翻訳者
◆ 英語 1.0 という現状
2005 年にティム・オライリーによって提唱された「Web 2.0」とは、情報の発信者と受信者が固定化されず、誰もが発信者となれる Web の利用状態を指す。これは、受信者は一方的に発信者から情報を受け取るという「Web 1.0」と対比される概念である。例えば Web 2.0 の代表は SNS やブログであり、Web 1.0 の代表はニュース サイトや企業ホームページである。しかし実際には Web 1.0 と呼ばれる時代でも多少の技術を理解していれば、発信者になれた。つまり Web 2.0 とは「誰でも容易に発信者になれる」という部分に力点が置かれているのである。
すでに手垢がついているこの「○○ 1.0」や「○○ 2.0」という表現だが、現在の日本の英語学習(とりわけ大学生や社会人向け)を取り巻く状況を表現するのに適している。例えば受験者数が年間 160 万ほどで、就職や昇進時の参考にもされる TOEIC は、基本的にリスニングとリーディングという「受信者」としての能力を測るテストだ(別に TOEIC SW というスピーキングとライティグを測るテストもあるが、受験者数は年間 1 万人にも満たない)。発信より受信に力点が置かれる状況を 1.0 とするならば、TOEIC も含めた従来の日本の英語教育は「英語 1.0」と呼べるだろう。
◆ 変わりつつある環境
日本を取り巻く英語コミュニケーション環境は徐々に変化しつつある。特に大きな変化は次の 2 点ではないかと考えている。
(1)非ネイティブ英語話者の増加
1960 年代に英語を使う人の多数は、アメリカ人やイギリス人などのネイティブであったと考えられる。しかし現在では、ネイティブと非ネイティブ(第二言語または外国語として使う人)の比率は 1 対 3 となっている。また、インドやナイジェリアなど英語を第二言語とする地域の人口増加率は、ネイティブのそれの 2.5 倍となっている(注 1)。つまり、英語使用者数は非ネイティブがネイティブの 3 倍になっている上に、その増加速度はさらに増しているのだ。
(2)インターネット人口の増加
インターネット人口は世界全体で増加しつつあるが、とりわけ新興国での増加が著しい。2010 年 4 月の調査によると、米国の年間増加率が 4% であるのに対し、ロシアとブラジルで 10%、中国とインドで 20% を超えている(注 2)。コミュニケーション手段として重要性が高まっているインターネットに、英語を第一言語としない国の人々が流入しているのである。
普及するインターネットを通じて、非ネイティブと英語でコミュニケーションを図るケースが今後かなり増加するだろうことは想像に難くない。例えば、非ネイティブとのメールやり取り、非ネイティブに向けた英語の企業サイト、非ネイティブとつながる SNS などである。現実はこのように変化しつつある。
◆ 日本人英語学習者の問題点
上記のような環境の変化の中で、日本人英語学習者が抱える問題点とは何だろうか。
(1)受信偏重
最初に述べたとおり、日本の英語学習においてはリスニングとリーディングという「受信」に重点が置かれるケースが多い。例えば TOEIC の受験者数で見ると、発信スキルを測る TOEIC SW は、受信スキルを測る TOEIC の 100 分の 1 にも満たない。受信能力が必要なくなったというわけではなく、受信と発信のバランスが取れていないのだ。これでは誰でも発信者になれるというインターネットの特長を活用しきれない。
(2)ネイティブ偏重
日本人が英語で発信できない理由を考えた場合、一つ思い浮かぶのが「ネイティブの英語」を意識しすぎるためではないかという点だ。ネイティブのような表現ができなければ、話すことも書くことも止めてしまうという状況である。いわゆる日本人英語は避けるべきだ、という発想だ。しかし上記の通り、かつてと違い英語話者はネイティブより非ネイティブの方が多くなっている。ネイティブ表現を手本としなければならない理由は薄れつつある。
また、TOEIC は受信偏重であると同時にネイティブ偏重でもある。2006 年以前、リスニング テストはアメリカ英語のみであった。その後、イギリス、カナダ、オーストラリアの発音聞き取りが追加されたが、しかしこれらはすべて「ネイティブ英語」である。非ネイティブとのコミュニケーションは前提とされていない。
本稿の冒頭で、受信偏重の状況を「英語 1.0」と呼んだ。これに加え、ネイティブ偏重も英語 1.0 の特徴としたい。すなわち「英語 1.0」は、
・発信よりも受信に重点
・ネイティブ表現が正しい
という 2 点を特徴とする。
◆ 英語 2.0 へ
英語 1.0 から脱却し、変わりつつある英語コミュニケーション環境に適応するにはどうすればよいのだろうか。
まず、受信と発信のバランスを取るべく、発信能力の向上に努めるべきだろう。TOEIC のようなテストを重視する風潮は見直さなければならない。
また「ネイティブ信仰」からの脱却も必要だ。重要なのは、ネイティブが正しさの基準ではないという価値の転換である。前述の通り英語を使う人の数は、すでに非ネイティブがネイティブを上回っている。正しさの基準がネイティブにあるという根拠は薄れているはずだ。日本人英語であろうがアメリカ英語であろうが、英語の一種という点では同じなのである。堂々と同じ土俵の上で戦えばよい。たまに国際的な場面で発言できない日本人の話を聞くことがあるが、もしネイティブ表現にこだわって発信をためらうのであれば「存在しない」も同然だ。
英語 1.0 後の新しい英語コミュニケーション環境を「英語 2.0」と呼びたい。その特徴は次の通りである。
・発信が受信と同等に重視される
・ネイティブ表現は正しさの基準ではない
すでに英語を使う人の多くが非ネイティブであること、インターネットの普及によって発信の機会が増加すること、こういった現実の変化を考えると、英語 2.0 の考え方が重要になる。英語 2.0 を実現するためには、TOEIC に代表される受信重視の考え方、そしてネイティブ信仰から脱却しなければならない。従来の価値の転換が必要なのである。
注 1: イギリスの英語学者 David Crystal 氏の 2006 年の論文「English worldwide」(http://www.davidcrystal.com/DC_articles/English3.pdf)による
注 2: Morgan Stanley の調査「Internet Trends」(http://www.morganstanley.com/institutional/techresearch/pdfs/Internet_Trends_041210.pdf)による
西野竜太郎・翻訳者(Twitter: @nishinos)
コメント
なるほど。
すると次は、英語3.0: Interactive Communication ですかね。これはディベートで鍛えるといい。開成、灘、慶応等々の中高生には、英語でディベートこなすくらいのエリート意識を持って頂きたいです。相手は、Choate Rosemary、 Philips Academy等々です。
無理かなー。
元日本人