溶解する国家 - 『丸山眞男セレクション』

池田 信夫

★★★★☆(評者)池田信夫

丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)
著者:丸山 眞男
販売元:平凡社
発売日:2010-04-10
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丸山眞男といえば、私の世代までは学生の必読書だったが、最近の学生は名前も知らないようだ。その一方で、団塊世代以上には人気があるらしく、生前の講義や座談まで集めた全集が刊行され続けている。今の若い世代が全集を読む必要はないが、本書に集められた程度の主要な作品は読んでおいたほうがいい。

かつての丸山は「戦後民主主義」を代表する中道左派の代表とみられ、その後の「革新勢力」の凋落とともに影響力はなくなったが、そういう先入観を離れて読み直してみると、意外に現代的なテーマが含まれている。丸山を一躍有名にしたのは、1946年の「超国家主義の論理と心理」だが、ここで彼が「超国家主義」という耳慣れない用語を使ったのは、nationalismを必ずしも否定していなかったためだ。これを丸山は「国民主義」と訳し、明治維新における「前期的」なナショナリズムに一定の評価を与えている。

昨今の日本の迷走する政治をみるとき、丸山の意味でのナショナリズムが、日本ではまだ確立していないと感じる。彼も指摘したように、明治期のナショナリズムは日本が欧米諸国の植民地支配から自衛する上で必要だったが、それを支える国家の中立性を担保する制度が不十分で、国民が個人として自立していなかったため、国家が「国体」として私的な価値と癒合し、軍が天皇の権威を借りて暴走した。これ対して西欧的な「中性国家」を理想とし、それを統治する自立した「主体」を確立することが丸山の理想だった。

それから60年以上たった日本では、皮肉なことに、丸山が恐れたように大衆がふたたびファシズムに組織されるのではなく、逆に<私>として孤立し、国家が溶解しつつある。自民党政権では曲がりなりにも業界団体や官僚制という中間集団が政権のまとまりを支えていたが、それを解体した民主党政権は、その依拠していた<私>にそっぽを向かれると、何も支えるものがなくなってしまった。その意味では、国家が自立するためのナショナリズムをどう形成するかという丸山の問題は、まだ解かれていない。