★★★★☆(評者)池田信夫
著者:ケン・ビンモア
販売元:岩波書店
発売日:2010-03-27
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著者はゲーム理論の第一人者であり、イギリス政府が2000年に行なった周波数オークションの設計者である。当時はITバブルのピークだったため、落札額は350億ドルにものぼり、ニューズウィーク誌は「無慈悲な経済学者が通信産業を破壊した」と著者を批判した。しかしその後の追跡調査によれば、通信産業は破壊されず、新規参入が実現して競争が促進された。このような誤解は、オークションの目的を「政府が金をもうけるため」と考えることから生じる。
本書の第7章で説明されているように、オークションはメカニズム・デザインの一種である。多くの企業が電波をほしがっているとき、誰がそれをもっとも有効に利用するかを、書類審査(美人投票)で知ることはできない。政府は企業について不完全な情報しかもっていないので、すべての企業が「当社がいちばん有効に電波を使う」と申告するだろう。このような情報の非対称性があるとき、彼らに正直に申告させるにはどうすればいいだろうか?
その一つの方法は、彼らが電波の価値をいくらと評価しているかを申告させ、その評価額の大きい順に合格者を決めることだが、口先だけだと業者は無限に大きい評価額を出すだろう。嘘をつかせないためには、彼らにその評価額で電波を買う義務を負わせればよい。そうすると本当に見積もっている価値以上の額を提示すると損をするし、それ以下の額を出すと落札できないかもしれない。したがって自分の評価額を正直に申告することが正しい行動になる。このように本当のことをいわせるメカニズムがオークションなのである。
本書は理論については数式を省いて紹介しているだけなので、教科書としては使えない。しかし哲学や心理学などの幅広い知識にもとづく著者のゲーム理論についての解説は、エッセーとして専門家にも楽しめる。邦訳で230ページ程度の小冊子にゲーム理論の基礎から最先端の話題まで網羅されており、私の知るかぎり最良の入門書である。
コメント
先生はなぜか、経済学ではすっかり結論が出たオークションを非常に押してらっしゃるので、先生ご推薦の本書を注文致しました。(原書にさせて頂きました。)
しかし、先生には全くお答え頂けず残念ですが、オークションが制度として競争を強いるのは、新規参入枠が埋まるまでです。このことについて、アカデミックな分野でも議論の余地はありませんし(そうでないとおっしゃるなら、Journal of Financeのバックナンバーでも読んで下さい)、実例でも、今やすっかり競争を放棄したソフトバンクがいい例です。
また、事実上KDDIの人的支配下にあるUQMAXが、全くやる気のない競争をしているのも見ても、枠というのがいかに大きいかを示しています。
オークションというのは、それによって与えられる便益が短期間であり次の入札が意識されること、そして先行他社が有利でない(今回の新規参入者も、次回の入札者にとっては先行他社です)ことを前提としていますが、テレコミュニケーションセクターにはこれが当てはまりません。
ただし、自分は先生の競争が必要という御提案には100%賛成します。先生のおっしゃる手段が有効でないと思っているだけです。
先程本が届きましたが、この本持っていました…
先生は当然御存知かと思いますが、僭越ながら自分も手持ちの本で有名なものを一冊紹介致します。
インセンティブの経済学(清水克俊・堀内昭義共著)有斐閣
あとしつこくコメントさせて頂くと、Vodafone KKの買収騒動、これは完全な「オークション」です。つまり、現在の日本のケータイ市場は、一度入札をした結果です。先生の話では、市場がよい方向に向かっていなければなりません。
この騒動では、入札者(結果的にはソフトバンク以外は当て馬)、売り手(Vodafone plc.)だけでなく、仲介者(アドバイザリー)もおり、購入対象企業について、入札者がその根源的価値を金銭的価値で専門的に評価する仕組みすらありました。
しかしながら、利益相反問題(ソフトバンクが高値を掴まされ、それがアドバイザリーの利益となった)、入札決定後の市場競争の停滞と、オークションの問題点が全て露呈した取引でもあります。
この売り手が政府に変われば、なぜ今度はうまくいくのでしょうか?