財政危機でも「円安になればOK」は正しい?!  -前田拓生

前田 拓生

ギリシャ問題について話した時に「このままでは日本の財政も危ない」というと「財政が危ないことを理由に円安になるのであれば、貿易黒字から、景気が良くなるので問題ない」と考えている人がいるようです。果たして「財政が危なくても、円安ならOK」は是認できるのでしょうか?

まず、前回の「ギリシャ危機は対岸の火事か?」において、ギリシャのように通貨発行権のない国と日本のように通貨発行権を持っている国では「基本的なメカニズムが違う」というレスがあったのですが、その点は「PIIGS諸国と日本の財政について」に「結局は同じであり、危なさには変わりない」ということを解説しているので、そちらをご覧ください。

その上で「危ないとしても円安になれば、外需拡大になるのでOKでしょう」に対してお話しします。


確かに「円安」になれば、外貨建てで価格が変化せず、円安前と同量の輸出ができるのであれば円ベースの売上高が増加するので、外需拡大から(円建てによる)GDPを押し上げる可能性があります(とはいえ「円安」は、大半を海外からの輸入に頼っているエネルギーなどの価格を引き上げるので、それを考えるだけでも危険ですが、ここではこの点は無視します)。

しかし・・・

「財政問題」が顕在化した場合、「円安」よりも、高率の増税によって当該国の景気が下振れする、または増税しない場合には、金利が上昇してしまうということで景気を押し下げるという可能性の方が、より先に問題になると思われます。

高率の増税の問題点は指摘するまでもないと思いますが、そのような増税を避けようとして国内でファイナンスしようとしても、上手く資金調達できない、または、出来ない可能性がある状態においては、海外からのファイナンスを模索することになります。このような状態になった場合には、金利を上げることによって外資を呼び込むしかありません。

現状、日本では家計の金融資産が金融機関を通じて政府債務を支えていることから問題はないのですが、その構造が崩れ、家計が預貯金を減らした、または、しなくなった場合には、現時点でも財政はサスティナブル(持続可能)ではありません。つまり、そのような状態になれば、外資は「危なくて資金を拠出できない」と考えるはずです。それでも外資たちに投資してもらうためには、それなりにリターンとしての「金利」を高める必要があるのです。

ここでは、政府が「どうしても借りる必要がある」という状態で、日本人が直接にも間接にも日本国債を買わないということを前提にしているので、対外純資産がいくら多くても、国債利回りは上昇することになります。

しかも、これは日本政府に対するリスクプレミアムからの金利高ですから、景気が悪くても国債の利回りが非常に高くなるということは十分に考えられます。とはいえ、国債の利回りは当該国における「基準」ですから、これが上昇すれば、自ずと当該国の金利水準は上昇します。金利水準が上昇すれば、当然に景気は悪化することになります。

そうでなくても景気が悪い国の通貨は魅力が薄れるのですが、さらに「今後、下落する可能性が高い」と投資家が判断するような状態では、ドンドンと当該国通貨を売り急ぐことになります(レバレッジをかけて売る場合もあります)。つまり、「金利が高いから投資しよう」というよりも、通貨自体が下落するので、投資どころか、当該通貨を早く売りたいと考える投資家が増えることを意味します。ただし、これは市場メカニズムによって価格が決定されるのですから、「売り」があるということは、それに対する「買い」が存在しなければ価格は付きません。したがって、この場合「(価値が)下がる」と思っている投資家が多いわけですから、相当な通貨安にならない限り、価格が付かないことになります(つまり、通貨安)。

しかも、(この混乱の中で「安く」)買った投資家でも先行きに対して期待が持てないと判断すれば「損をしても売却する」でしょうから、通貨はある程度の時間をかけて、ドンドンと下落することになります。

以上のように、財政に問題がある場合において通貨安が起こる時には、大概その前に、または同時に「金利高騰による景気悪化」が起こり、しかも、そのスパイラル的な悪化状態が止まるまで「通貨安」「金利高」「景気悪化」が続くものと考えられます。したがって、通貨安からの外需拡大があったとしても、内需の底なしの悪化によって完全に相殺されるものと思われます。

まぁ、いずれはスパイラル的な悪化が止まり、または、IMF等による支援によって安定してくれば、「通貨安からの外需」の寄与によって景気が回復するのでしょうが、それは「経済が破たんした後」になると考えた方が良いのです。

とはいえ・・・

現時点の日本において、このような「悪夢のシナリオ」が、すぐに起こると考えているわけではありません(これは前回のコラムにも書きました)。しかし、徐々に少子高齢化が深刻さを増す中、フローでみて家計貯蓄が減少してきているのも事実です。したがって、投資家(特に海外投資家)が「日本って、よく見るとかなり危ないよね」と感じると、いつでも顕在化する可能性があると考えるべきでしょう。だから、その前に、それなりの対策を打つことが肝要だと思っています。

通貨、特に現在のように変動相場制になっている通貨は、結局のところ「自己実現」の世界でしかないので、何かのきっかけで皆が「危ない」と思ってしまうと本当に危なくなるものなのです。そして、たとえ自国通貨であっても使用しなくなる可能性さえ否めないものなのです(日本人が、例えば、日常は「ドル」を使用するようなことも「あり得ない」ことではないという意味です)。

なので、「今まで大丈夫だったから、これからも“もう少し”だったら大丈夫だろう」といって財政拡大をしたり、「インフレを起こせば、財政にも景気にも良い」ということで単に通貨量を云々してみたり、「円安誘導すべき」といって為替介入するようなやり方は「非常に危険なのだ」ということを知っておく必要があると、私は思っています。