が飲めないことを前提で、こういう無理難題を吹っかけているのかもしれない。
つまり、相手を追い詰めて暴発させるのが、本当の狙い。
だから、私は、これは「対北版ハルノート」かもしれないと考えた。
ハル・ノート(Hull note)というのは、1941年11月26日(日本時間27日)、まさに太平洋戦争直前の日米外交交渉の場で、コーデル・ハル国務長官から突如、日本側に突きつけられた文書ですね。「中国及び仏印からの全面撤兵」ほか、外交的にはありえないような一方的な要求が並んでいた。しかも、以後、問答無用の態度。
これで日本は外交での打開を諦め、対米戦を決意しました。
もしかすると、米国はその「再来」を期待しているのではないか。つまり、暴発して真珠湾攻撃に踏み切った日本同様、北朝鮮が先制攻撃に出ることを望んでいる。
そうさせたい理由は考えるまでもないでしょう。
第一に、第二次朝鮮戦争が勃発すれば、膨大な民間人の犠牲者が出た上に核戦争にさえ発展することが予想されるが、北朝鮮から先に暴発した格好であれば、米国はその責任を全面的に回避することができる。また、それに対するいかなる反撃――たとえ核による大量虐殺であっても――も正当化することが容易くなります。
第二に、これは米国が大きな戦争に踏み切る際の常套手段であり、ほとんどのケースにおいて成功体験であったという事実がある。
米国はこれまでワンパターンともいえるほど先に相手にパンチを撃たせた。そして、「リメンバーXXXX」をスローガンにして戦争を遂行してきた。「アラモ」、「メイン号」、「ルシタニア号」、「パールハーバー」などはむろんのこと、「トンキン湾事件」や「9・11テロ事件」もその列に加えることができるかもしれない。
逆にいえば、対イラク戦争では、サダム・フセインに先制攻撃させることなく、大量破壊兵器保有などをでっち上げてしまったことが失敗の元だったと言えます。だから、トランプ政権がこれらのケーススタディに学んで、「やはり相手に先制攻撃させることが戦争を成功に導く秘訣だ」と結論した可能性は十分に考えられます。
北朝鮮が戦前の日本帝国と同じ轍を踏む必要はない
そうすると、今現在の北朝鮮の立場は、まさに真珠湾攻撃前の日本そっくりと言えます。しかも、戦前、朝鮮半島は日本帝国の一部でした。米国の脳裏には「あの時とまた同じ」という“二度目”の成功体験が脳裏をよぎっているのかもしれません。
しかしながら、金正恩指導部が、何も日本帝国の二の舞を演じる必要はないわけです。彼にはまだ「米国の要求を全面的に飲んで事実上、国を明け渡す」という選択肢もあるわけです。たとえそれが彼個人にとって「選択死」であろうとも。
(フリーランスライター・山田高明 個人サイト「フリー座」 )