■社長目線とは、全体最適化をすること
少し前に「社長になった気持ちで仕事に当たろう」という提言に大して「なぜイチ従業員が、給料も見合っていないのに社長になった気持ちで死ぬほど働かなければならないのか」という指摘が行われてました。
これは、社長目線で働くということの意味の取り方が、ちょっと本質的じゃない気がします。
社長目線で働くとは「部分最適化をするな、全体最適化をしろ」ということだと思うのです。例えばとあるアパレルメーカーがあったとして、営業部門はじゃんじゃん営業をかけて自社の製品を売り込みます。しかし、製造部門からなかなか潤沢に製品が納入されません。営業部門の責任者が製造部門の責任者に掛け合うと「じゃんじゃん作って在庫が積まれたら製造部門の責任になりますから」の一言。営業部門の責任者は「こっちが営業かけて売ってきてるのに、何を言ってるんだ!」とやり返して喧嘩になります。
そして、どこまでいっても平行線をたどります。これが部分最適化をしている組織の例です。営業部門は、とにかく商品を売ってくることがチームのミッションなので、鬼のように営業をしまくります。在庫なんて気にしません。製造部門は在庫をコントロールしながら返品率を下げることがチームのミッションなので、なるべく品質が高く、在庫が出ないように調整をします。どれだけ営業が売ってくるかなんて気にしません。
と、このように部分最適化(自分の所属チームのことしか見えてない)と、全体最適化(会社にとっての幸せ)が出来ないのです。
■部分最適化を押し上げた成果型人事評価
それでは自分が社長だったらどうしますかね。営業をかけてお客さんが買ってくれると言っているのであれば、自社の利益に繋がるので売りたいですよね。しかし、製造部門が返品や在庫のことを気にする気持ちもわかりますね。しかし、物事はトレードオフなので、
「とりあえず製造ラインを増やして、納品を急ごう。返品率が○パーセントを超えたら考える」
とか
「製造ラインはこのままで品質を保とう。営業部門からお客さんに説明して、うちが品質重視であることをわかってもらおう」
とか
全体最適を考えた上で、いずれかのバランスに寄った結論を出すことになります。これが社長目線で働くという言葉の本質だと思います。
ただ、欧米型の成果型人事評価制度が導入されてしまったことで、ほとんどの人が部分最適化しか考えなくなってしまいました。
例えば営業部門だったら人事評価シートに受注○件獲得って書いてあるでしょうし、製造部門だったら返品率○パーセント以下って書いてあります。これを守れなかったら給料が上がらない(もしくは減る)というインセンティブが働いてしまうので、よほど昇進や評価に興味ない限り自分のチームのことしか考えられなくなってしまうのです。
ということで、欧米型評価制度を部分的に導入した故に全体最適化(=社長目線で働こう)が更に機能しなくなっているように思います。でも、見る人が見れば、きっと社長目線を持っている人かどうかはわかるはずだと思うんですけどね。
※「トリブログ」からの転載です。
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