カイロのタハリール広場で、ムバラク大統領の即時退陣を要求するグループと、ムバラク大統領を支持するグループの間に衝突が起こり、多くの血が流された。
救いは、今後のエジプトのキーと成る軍が、どちらのグループに発砲する事無く、極めて冷静に帰宅を呼び掛けている事である。
エジプト動乱に対する、アメリカメデイアとイギリスBBCのスタンスにかなり明確な違いがあり、実に興味深い。
ちなみに、アメリカメデイアの論調は、FaceBook,Twitterと言ったインターネットの追い風を受けた、若者に拠る民主化運動と言う極めてステレオタイプなものである。
日本のマスコミやネット論壇も、このアメリカメデイアの主張を、検証する事無く丸呑みしている様に思える。
一方、オスマントルコから、エジプトの宗主国の地位を引き継いだイギリスBBCの報道は、BBC News読む限り、外連味無く、実に淡々と事実のみを伝えている。
FaceBook,Twitterの単語は一度も見た記憶が無い。代って、スエズ運河閉鎖のリスクに就いては、何度か言及している。
日本を含む西側諸国に取って、閉鎖的なイスラムの本質を理解し、偏見無く、一体イスラムのどの部分が、西側が期待して止まない、民主化や市場解放のボトルネックと成り、結果今回の如き、大統領の退陣要求の如き運動に至るのか、解明する事、至難の業である。
一般の日本人が、エジプトに就いて知って居る事はどの程度であろう。ピラミッド、スフィンクス、スエズ運河。ルクソール迄知っている人は相当のエジプト通であろう。
仄聞する所、エジプトの識字率は30%程度らしい。そして、最近は更に低下していると聞く。貧富の差が拡大し、その日暮らしの家庭が増えた結果、子供達を学校にやる余裕が無く成ったのである。
こういう、教育を受けず育った子供は、長じて失業者に成るようである。字が読めず、仕事が出来ないからである。
社会の底辺に、膿の塊の如く滞留する貧困層。此れこそが今回のデモの主役では無いか。
私のイスラム教徒の最初の友人は、30年前の西ドイツ留学時代にドイツの大学で知り合った、モハメッドと言う30才で博士号取得を目指していた大学院生である。
実に気の良い男で、飲み会で、彼の「エジプトでの嫁取り話」はドイツ人学生に大受けであった。嫁取に際しては、羊を何十頭か結納として送る必要があり、此の為に若者は、サウジや湾岸諸国に出稼ぎに行かざるを得ないと言う話である。
ガールフレンドが出来、やがて恋人に成り、相性が合えばそのまま同棲し、子供が出来れば、結婚すると言うのが普通のドイツ人学生に取っては、面白いジョークかアラビアンナイトの話と受け取ったと推測する。
日本の若者には想像も付かないだろうが、イスラムでは女性の婚前交渉等もっての他である。一家の恥を通り越して、一族郎党の恥辱と成る。
何が言いたいかと言えば、イスラムの男性は結婚以外、女性と接触出来ず、結婚する為には、多額の結納が必要と言う事実である。最近では、家賃の高騰を心配する娘の両親の懸念から、結納に加え、家を準備せねば成らない様である。
その為、益々多額の結婚資金が必要と成り、花婿の年齢は優に40才を超えて、20才前のまるで娘の様な女性と結婚するのが普通と聞く。
若い未婚の男の、薄暗い欲望がマグマの様に溜まっているに違いない。
結婚資金がどうしても溜まらず、結婚を断念せざるを得ない若者も多い筈だ。結婚して、家族を持ち、子供を育てると言う、当たり前の幸せを諦めなければ成らない事は、矢張り深い悲しみを伴う筈だし、政治権力に対する、恨み辛みも積み重なっていると思う。
エジプトは、他のイスラム諸国に比べれば本来恵まれた国である。第一に、OPECに加入する産油国である。第二にピラミッド、スフィンクス,エジプト考古学博物館 と言った観光資源に恵まれた観光立国である。最後はスエズ運河からの莫大な収入。
此のエジプトをして、経済運営が巧く行かず、仮にイスラム革命と成れば、サウジアラビアや、湾岸諸国の如き、圧倒的な石油収入の享受可能な産油国以外は、全てイランの如きイスラム革命が終着点と言う事に成る。
一体何が問題なのか。
厳格なイスラムの戒律を守る事で、競合先に比較して生産性がどうしても低くなってしまうからでは無いか。
仕事の手を止めての、一日数度のお祈り。ラマダン月の1ヶ月に及ぶ断食。此の時期は、当然空腹で仕事に成らない。
重要な会議に遅刻しても「インシャラー」、要は「神の思し召しで遅れたのだよ、諸君!」で誰も文句を言えない。
