ものづくりの幻想から脱却しなければ日本は復活しない - 大西宏

大西 宏

日本は、ものづくりの技術が強みだ、ものづくりの技術を生かせば、世界をリードできるということがまことしやかに言われ、またそう信じている人が多いと思います。しかし、残念ながら、それは幻想に過ぎません。なにも、「ものづくり」の技術を否定しているわけはなく、ものづくりの技術も強みのひとつにはなるとしても、ビジネスを差別化し、高付加価値化していく決定打にならないし、また日本産業が復活する鍵ともなりません。


市場サープラスという概念があります。それぞれの市場は、例えば、原材料調達などの上流から、中間の製造加工、販売、サービスなどの下流のビジネスが鎖のように連なって成り立っていますが、それぞれの工程で得られるマージン、またその各工程のマージンを積み重ねたバリューチェーンの状況を見たものです。

そして、「ものづくり」が占める市場サープラスは、非常に小さく、しかも全体市場の付加価値に占める比率が低下してきているのが現実です。

部品なら部品、液晶テレビなどのような最終製品なら最終製品の市場でのシェアを競いあうというのが典型的な日本的マーケティングですが、問題は、では液晶テレビを例にしてみて、市場でもっとも大きなマージンを得ているのはどこかです。おそらく小売業でしょう。市場でのプレイヤーは同業種だけではないのです。

同業界での市場のシェアを「ヨコのシェア」とすると、市場サープラスのシェアは、「タテのシェア」です。まざざまな産業によって価値が積み重なっている市場全体で、どの産業、またどの企業が、市場全体で得られる付加価値のうち、どれぐらいの割合の付加価値を握っているかというモノサシです。
いくら「ヨコのシェア」が高くとも、「タテのシェア」が小さいと、その市場での影響力は小さくなってしまいます。

そのいい例になるタイムリーな事例がありました。ウォールストリートジャーナル日本語版の尾崎弘之東京工科大学教授のコラムです。東洋エンジと大阪市がベトナムの水道事業で提携したことを取り上げ、「水ビジネス」の現状と、人材の提供という新しい切り口が注目されるという視点で書かれています。

【日本版コラム】「水ビジネス」第三のモデルとは何か

そのコラムによると、水ビジネスで、日本の「膜技術」は世界をリードしており、日本企業のシェアは約60%で、海水淡水化用逆浸透膜に限れば、70%に達するそうです。では、日本は「水ビジネス」で世界をリードしてきたかというと、「日本が強い水浄化事業は水ビジネス全体の1%に過ぎず、同じく日本が強い設備事業も10%」程度なのです。
いくら技術で圧倒していても、その事業規模は、「水ビジネス」全体から比べれば、小さく、とても「水ビジネス」をリードするというものではありません。

だから「水ビジネス」のプロジェクト全体をビジネス化している海外の「水メジャー企業」が市場の主導権を握っています。水ビジネスのひとつのパーツだけを握る日本と、バリューチェーン全体を握る海外の「水メジャー企業」が得る付加価値の大きさも、影響力でも決定的に違ってきます。ものづくり技術に偏ったビジネスのアプローチの限界をよく語っている事例だと思います。結局は、「水ビジネス」の大半の市場サープラスは、海外の「水メジャー企業」が握り、世界の「水ビジネス」のリーダーシップも取っているのです。

市場全体の中で、あるパーツだけが強くとも、たとえば部品や素材で得られる市場サープラスは小さく、その企業が、同じ部品や素材でシェアが高く、また利益率が高くとも、売上高も利益額も最終市場の規模から比べると小さく、それに特化すればするほど、日本の経済は縮小していきます。

好調アップルが示したのは、新しいユーザー価値を開発し市場の価値そのものを高めること、さらに市場でのバリューチェーンを有利に組み立て、高い市場サープラスを得る両輪を回している強さです。

ビジネス・ユースの小さな市場でしかなかったスマートフォンを、iPhoneで、一般の人達に、電話の機能はもちろん、音楽も聴け、インターネットを楽しめ、さらに写真も楽しめる、新しいコミュニケーションの価値を売りました。
それで市場の価値を上げたのですが、その裏には技術の裏付けがあったとしても、技術だけを売っていたら、iPodもiPhoneもiPadの成功もなかったでしょう。

また、ビジネスの仕組みで、アップルは市場サープラスの拡大を追求しています。上流では、付加価値ももとも高いCPUとOSを握っており、大半の付加価値の低い部品は、グローバル市場から調達し、加工は安い中国で生産することで、製品コストを下げています。販売は直販を含め、アップル主導で行い、有利な条件を引き出し、さらにプラットフォームで、音楽やアプリ、また書籍などを集積させ、その販売マージンを稼ぎ、うまく利益を積み重ねています。だからこそ高収益が保てているのです。残念ながら、iPadやiPhone4では日本の部品はほとんど姿を消してしまいました。

神戸大学の三品教授の研究では、日本の上場企業は、売上高こそ伸ばしてきたものの、営業利益率は、過去40年、一貫して下降傾向をたどってきました。規模は大きくしてきたけれど、儲からなくなった、低収益のビジネス化してきたのです。つまり豊作貧乏です。豊作貧乏では、いくら分配を工夫しても、日本全体が貧しくなっていきます。

ものづくりの技術を競うのではなく、ビジネスそのものの新しさや違いを競う、そのビジネスの市場サープラス、つまり「タテのシェア」を競わなければ、この豊作貧乏からの脱出は難しいのです。技術力は、そのビジネスを支える要素のひとつにしか過ぎません。

中国に生産が集積してきている状況では、人材や技術、ノウハウも中国に集積されていきます。それがものづくりの世界です。やがて、多くの分野で、ものづくりすら中国に負けるという日は確実にやってきそうです。もうそろそろ、ものづくり礼賛、根拠のない幻想を煽る風潮はやめ、市場の現実を直視すべき時期が来ていると強く感じます。ものづくりが日本を救うというのは日本の産業をミスリードするばかりです。

株式会社コア・コンセプト研究所
大西宏