尖閣沖の漁船衝突事故で逮捕した船長の保釈の後という奇妙なタイミングで起こった「反日祭り」も、予断は許さないとしても、起こったデモも小規模で終わり、ほぼ予想した通り終息に向かい始めているようです。しかしこの騒動から得た教訓を生かさないで、拙速的な関係修復にだけ向かうことは決して両国の利益にならないと感じます。
中国の「反日祭り」はきっと続かない
まず、なぜ「反日デモ」ではなく、「反日祭り」でしかなかったかですが、集まった野次馬の人たちが、ヘラヘラ笑い、携帯で倒したトヨタ車の写真を撮るシーンに怒りの感情の片鱗も、また緊張感も、愛国の感情や正義感も感じられません。起こった出来事、また規模から見て、反日宣伝に洗脳されたごく少数の愛国主義的な若者の煽りに乗った野次馬の憂さ晴らしの暴走、つまり「祭り」でしかなかったというのが実態だと思われます。
この祭りの不思議さは、なぜ船長が保釈されてから起こったのかです。胡錦濤、温家宝などの膝下を揺さぶるためのものだったという権力闘争説や、就職できない大学生たちの不満が反日という看板でぶつけられたなど、さまざまな説がありますが、直接的な原因としては、日中間の尖閣に関する密約の存在に対する中国政府への怒りだったと大紀元は伝えています。ちなみに、大紀元は2000年にニューヨークで、法輪功を支持する華僑たちによって設立され、2005年から日本語版も発行されているメディアです。
日中「尖閣密約」あったか 中国側「中傷と悪だくみ」 炎上の反日感情に亀裂
尖閣に関する密約の存在をスクープしたAERAの記事がネットで伝わり、「自民党にせよ、民主党にせよ、日本軍国主義は恐れることはない。最も憎むべきなのは、我が政府の売国奴だ」などの当局に対する怒りの書き込みが中国国内のインターネット上に溢れていたそうです。
こちらの説のほうが、タイミングといい、中国政府が最初は利用したのかもしれないとしても、過度に広がることを恐れ、ネットの書き込みを執拗に消し、デモを抑えこみはじめたこととも合致します。
密約があったとすれば、中国側からすれば漁船船長の逮捕は晴天の霹靂の出来事であり、親中派だと思っていた民主党政権の暴走に映り、それに怒って強硬姿勢をとったのではないか、さらに、その密約の存在に中国の愛国主義の人たちが自国政府に怒りをぶつけたという構図を想像することができますが、密約である限り真相は闇のなかです。
しかし、それにしても中国の「尖閣が日本の領土ではない」という主張の根拠が薄いことには驚かされます。人民網が、皮肉なことに日本の地図は信用性が高いとし、中国の一市民が所蔵していた吉川弘文館の日本の過去の地図を根據に、それには尖閣が日本の領土とはなっていないというのです。
しかしその写真を見ると、第二次大戦後の日本への沖縄返還前の時期の地図だということがすぐにわかります。しかも昔の時代も領土として記載されていないという主張ですが、1871年に明治政府が廃藩置県によって、琉球王朝が日本に組み込まれるまでの時代に、日本領土とされていないから日本の領土ではないというのも無理な話です。
市民が所蔵する古い地図が証拠 釣魚島は日本に属さない
さて、この先はどうなっていくのでしょうか。騒動は収まっていくと思います。韓国ほどではないにしても、日本にとっても中国は輸出入の相手先としてはトップです。つまり中国への経済の依存度は高いのです。
また、中国も輸出品で大きなウェイトを占めるデジタル機器の部品は日本からも調達せざるをえず、また中国の輸出の中味は日本企業だけではないですが、迂回貿易の色彩が濃いという現実があります。だから中国の輸入国第一位は日本であり、日本製品は否が応でもは輸入せざるを得ない構造になっています。
おそらく中国リスクに敏感になった日本の企業は、リスクを回避するために生産設備をアセアン諸国に分散していくにしても、経済交流を断つことはお互いできません。互いに経済の縛りが大きいのです。
だから、なんらかの付き合い方を見出さないといけないのですが、尖閣騒動さなかに、面白いが記事がありました。中国からは嫌われているはずの石原都知事が中国メディアの取材に、中国の文化は好き、しかし中国共産党は嫌いという「愛中・反共」という発言し、それが中国で話題になったようです。同じ趣旨の発言は日曜日のテレビでもありました。