日本人は意外と知らないが、イスラムでは金利を取る事は固く禁じられている。矢張り、金融市場も分断されているのではないか。
イスラムの戒律を守りつつ、民主化や市場経済と言う、本来キリスト教徒である欧米人が作った制度の導入を中途半端に実行しても、何処かで矛盾が出て来て、結果破綻するのでは無いか。
イスラム第一で考えれば、「民主化」や「市場経済」を西洋の悪しき制度と捕え、イスラム原理主義に凝り固まり、国を閉ざし、鎖国するしか無いのでは無いか。イランが此のケースであろう。
ムバラク大統領は、国民から不信任を突き付けられ、アメリカのオバマ大統領からも出来るだけ早い退場を勧告されている。此れ以上の暴動は無いであろう。
問題は、後継者の顔が全く見えず、ムバラク大統領を批判するのは良いが、彼らがエジプトをどの様な国にしたいのかが、全く見えない点である。此処に、イスラム同胞団の如き、過激なイスラム原理主義者が付け込む余地がある。
エジプトの唯一の救いは軍の存在であろう。開発途上国の常として、軍は貧しい生まれの若者が学べ、上の階層に上がる事の出来る、唯一のチャンスである。
反米意識の強いエジプトで、唯一の親米組織であり、且つ、若手将校と言えども、両親や可愛がってくれた、叔父、叔母皆字が読めない様な貧しい出身である。
従って、貧しい民衆の気持ちを痛い程理解しており、余程の事が無い限りデモ隊に銃口を向ける様な事はしない筈だ。
エジプトは軍によって、辛うじて秩序が保たれるのでは無いか。仮に、イスラム同胞団の仕掛けで、民衆への発砲に追い込まれる様な困った展開と成れば、民衆は離反し、イスラム過激派のイスラム同胞が勢力を拡大する展開が予想される。
アメリカと、エジプトの軍は、既に話が付いている筈である。軍は親米路線を継承し、アメリカは支援を継続すると。
それ故、此れ以上の無用の混乱を避ける為、オバマ大統領は内政干渉の誹りを甘受して、ムバラク大統領の即時辞任を勧奨したと考える。
可也危ない状態にあるエジプトであるが、今後の理想的な展開とは如何なるものであろう。先ずは、ムバラク大統領の即時辞任はマストであろう。ムバラク大統領が辞任しなければ、民衆が納得しない。
次いで、穏健な長老に拠る9月迄の暫定政権を経て、9月総選挙にて民意を問うと言う展開であろう。
貧富の差が此処迄拡大すると、パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラの様に貧困層に手厚く支援する組織にどうしても支持が集まる。
日本のメデイアは、今回のエジプトの動乱をネットを使った、若者に拠る市民革命等と呑気な事を言っている。
しかし、仮にイスラム原理主義者であるイスラム同胞団が権力を掌握すれば、彼らはネットからは最も遠い所に居る、生粋のイスラム原理主義に凝り固まった老人達であり、運動の中心と成った若者達を徹底的に弾圧する筈である。
そして、何より危惧される事は、細くて棘の道ではあるが、「中東和平」に至る為の道として、唯一、確かに存在する、1978に合意された「キャンプデービッドの合意」が反故にされる可能性が高い事である。
仮に反故と成れば、和平への道は閉ざされ、中東は1978年以前に逆戻りし、混沌とカオスとイスラムの神の支配する地域と成る。
そして、此の混沌とカオスとイスラムの神の支配は、他民族の圧政に苦しむ、中央アジア諸国、中国の新疆ウイグル自治区に飛び火する可能性が高い。
西側諸国、ロシアそして中国は当分固唾を飲んで、エジプト情勢を見続ける事に成る。
コメント
>>他のイスラム諸国に比べれば本来恵まれている国である。
Per capita GDPはGCC諸国で最低のサウジアラビアの約10分の一の$2,162(2008年)で国民の4割は一日180円以下で生活しています。貧困による人身売買は深刻な問題となっており、売春は非合法ですが珍しいものではありません。従って「結婚まで男が女性に接触出来ない」ということはありません。
1月31日の「液状化する中東」でBBC Newsの記事 Tunisian Islamist leader Rachid Ghannouchi をチュニジアの「イスラム指導者」と訳されています。日本のメディアの殆ども同じ間違いを犯してますが、英語の「Islamist」はただのイスラム教徒ではなく「イスラム原理主義者」のことです。Rachid Ghannouchi氏の過去の発言をみるとビン ラディンと全く変わらないことが分かります。