バーゼル、シャドー・バンキング規制への提言 (「海賊」どもの黄昏)

矢澤 豊

バーゼルの金融安定理事会(Financial Stability Board)が、リーマン・ショック/金融危機をきっかけに、話題になっていた、「影の金融システム(シャドー・バンキング・システム)」に対する、国際協調規制への第一歩として、基調バックグラウンド・ノートを発表した。7月の総会に向けて、各国関係者からのコメントを募集している。


上に添付したINET(Institute of New Economic Thinking、新経済思想研究機構とでも訳すのか?)のビデオ・クリップの内容とも通じるが、今回のバーゼルのノートは、オフショアを利用した「影の金融システム」の本質を「信用仲介」と広義に捉え、流動性の操作、信用リスクやレバレッジ・リスクの不当な取引により生み出される金融システム・リスクを、各国の監督機関が協調してモニターすること、またそうしたモニタリングの枠組みを策定することを提言している。

以前のエントリーでも言及したが、こうした「影の金融システム」の作用により、国際金融システムが内包するに至ったシステム・リスクに関しては、リーマン・ショック以降、常に注目されていた。

この提言に至るまで約3年という年月を要したということは、この期間、各国政府は金融危機による景気の低迷への対処に追われて、国際規制のフレームワーク作りまで手が回らなかったということだろう。

別の見方をすれば、このバーゼル提言も、各国政府が金融危機以降の「クライシス・モード」を脱したということの一つの証左だ。

これは我が国だけのことではないが、「オフショア」というと「租税回避」もしくは「脱税」というイメージしか持ち得ない政策担当者は、この機に「国際金融システム」という大きな枠組みのなかで、より高い視点にたって全体を俯瞰する必要に迫られている。

なお、上記に紹介したINETは、投機家として著名なジョージ・ソロス氏の新しいペット・プロジェクトらしい。これまた昨今話題の「市場の効率性」や「市場参加者の合理性」などを否定したところから、新しい経済学を構築しようという試みだという。

リビアのガダフィ政権との関係や、大佐の次男坊の博士論文に関する問題で引責辞任した我が母校、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の前学長、サー・ハワード・デイビス(元イギリス金融庁長官)が、 先月末、最後の「さよならツアー(?)」で当地香港を訪れた際に、LSEがINETとパートナーシップを組んだことを誇らしげに発表していた。(もっともハイエク博士とソロス氏は、ともにLSE関係者。)

今のところ、このINET関連で顔が見えている日本勢は、野村総研のリチャード・クー氏のみ、というのも寂しいかぎり。

話は突然変わるが、先日香港の友人と、往年のアメリカの人気テレビ番組「ダラス」がリメイクされるという話を肴に酒を飲んでいた。

金銭欲と性欲と権勢欲の権化のような「ダラス」の主人公「JR」は80年代の象徴だった。

よく考えてみると、我々が高校生だったあの時代は、「ダラス」や「JR」みたいな話とキャラクターが、エンタテイメント界を席巻していた。同じくアメリカのテレビドラマ「ディナスティ」や、その後監獄行きとなったイギリスのジェフリー・アーチャーの小説。またシドニー・シェルドンの「ゲームの達人」などなど。

これらのストーリーに共通するのは、ふとしたことから大金持ちになった主人公が、ささやかな幸せをもとめて右往左往するということだ。(かなり乱暴なダイジェストだが。)

またエイズ以前のあの時代、主人公たちの下半身はダラシナイことこの上なかった。

思えばあの時代はレーガン政権がホワイトハウスを掌握し、ミルケンのジャンク・ボンド革命を嚆矢として、金融の世界が「信用」の突然の増幅に揺るがされ、それに伴うリスク商品の開発競争が始まり、巨大M&Aディールの時代が幕明けた頃だった。

すこし時代が下がり、オリバー・ストーン監督の「ウォール・ストリート」の頃になると、チャーリー・シーン演じるところのバド・フォックス君は、コカインをすすりながら(アレ?)仕事に追われ、ボスのお下がりのガールフレンドとおざなりなベッドシーンも早々に、「お金は眠らないゾ!」というボスからの電話で叩き起こされ、最後には燃え尽きていった。

これが今年のアカデミー賞候補映画となると、ガールフレンド欲しさにソーシャル・ネットワークを開発した男の子が、かつての親友との友情を犠牲にしながら、成功への道を邁進していくという話になるのだから、ポピュラー・カルチャーというものは面白い。

折から今回のバーゼル提言は、金融の世界における「信用」と「リスク」の相関性に、一定の秩序を再構築することを目指している。

一つの時代の終わりの始まりを示唆しているような気がしてならない。

もうかれこれ5年ほど前になるが、以前私がお世話になったオフショア法律事務所の創業パートナーは、引退を前にして私にこういった。

「歳をとると趣味も変わってくる。以前はベッドルームの天井をすべて鏡張りにしていたんだが、最近それをダイニング・ルームに移したよ。」

彼はそう言うと、イタズラ小僧のようにウィンクして、去っていった。