きのう行なわれた孫正義氏と佐々木俊尚氏の対談は、5時間半に及んだようです。私は12時過ぎに自宅に帰って、5分ほど見て寝たので、内容はわかりませんが、ツイッターのまとめによると、少し私の名前も出たようなので、簡単に補足しておきます。
孫「今までは無線万能論。池田信夫さんは無線があれば光はいらない、と言う。現在のケータイの帯域幅は450MHz、ホワイトスペース3倍を活用し、LTEなどの技術進歩で収容効率が3倍になっても、たかが10倍。とてもじゃないけど追いつかない。」 #hikari_road
私は「無線があれば光はいらない」とはいっていません。無線も光も必要だが、どっちか一方を無理やり100%普及させるのは不可能だし無駄だ、といっているのです。不可能かどうかは、きのうも孫さんが「月額1400円」の根拠をくわしく出さなかったようなので断定はできませんが、無駄であることは明らかです。固定ブロードバンド(光+DSL)は世帯普及率50%ぐらいで頭打ちになっており、NTTでさえFTTHの目標を2000万世帯に下げ、それも達成困難といわれています。
これはFTTHの料金が高いからではありません。FTTHよりずっと高いケータイを若者は1日中使っています。いま起こっているのは固定回線から無線への需要のシフトであり、iPadの登場はそれを加速するでしょう。iPadのユーザーに無理やり光ファイバーを引くのは無駄です。かりに月額1400円が実現できたとしても、彼らは光ファイバーを使わず、通信業者は大きな損失を抱えるでしょう。
「国費を1円も使わない」と孫さんは強調していましたが、アクセス回線会社が民間企業だとすると、利益が出なければ経営が破綻します。1400円で経営が成り立つことを証明しなければ、構造分離という「荒療治」はできない。また国策会社がこんな料金を出したとすると、電力会社もケーブル・インターネットも競争できないので、それを買収して1社独占にせざるをえない。せっかく育ってきたプラットフォーム競争を破壊し、電力会社のような独占企業にすることは、通信自由化の流れに逆行するものです。
松本さんの反論に対しては、私も元記事で書いたように、SIMロックをかけるのはソフトバンクの自由であり、それを規制すべきだとは思いません。しかしこれによって競争が制限され、消費者の選択肢が制限されることは明白です。もしSIMロックがなければ、NTTドコモがもっと安い料金を出す可能性もあります(predatory pricingの原資はドコモのほうがはるかに多い)。私企業としてのソフトバンクにとってはSIMロックが必要でしょうが、競争政策としては好ましくない。この両者を混同しないでほしいといっているのです。
孫さんや松本さんの主張は、実は新しいものではありません。90年代にNTTは、ATM交換機を全国に配備して銅線をすべて光に変える「B-ISDN」の計画を立て、「もう銅線の寿命が来たので、それを保守するよりFTTHにしたほうが安い」と主張しました。「そんなインフラを何に使うのか」という質問に、当時の宮津社長は「今はわからないが、インフラを引けば需要はあとからついてくる。今までそれでやってきた」と答えました。
それから10年たって光への需要は減速し、NTTでさえ「オール光化」は断念しました。孫さんは「無線の帯域が足りないからセルを小さくする必要がある」というが、中継系の光ファイバーは事業者が自由に引けばよい。全世帯にFTTHを引く必要はないし、無線の基地局とFTTHはトポロジーがまったく違うので、後者は前者の代わりにはならない(これは松本さんも同じ意見だと思います)。
私がメールマガジンなどで何度も書いたように、イノベーションの本質はそれが予知できないということにあります。「光が無線より速い」という前提も、NTTが1Gbpsの無線技術を開発するなど、どうなるかわかりません。ビットレート単価でみれば、FTTHよりLTEのほうがはるかに安いし、一括工事をすればFTTHが安くなるという話も、電力系の業者が批判するように疑わしい。
