検索エンジンと個人情報の利活用

山田 肇

情報通信政策フォーラムが情報通信学会メディア集中に関する研究会と共催したシンポジウム『検索エンジンとメディア集中』が終了した。シンポジウムを通じて個人情報の利活用に焦点が当てられた。一人ひとりの検索記録や購入記録、そのほかネット上に残したさまざまな痕跡が集積され、マーケティングなどに利用されるようになってきた。個人の趣味・し好が把握されることへの危惧と、それによって提供される利便とのバランスをどう考えるかで、登壇者や会場の意見は二つに分かれた。

危惧を強調する側は次のように主張した。「Yahoo! Japanがグーグルの検索エンジンを利用すれば、ますます個人情報がグーグルに集積される。この分野はネットワークの外部性が強いので、他企業が対抗することはむずかしくなるだう。独占企業の登場は長期的にはイノベーションの可能性を減じるものだ。」

これに対して「グーグルの創業者は、世の中のあらゆる情報が連携し利用されることは人々の利益になる、と無邪気に信じているだけだ」という意見が出た。「提携の是非はYahoo! Japanの株主が決めればよいことであって、外からあれこれ言う必要はない」という意見もあった。これに関連して「独占禁止法では、市場シェアが高まることではなく不当な取引が行われているかが問われる。今回の事例では公正取引委員会への事前相談があったということだが、公正取引委員会は『一般相談』として一方当事者からの意見を聞き、『ただちに独占禁止法上の問題点は見いだせなかった』と口頭で回答しただけである。公正取引委員会は市場の動向を継続してウォッチングしていくだろう」と法学者は解説した。つまり、無邪気に信じて規模を拡大しただけだとしても、市場に悪影響を与える力を持つようになり、それを行使すれば、独占禁止法上の問題になるということだ。


「わが国では個人情報保護法が施行されているが、過剰な規制だったために有名無実になっている。しかしひとたび法律通りに当局が規制に乗り出せば社会は大混乱するだろう。個人情報保護法を改正し、利活用を促進する方向に転じる必要がある」と池田信夫氏は主張し、シンポジウムの感想としてブログにも記事を出している。これに関連することだが、ウェブ上にない情報をターゲットに新規サービスの創出を目指した『情報大航海プロジェクト』の成果について「個人情報の扱いについて課題が積み残され、市場への投入が遅れている」と経済産業省が説明したことは、興味深い。わが国では検索エンジンは無断複製に当たると解釈され、著作権法が改正されるまで10年間にわたり検索エンジンビジネスが育たず、その結果、グーグルに席巻されるという事態が起きている。今度は個人情報保護法が壁になっているとしたら大問題である。池田信夫氏も主張するように「過剰な正義」は悪である。

電子政府の現状と課題について文部科学省・科学技術政策研究所の『科学技術動向月報』にレポートを発表し解説した。それに詳しく書いたが、情報を完全に保護しようとすることも全く保護しないことも社会的には損失である。ある程度の不正利用は覚悟した上で、保護と利活用のバランスを図って初めて社会的にプラスになる。今回の提携発表は、どこまでの個人情報集積と利活用が許容されるかを社会に問うものだ。

検索連動広告などが拡大していくとマスメディアへの広告費は減るので、マスメディアの産業規模は縮小していくだろう。これについては、マスメディアに代表される「情報の仲介役」の役割が減っていくのは問題だとする意見と、「黒船グーグルによって仲介役が滅びて行くのは歓迎」とする反対意見が表明された。

残念ながら、この問題に関する社会的な関心は低い。学会として取り上げたのも、先日の競争法研究協会に次いで今回が2番目である。しかし、これはどのような情報社会を現していくかに関わる重要な課題であって、多くの議論を必要とするはずだ。今回のシンポジウムは、そんな重要性に注意を喚起するように警鐘を鳴らす価値があった、と自己評価している。

山田肇 -東洋大学経済学部