会社分割の乱用は、日本型ファイナンスへのアンチテーゼである

原 悟克

2月17日の福岡地裁判決は、パチンコ店経営会社がおこなった会社分割が乱用的であるとした整理回収機構(RCC)の訴えをほぼ全面的に認め、同社に対し約6億4000万円の支払いを命じる判決を下した。この判決は、昨今相次ぐ会社分割の乱用に対する司法判断として重要な先例であり、昨年5月の東京地裁判決に続き注目されている。


会社分割による企業再建につき、一般の理解を促すために簡略化すると、下図のようになる。

要するにこれは、融資を受けた金融機関への債務を分割会社Aに置き去りにして、採算事業を会社分割により切り離し、負債の軽い新設会社A’で運営するという企業再建手法なのだ。中小企業の場合、代表者のほとんどは金融機関への債務の連帯保証をしているが、個人として破産や民事再生など一定のサンクションを覚悟さえすれば、事実上、企業としては借金の棒引きを成しうる。この制度は、90年代にゾンビ企業の延命で遅れた金融機関の不良債権処理を推進すべく、99年に施行されたサービサー法と対をなし、01年に商法を改正する形で制定された。同制度により、企業側は会社分割で財務と経営を健全化し、金融機関側は回収不能となった不良債権をサービサー(債権回収会社)に売却することで債権を無税償却する、いわゆる「損切り」により財務の健全化をはかることが可能となったのだ。

制定直後は、資本金が数億円のいわゆる中堅企業の制度利用が目立ったが、05年頃から、資本金が1億円以下のいわゆる中小企業にも利用が広がり始めた。会社分割の場面では、新設会社が引き継ぐ資産と債務を経営者が恣意的に選別することが可能であり、ほとんどの場合、金融機関への債務は分割会社に置き去りにされる。一部のコンサルや弁護士が、過剰な負債を抱える中小企業に対して、会社分割による「ぬけがけ的企業再建」を指導したこともあり、金融機関としても何らかの対抗措置を講じざるをえない状況になった。結果として、詐害行為取消権や法人格否認の法理を理由とした訴訟が増え、昨年からは、主に下級審で金融機関側の訴えを認める判決が目立つようになってきた。このような経過を受け、法制審議会でも、会社分割の条件を厳しくするなどの検討をはじめているというが、哲学なき制度改正は、新たな歪みをもたらすだけである

原則として私的手続の中でおこなわれる会社分割による企業再建は、当事者間で内密におこなわれる場合が多い。外部に情報が漏れないことが私的手続が持つメリットの一つであり、もって風評による事業価値の毀損を防ぐことが出来る。会社分割の制度を有益に利用し、金融機関を含む当事者全てが同意したうえでおこなわれる企業再建も多く存在するということを看過してはならないのだ。債権者の同意は法的に会社分割の要件ではないとはいえ、債権者である金融機関が同意する理由は、地域金融機関であれば、地域の経済停滞を避けるためであったり、採算部門の事業が魅力的である場合が多い。このような場合の会社分割までを制限する制度改正になれば、日本経済にさらなる停滞をもたらす懸念がある。間接金融を中心とした日本のファイナンスにおいては、会社分割による企業再建の機動性と、金融機関をはじめとする債権者の保護は、常にトレードオフの関係にならざるを得ないのだ

現在、中小企業のファイナンスをめぐる大きな潮流としては、借入れの連帯保証人を経営者に限定するなど、間接金融中心のファイナンスを肯定しながらも、経営に失敗した場合の経営者へのサンクションを緩和する方向に向かっている。確かに、日本には特に不足していると言われるアントレプレナーシップ(≒起業家精神)の芽を摘み取らないために、資金を資本で調達した場合と同様、経営の失敗を「ごめんなさい」で済ませる制度づくりは重要だ。減らない自殺の抑止策としても有効だろう。しかし、サンクションの強弱とは別次元の問題として、貸借対照表上、負債は負債だ。いちど債務超過に陥った企業は、せいぜい延命しかできず、遅かれ早かれ経営破綻の危機に直面する。さりとて、「中小企業経営者や起業家に、直接金融への意識改革を」と呼びかけても成果が得られるものではない。筆者は、ほとんどの中小企業が関わる唯一の専門家である税理士が、この点で指導的な立場に立つことが非常に重要だと考えている

会社法上当然とされる「資本充実の原則」がアウフヘーベン(止揚)だとすれば、日本はそれを知るために、ずいぶん多くの犠牲を払ってしまったように思う。そろそろ、中小企業におけるファイナンスの直接金融化を具体的に議論する時期だ。そのためには、金融機関が預金者から手数料を徴収せざるを得ないような制度設計も一考の余地があるのではないだろうか

(原 悟克 ― アゴラ執筆メンバー)