イノベーションが予知できないのは、一定のパラダイム(たとえばATM)のもとでは技術が予測できても、IPのようにパラダイム自体を変える破壊的イノベーションが10年に1度ぐらい出てくるからです。いま起きている無線インターネット革命は、グラハム・ベル以来の通信業界の固定観念をすべて破壊する可能性があります。NTTはともかく、かつてイノベーターだったソフトバンクまでが電話パラダイムの延長であるFTTHに固執するのなら、周波数オークションによって新しいキャリアが参入することがますます必要です。
コメント
誤解のないように補足しておくと、きのうはわざと見なかったのではなく、仕事で見られなかったのですが、5時間半ではアーカイブを見る気にもならない。いろいろな要約を見たかぎりでも、新しい事実や論点は出ていない。
佐々木さんにもソフトバンク側にも「ダダ漏れでやったらグダグダになるから、司会者を立てて話を整理したほうがいい」といったのですが、聞いてもらえなかったようですね。朝まで討論のように、バトルを楽しむという演出もあるが、そうでないのならせめて2時間ぐらいで論点を整理してほしかった。
周波数オークションの御高説には、以下の問題点があります。
【経済学上の問題点】制限競争的な業界では、オークションにより新規参入業者を追加的に入れても、新規参入業者も枠を獲得したとたん、抑制的な競争しかしなくなる。
つまり、オークションで競争を制度的に強いることができるのは、入札までですよ。
あるいは、自由競争でもかまいません。米国の内国線が有名ですよね。新規参入の結果、寡占が進み、近年では自由化当初よりも値段が上がってきたと。
孫さんの趣旨は、
「メタルを全廃して全部光に置換する。メタルの維持費は0になり(光の維持費はふえるが差額の)0.5兆円の維持費削減になる。光に全置換するのに2.5兆かかるが5年で回収できるので国費はいらない。また、5年後以降は0.5兆円を回線価格に還元できる。」(ただし、黒電話を使い続けたい人には電話機がそのまま使えるように黒電話と屋内の回線との間にバッテリー付き装置を配布する。)
でした。
世界初のメタル回線撤廃国になるというビジョンはありかもしれません。
メタル全廃→オール光 の代わりに →光+一部無線 も選択肢だと思います。
ただ、NTT東西とNTTドコモがどう協力していくのか。あるいはNTT東西だけで一部に メタル→無線の転換が可能なのか。
もっとも手っ取り早いのはNTT東西に 全メタル→光 を実行させる方だ、という考えに池田さんの反論を聞くまでは傾きます。
また、ソフトバンクは800Mhzを使わせてもらえてないので、SIMロックをかけてドコモとの競争力を担保させて欲しい(SIMフリーにすればみんな800Mhzを持つドコモに流れてしまうので勘弁して欲しい)、との話でした。
ここに関しては、800Mhzを使わせてもらえないソフトバンクがやるならしょうがないのかなと思います。
孫さんはyahooのトップページをたとえに出し、ネットコンテンツを作るときにネックになるのはボトムの通信環境だと云ってました。流石にISDN利用者サポートまでは今をやってないが、中継局から遠いADSL利用者まではサポートされる仕様までにしかコンテンツをリッチに出来ないと。このネックは将来のデジタル社会にとって足かせになるのだと。
説得力を感じました。
メタル→無線 の転換が僕も理想だと思います。
ただ、それを誰がどのように全国津々浦々に提供するのか。この方策も合わせてご教授頂きたく存じます。
“いま起こっているのは固定回線から無線への需要のシフト”
今は回線速度ではなく利用者数の拡大を優先するべきでしょう。それはサービス化を進める経路上の優先事項だからです。なぜでしょうか?
利用者にとって価格は重要ですが、価格と価値の品質の関係のほうがより重要です。それは価値の品質を知覚するのは事業者ではなく個々の利用者だからです。
回線速度は実行速度が1から2Mbps程度で、それ以上の回線速度よりも利用場所の制限がないことのほうに価値を感じている利用者が多くを占めています。ここから何を洞察するのでしょうか?