その発言で石原都知事が中国の人たちから見直され、石原都知事の発言を評価するネットへの書き込みが多数あったというのです。
もちろんすぐに消されてしまったそうですが、そんなところにも、中国国民の反日感情も複雑な側面があり、また中国政府への不満があることを垣間見ることができます。
「反中ではなく反中共だ」 中国週刊誌、石原慎太郎氏インタビュー果敢報道
重要なことは、お互いの国民が事実を知るということだと思いますが、その点では、尖閣の中国漁船の取った行動のビデオを証拠物件だとして公表しなかったことや、密約問題をメディアも深く追求しなかったことは残念なことです。
中国人のほとんどの人たちは、日本が軍国主義化する可能性が高いという警戒感はあるそうですが、尖閣問題で日中関係が緊張するなかでも上海万博で日本館がダントツに人気を得ており、待ち時間がもっとも長かったことや、ネット上で「反日祭り」への批判も多かったと伝えられていることを考えると、反日意識も複雑であり、一様ではないようです。
同じ時期に、ブラジルとのバスケットの国際試合で大乱闘を演じた中国チームが1カ月の練習停止処分になったことをフィナンシャルタイムズが報じ、中国が恥をかくということもありましたが、先日あった体操の国際大会では、中国チームと日本チームが素直に握手していた光景もありました。この中国とブラジルの大乱闘劇も日本では報道されていません。しかし喧嘩相手は日本人に向けたものだけではないということでしょう。
中国とブラジル、前代未聞の大乱闘
日本もマスコミでは報道しないことがありますが、昨今はネットがそれを補うようになってきました。しかし、中国国民は事実を知らされていません。知るすべが現在は限られています。
しかし、中国が国際的な市場経済に組み込まれており、中国国民も、日本に限らず、海外との交流体験はいやがおうでも増えてきます。やがて自国の特殊性への自覚が高まってくると思います。日本への留学体験や、旅行体験が増えると、教育で洗脳され、想像していた日本と、実際の日本が違うことが浸透してくるはずです。
経済の発展した沿岸部では、2005年の反日デモ以降は、日本の工場進出も増え、雇用が生まれたことから反日の動きは収まり、むしろ問題が生じているのは、日本の工場での賃上げ闘争です。反日運動が起こったのは、日本の企業進出が十分には進んでいない地域だという側面も見ておくことが必要ではないでしょうか。
さらに、人民網が高らかに中国のネットユーザ数が4億2千万を超えたことを報じていますが、きっとフィルターをかけ、また都合の悪い書き込みは消すというイタチごっこも、インターネットで行き交う情報量が飛躍的に増えれば増えるほど、限界が生じ、ほころびがでてくるはずです。
時代は変化します。中国も経済成長にともなって変わらざるをえないのです。貿易の依存度が高い限り、変われなければ中国の経済の成長の限界もやってきます。さらに少子高齢化の人口問題を抱えており、それまでに加工や組立の製造業だけに依存する体質を克服しないと経済成長に限界が間違いなくやってきます。
政治も経済もしばらくはギクシャクしたものになる可能性が高いのですが、重要なのは、媚びることはやめたほうがいいということです。中国人は交渉を重視する民族であり、こちらの主張がなければ、自分のペースに引きこんできます。それはやがてまた軋轢を生みます。国際社会からの共感を得るためにも、日本の主張は一貫したものでなければなりません。
しばらくは、弱い立場の日本企業の進出先での賃上げ騒動がさらに強まるかも知れません。その意味でも進出した企業にとってリスクは高くなってきます。しかし、それも順序の問題だけで、やがて、その賃金水準が他の企業の賃金水準にもなってきます。
今回の騒動を、中国への過度な依存から、リスクを分散していくを好機とすべきでしょうが、中国の経済交流を断絶することは現実的にありえず、進めるべきは、目先の繕いではなく、長期的な視点で日本のソフトパワーを発揮していくことだと思います。文化の輸出、旅行や留学生の受入などの人的交流をそれこそ「粛々と」広げていくことではないでしょうか。
コア・コンセプト研究所
大西宏