情報通信革命は、パソコンもインターネットも死語になる時代 - 大西 宏

大西 宏

インターネットの利活用が思うようには進んでいない、その問題に向き合わなければ、日本の情報通信革命を飛躍的に進めることはできないとジャーナリストの佐々木俊尚さんがソフトバンクの孫社長に投げかけたのですが、その通りだと思います。別に矛盾する話ではありません。お二人の対談を聞いてもそう感じました。


通信のインフラについては、専門的な分野であり、インターネットの将来予想されるトラフィック量の増加、あるいは爆発にどう対処するのかという話ではなかなかピンときません、それに「光の道」であれ「電波の道」であれ、通信インフラの議論は、本質的には、利活用との両輪で議論されなければならない問題で、情報通信革命よって利用者にどのような画期的なメリットがあるのか、それによって社会や産業がどのように変わるのか、それが日本の経済成長や国際競争力をいかに高めるのかの青写真が示されること、またその議論のほうに人々の関心があることはいうまでもないことです。

その利活用の議論で、ソフトバンクの孫さんが医療や教育でもっとインターネットを利活用できる、電子教科書や電子カルテを無償で配布すれば、社会が大きく変わるというビジョンを提示されていますが、そういった具体的な事例で利活用の促進についての思い切った議論が進むことはわかりやすく、多くの人々の関心を呼び覚ますのではないでしょうか。

医療にしても教育にしても利活用を阻む制度の問題と、どのようにクラウドサーバーやアプリケーションの容れ物となるプラットフォームをどう築くかという問題がありますが、電子化に現場での抵抗がある原因として、実際に利活用する際に使う機器の問題も大きいと思います。

なぜなら、電子化の議論では、まだ多くの人がイメージしているのは、どうも今のパソコンや今のインターネットであり、それでは駄目だろうと感じるからです。

おそらく、今のパソコンや今のインターネットを想像している限り、医療にしても教育にしても、あるいは介護にしても、現場は、やはり紙でないと、パソコン入力はめんどうだとか、かえって手間が増えるとか、お年寄りには使えないということになってしまいます。

実際、パソコンは、2人以上の世帯普及率で74.6%(2010年3月現在)であり、単身世帯も含めると、90%を超えて普及しているのですが、インターネットを私的に利用しているという利用率では、携帯での利用も含めて、未だに55.3%(2009年末)に過ぎません。しかも5年前から10%程度しか伸びていないのが現状です。

パソコンは買ったもののほとんど利用せずに埃を被ったまま、あるいはインターネット回線をつないだけれど、利用していない、たまに息子さんや娘さんが里帰りしたときに使うぐらいという人も多いのではないでしょうか。いずれにしても、現在のパソコンで、現在のインターネットを利用するということでは、もう普及の限界に来ていると言えそうです。

しかし、そんななかでも、ソフトバンクのフォトフレームを使っている人がいます。きっとお子さんからのプレゼントでしょう。パソコンは仕事でしか使わない、しかし通信機能を持ったソフトバンクのフォトフレームは、お孫さんの写真が自動的に送られてくるので、それを楽しんでいらっしゃるのです。きっと、機器についても、インターネットを利用しているということなどまったく意識されていないでしょう。
別に、キーボードなど不要で、とくに操作を意識しないで通信でつなぎさえすれば、便利なものはいくらでもあります。
血圧計で血圧を計測すれば、それがカルテに自動的に記録される、食事の写真を撮れば、それがネットに送られ、記録されアドバイスが帰ってくる、もうすでにありますが、車のナビも実際にかかった移動時間が通信でつながり、所要時間を予測してくれる。
とくにインターネットを意識することもなく、キーボードを叩くこともなく、かってにインターネットにつながっていて、便利に利用できる、そういった時代がやがてやってくるだろうということです。技術としてはそう難しい話ではありません。

パソコンにしても、iPadが素晴らしいのは、誰もが使えるパソコンになったということです。もう20年近く昔のことだと思いますが、西和彦さんが、これからは、指先ひとつで動くパソコンの時代になるだろうということをおっしゃっていました。ちょうどアップルのPDAニュートンがでた頃です。
それ以降も、PDAについては、さまざまな挑戦があったのですが、iPhoneなどのスマートフォンやiPadがまさにそれを可能にしたということです。インターネットにつながり、誰もが意識することなく高度に利用できる機器がやっと登場してきたということです。

しかも、iPhoneの成功は、スマートフォン市場をさらに活性化させました。タブレット型パソコンは、グーグルのアンドロイドを搭載したものなど、iPadをヒントにした、さまざまな機種がさらに登場してくるでしょう。そして、さまざまなアプリケーションが、それらの機器のあちら側、つまりクラウド上で動くようになってきます。だから機器そのものに高いスペックは求められません。

テレビも変わるでしょう。今は、ビデオオンデマンドを利用している人はほとんどないでしょうが、そのビデオオンデマンドを意識することなく、簡単にかつ低料金で、いつでも見逃した番組、見たい番組、過去の番組を呼び出して自由に視聴できれば、その利用ははかりしれず広がります。

カルテだって、キーボードで入力する必要はなく、ペンで書き込むこともできるし、あるいは音声入力に変わっているかも知れません。技術はすでに揃っています。利用が広がれば、さらに技術は進化します。

あきらかにパソコンも、その他の機器も、変わっていくのです。そういう変化が起こって、利活用が増えれば、通信のトラフィックも爆発的に増加してくることは言うまでもありません。

鶏か卵かということではなく、どちらも同時に生み出せるので、鶏も卵もというのがきっと正解だと思います。

また「光の道」か「電波の道」かも、どちらも必要であり、その二つのハイブリッドになることは容易に想像でき、しかも通信すら意識されない時代になってくるのではないでしょうか。それでこそ本当のインフラとなります。

もちろんそれらをつなぎ、情報のやりとりをする、あるいはアプリケーションを配布し、動かすプラットフォームは必要ですが、すくなくとも機器開発は日本のお家芸であり、さまざまな分野にビジネスチャンスが広がってきます。きっと総務省や経産省がやるべきは、それぞれの産業にどのような新しいビジネスチャンスがあり、情報通信革命でなにが活性化するかという関連や広がりを示すことでしょう。

パソコンも、インターネットも意識することなく、利活用ができる、つまり、パソコンもインターネットも死語となっている時代を想定して、日本の情報通信革命をイメージしてみてはどうでしょうか。
そんなネットワークができれば、社会が大きく変わってくることは間違いないでしょう。

ついでの話ですが、制度の問題では、つい最近、近所でよく利用させて頂いているお寿司やさんで、はじめてお目にかかる人とちょっとした話題から話が弾み、やがて、その方が、もう20年近く前に開発された、通信でデータを送る血圧計の話になりました。日本では全く売れず、アメリカで売れたそうです。それは、日本では血圧を測るのは医療点数になり、医療行為としては、医者にしか認められていない、ところがアメリカでは、調剤薬局が血圧を測定してもビジネスとなり、調剤薬局に売れたというお話でした。
制度を変えないと、ビジネスチャンスも生まれてきません。制度が変わるとなると、きっとそのチャンスを掴もうという動きがでてくるはずです。