ITの歴史を振り返ると利用者数の拡大の歴史と言えると思います。ITのエンタープライズ市場とコンシューマー市場は大きく性格を異にします。各方面で称賛されるApple社ですが、一番の功績はコンシューマー市場にコンピューターやインターネットを活用したサービスの利用を浸透させる基盤を構築したことに尽きると思います。かつてのMacintosh、そしてiPodという基盤が、大きな転換をもたらしました。
制約を取り除き利用者が増えたことで、これまで事業的に実現が困難であったサービスを実現することができるようになったということが、本質的な功績だと理解しています。
たとえば、私はiPad自体に何ら感動をしませんが、iPadにより創造されるであろう新たな市場によって実現するサービスには感動すると思います。
私たちが社会をより豊かにすることを使命に感じるのであれば、利用者数を拡大するための論理を見失う理由はなさそうです。たとえばファミコン、Visual Basic、楽天やAmazonは私たちに何をもたらしたでしょうか?
かつてのiモードが我が国のインターネット利用者数を爆発的に増やしたように、利用者数を拡大するための論理が、サービスでグローバル競争に立ち向かう資質を養うのではないでしょうか?
私が思う、国策会社方式の最大の弱点は、「誰も将来を予知できないこと」にあると思います。例えば、孫さんは、「ケータイしか使わない家には光をひかない」とおっしゃってました。2015年に「ケータイしか使わない家を除いて」光を100%ひいたあと、固定電話を撤去してケータイしか使わない家庭がもっと増えたら、ひいてしまった光は使われないまま放置されてしまいます。固定電話利用者が年々減るなか、あたかも固定電話は2015年以降減らないと想定するのは無理があると思います。
「予知できないイノベーションが登場しやすい環境に日本を土壌改良することが、結果的には既存事業者、消費者、国にとって大きな利益になる」という池田さんの意見、
そして、「現在の商慣習の中でフェアーに商売しているだけなのに、”タラレバの消費者の利益”の議論でSBだけを悪者扱いして欲しくない」という松本さんの意見、どちらも理解できます。
私としては、FTTHや無線どちらに注力するか、SIMロックの有無などは、私企業が営利判断で行うのが良いと考えています。
国がビジョンを描くのではなく、私企業が独自のビジョンを描き、あくまでも国は周波数など公共財を公平に取り引きできる場を提供するだけに留まるべきです。
池田先生は以下のようにコメントされておりますが
>固定ブロードバンド(光+DSL)は世帯普及率50%ぐらいで頭打ちになっており、
>NTTでさえFTTHの目標を2000万世帯に下げ、それも達成困難といわれています。
>これはFTTHの料金が高いからではありません。
>FTTHよりずっと高いケータイを若者は1日中使っています。
>いま起こっているのは固定回線から無線への需要のシフトであり、
>iPadの登場はそれを加速するでしょう。
ユーザの利用シーンが固定ブロードバンドに加えて、モバイルの需要が増えていることは事実だと思います。
が、世帯普及率が50%で伸びが鈍化しているのが、モバイルへ需要シフトしたからというのは納得できません。
残りの50%がモバイルシフトしたから伸びないと結論づける、データで示していいただきたく。
あくまで仮説ですが、固定ブロードバンドを利用しているユーザ層の
モバイル利用シーンが増え、多様化しているのであって、ブロードバンド未普及の
世帯は、そもそもインターネットに触れることを必要としない高齢者などが大半で
あるということは考えられないでしょうか。
最後に1点だけ
孫さんの試算が正しいならば、1国民として光の道は必要だと考えます。
アクセス会社を分離するか否かは別として、毎年 5,000億の赤字が
垂れ流しにされているならば、一刻も早く政治的な決断をすべきです。
以前、何処かの発表会で、無線のトラフィックの発生場所について孫社長が話していた記憶があります。
FTTHの契約が進まないのは皆無線の方に流れているからだと池田信夫さんは述べられていたと思いますが、その無線契約者(いわゆるケータイユーザー)がどんなシチュエーションでトラフィックを発生させて居るのか?という事を考えると、また話は変わって来る様に思います。
多くの場合、外を移動中にトラフィックを発生させて居るのでは無く、自宅や会社内、飲食店、駅の構内など、いわゆる屋内で、場所をあまり速く移動しない状況でデータ通信、或いは通話を楽しんでいるとの事。
これはキャリアだからこそ、正確に補足できる実態なんだと思います。
であるならば、あまり速い異動のない屋内という事であれば、Wi-Fiやフェムトセルが活きて来ますね。多くのネットワーク機器が利用される様になると、膨大なトラフィックが常時発生する様になると思います。
予測しうる将来にリーズナブルだと思える手法で予め備えておく事は
“あり”なんじゃないでしょうか?
光の道をユニバーサルサービスと位置づけ、5年で整備するという事と、
通信の無線帯域を合理的に整理する事は同時並行して出来る事ではないでしょうか?
政府も業者もシングルタスクではありません。光の道の整備が採択されれば、無線の整備が疎かになるとか遅れるとか、そんなマイナスの影響が起こるのでしょうか?そうでないなら、声を大にして反対すべき事ではない様に思いますが、なぜそれ程に反対するのか不思議に思います。
失礼ながら、あまりに多くの事実誤認がありますので、月曜日の私のコラムに長文の反論を掲載させて頂きます。
なお、「交換網からIP網への転換」のお話が出ていましたが、その中で「FTTHはグラハムベル以来の電話の文化」という文章があり、仰天しました。
光か、メタルか、はたまた無線か、ナロウバンドか、ブロードバンドかという問題は、伝送路の問題であり、ネットワークの方式とは何の関係もありません。「FTTHは電話の文化」というのは、「マルクスは議会民主制の信奉者」と言うぐらいに、どこから見ても変な話なので、先生の権威を守るためにも、あまり深入りされない方がよいと思います。
imadoki64さん
>多くの場合、外を移動中にトラフィックを発生させて居るのでは無く、自宅や会社内、飲食店、駅の構内など、いわゆる屋内で、場所をあまり速く移動しない状況でデータ通信、或いは通話を楽しんでいるとの事。
これはもう、おっしゃる通りで、だからこそ、全世帯へのローカルアクセスを光に変える必要なんてないんですね。
現在は代替手段の無かった固定電話の時代ではないのですから、皆が光の広帯域を必要としているかどうかなんて分かりませんよね。
ま、(公平な競争的環境で)ソフトバンクが自分達のカネで勝手にやる分には良いのですが。
松本さんへ
今のNTTのFTTHのトポロジーは、ATM交換機によるPSTNです。それが30年後にも有効だとは思えない。たとえば無線の帯域が増えれば、超分散型の「メッシュ・ネットワーク」にする可能性もあり、そういう技術は開発されています。B-PONやG-PONのような中途半端なネットワークを強制的に固定することは、大きな禍根を残すと思います。
henachoco_eさん
私の光の道に対するイメージは孫社長や松本副社長が仰る様に、固定と言うより、最終アクセス手段であるWi-Fiやフェムトセルへ、長高速で信号を伝送する経路と言う意味です。
前の投稿で挙げた、ケータイユーザーの多くが実際にトラフィックを発生させて居る場所が屋内である事と、その屋内には既に多くのメタル線が引き込まれている事を考慮すれば、このメタル線を光に引き換えて、尚且つWi-Fiやフェムトセルを最終アクセス手段と位置づければ、自宅やオフィス、お店等、既にメタル線が引き込まれている建物から切換えられた光回線を伝送経路とするWi-Fiやフェムトセルを利用する事によって、多くのケータイユーザーが発生させているトラフィックをFTTH経由にバイパスさせる事ができるのじゃないか?そう思うのですが?
もっとも、音声の場合、フェムトセルから3G網に切り替わる瞬間に、一瞬でも断絶感が無い様な事が理想ですが、将来はそうなって行くと思いますよ。
>私の光の道に対するイメージは孫社長や松本副社長が仰る様に、固定と言うより、最終アクセス手段であるWi-Fiやフェムトセルへ、長高速で信号を伝送する経路と言う意味です。
多くのケータイユーザーが発生させているトラフィックをFTTH経由にバイパスさせる事ができるのじゃないか?そう思うのですが?
これはもうFMCという形で実現されてると思いますが。
勿論、FMCのようなサービスではNTT(ドコモ)が独占的且つ圧倒的優位だから、会計的に切り離せ(ローカルアクセスを分離して上場させろ)というのなら分かりますが、(それが政治的に無理そうなんで?)国策会社にしてオレ達にも便宜を図れというのはちょっと違うでしょう。